幼馴染、前線に立つ

第46話 激震

 その日、魔王城で激震が走った。


「お父様のバーカ! もう知らない! 嫌い嫌い! 大っ嫌い!」

「なっ!? 俺はルーシアのことを想って言ってるんだぞ!?」

「うるさい! もうお前なんてお父様でもなんでもないのだわ! 豚の餌にでもなれ! バーカ!」


「こ、このバカ娘が! ダメなものはダメだ! 坊主との結婚はダメったらダメだ!」

「だからなんでダメなの!」

「前にも言っただろ! 坊主はいつか死ぬんだぞ!」

「そんなこと分かってるわよ! それでも、私はクロと――!」


 広々とした謁見の間にある玉座の前で、言い争っているのはルーシアと魔王ゲーティアである。

 謁見の間の隅っこには、二人の言い争いを苦笑いで見ているアイリスさんと、顔を青ざめているゼディスさん、最後に僕が立っている。


「いや〜いつも通りの光景だが、今日はまた一段とお嬢様が殺気立っているね」

「あわわ! また喧嘩して魔王城が壊されたら……事後処理で忙殺されてしまいます! どうか喧嘩だけは!」


 呑気なアイリスさんと、仕事が増えないか心配しているゼディスさんを他所に、二人の言い争いがヒートアップ。


「このバカ娘! 何度言ったら分かるんだ!」

「うるさい! うるさい! もうお前なんて嫌い!」

「ごほ!?」


 ルーシアは怒りの臨界点に達したのか、魔王の腹を殴った。

 魔王はルーシアの腹パンを受けると一発KO。


 白目を剥いて、その場に崩れ落ちる。

 それを見たアイリスさんは、「あちゃ〜」と額に手を当てた。


「うむ。今日も魔王様は徹夜明けだったからな。お嬢様のボディブローで、一気に疲労が襲ってきたのだろう」

「ふう……喧嘩して魔王城を破壊されなくてよかったです」


 などと二人とも言っているが、そんなことよりも魔王の心配をしてあげないのだろうか。

 ルーシアは倒れた魔王を見下し、「ふんっ!」と鼻を鳴らすと踵を返して僕を呼んだ。


「クロ! 帰るわよ!」

「ここはお前の家だから、帰るって意味じゃあもう帰ってるんだけどな」

「私の家は、こんなお父――間違えたわ。こんなゴミが住んでる場所じゃないわ」

「悪化している……!」


 ゴミだけはやめてあげて! 魔王が可哀想!


「クロ。私の居場所は常にお前の隣よ」

「お、おう」


 面と向かってそう言われるとなんだか照れてしまう。

 ルーシアは、僕に近寄ると首根っこを掴み、僕を引きずりながら出口へ向かって歩き出す。


 うん。僕はお荷物かなにかなのかな?

 ルーシアが謁見の間から出ていく間際、アイリスさんが引きずられている僕に向かってこう言った。


「クロくん。もうしばらくお嬢様のことは任せたよ。その間、自分の身の振り方を考えておきたまえ」


 身の振り方……か。

 つい先日、僕は魔王になる決意をした。

 今まで、自分みたいな力のない普通の人間が魔王――女王であるルーシアと結婚するなんてできるわけがないと、ずっと言い訳していた。


 けれど、アスタリアさんとの問答で、ルーシアの隣に立てるだけの男になるため、最大限の努力をする決心をした。

 僕も、ルーシアと一緒にいたいから。ルーシアと一緒にいるための努力をすると決めたのだ。


 そういうわけで、今日はルーシアと本気で結婚するために頑張ります――という意思表明を魔王するために、魔王城まで足を運んできたわけだけれど、結果はご覧の通り。

 魔王は前々からずっと反対していたし、当然の反応といえば当然である。

 転移魔法で、僕の家であるボロ家に帰ってきてからも、ルーシアはずっと不機嫌でイライラと指でテーブルを叩き続けている。


「やっと、クロがその気になってくれたのにどうして上手くいかないのかしら!」


 僕はイライラしているルーシアの前に緑茶を出す。


「なんかごめん。僕がせめて不死身ならなぁ」

「別にいいのよ。それより、今はどうやってあのゴミに結婚を認めさせるか考えないといけないわ」


 認めさせる……ねぇ。


「前に魔王から聞いたんだけどさ。大臣とか、幹部以外のお偉いさん方も、僕との結婚は反対してるんだろ?」


 僕がそう言うと、ルーシアは「あ」と天井を仰いだ。


「そうだったわ。はあ……。あのゴミを説得しても大臣を説得しないといけいないのだわ。頭が痛い……」」

「プリンでも食べるか?」

「……食べる」


 こくりと頷くルーシアに、僕は苦笑しながらプリン作りを始める。

 こればかりはルーシアを頼るしかないのが現状だ。

 我ながら、情けないが取り柄のないただの人間で平民な僕は、そもそも王族であるルーシアと結婚できる身分じゃない。


 身分――あれ?


「なあ、ルーシア」

「なにかしら」


「僕の身分が平民じゃなければ、なんとかならないか?」

「身分? そうね。公爵とか、少なくても伯爵位以上あれば大臣たち相手に交渉はできるかもしれないわね。けれど、平民が爵位を得るにはそれ相応の実績が――ああ!」


 なにか閃いたのか、ルーシアは突然ボロ椅子から立ち上がった。


「そうよ! 実績よ!」

「どうした急に?」

「思いついたのよ。クロを大臣やお父様に認めさせる方法を」


「……詳しく教えてくれ」

「ええ。ただ、とても危険のある方法よ。それでもお前はやるの?」


 と、ルーシアが不安げな瞳を僕に向けてきたので僕は肩を竦めた。


「今さらだな。今までだって何回も死にかけてる」

「いえ、ただ死ぬだけならいいけれど今回は社会的に死ぬわ」

「……」


 なにをやらせるつもりなんだろう。


「まあ、あれだ。頑張るって決めたしな。多少のリスクは承知してるよ」


 僕がそう答えると、ルーシアはどこか嬉しそうに微笑んだ。


「そう。なら説明するわ。と、その前に準備するわ」

「は? 準備?」


 僕の困惑を無視し、ルーシアは指を鳴らす。すると、部屋の中に黒板が現れた。ルーシアの服装も、いつものドレスではなくなっていた。

 ぴっちりとしたタイトスカートに上質なブラウス。赤色のメガネをかけ、綺麗な髪を一つに束ねていた。

 なんかどっかで見たことのある恰好だ。


「えっと、その恰好って……」

「前にクロが持っていた女体の参考書で、女教師なる職業の女が着ていた服よ。物を教える女は、こういう恰好をするのでしょう?」


 僕の隠し持っていたエッチな本の恰好だった。

 どうやって見つけたんだクソ! 絶対にばれないとところに隠したのに!


「そ、それはともかく! せ、説明を頼む」

「そうね。それじゃあ説明するのだわ」


 そう口にして、ルーシアは黒板に文字を書く。


「私たちの魔族国は、ある大きな三つの問題を抱えているわ」

「三つ?」

「その一つは旧人間国との戦争よ。膠着状態が続き、大量の物資が投入されているわ」


「なんだろう。服装も相まってか、ルーシアがとても賢く見える」

「ねえクロ。私、王女よ? これくらいの教育はちゃんと受けているわ。というか、お前……私のことをバカだと思ってないかしら?」

「思ってない。とりあえず、続けてくれ」


 ルーシアは、ぶつぶつと文句を垂れながら続ける。


「……他にも、急激な国土拡大によるインフラ整備の遅れとかがあるわ。けれど、今魔族国が抱えている問題は、旧人間国との戦争が終われば全て解決するのよ」

「そうなのか?」


「戦争には、とにかくたくさんの物資が使われるのよ。戦争で消費されるからインフラの整備とか、いろいろなものに物資が回らないのよ。国が一気に大きくなった弊害ね。人手も物も足りていないの」


 だから、中枢である魔王は忙殺されているのだとか。


「つまりクロ。お前の手で戦争を終わらせればこれ以上にない成果――実績になるはずよ。誰も文句は言えないはずだわ」

「な、なるほど。でも、どうやって戦争を終わらせればいいんだ?」

「そんなの自分で考えなさい。が、頑張ってくれる……のでしょう?」


 ルーシアは上目遣いで確認するように尋ねる。

 その仕草が、妙に可愛らしくて、思わず自分の口元が緩んでしまうのが分かった。


「……うん。そうだな。僕が自分でやらなきゃいけないんだよな」


 ヒントはもらった。あとは、僕次第。

 内心で「これから頑張ろう」と、意気込んでいるとルーシアが僕の首根っこを掴んだ。


「それじゃあ、さっそく旧人間国との前線まで行くわ」

「え?」


 え?

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