第44話 幼馴染の魔法講座
※
ある日のこと。
「クロ。魔法の練習をするわよ」
「またか」
「またよ」
どうもルーシアは、僕に魔法を覚えさせようと必死みたいなのだが……。
いかんせんルーシアの教え方が下手くそであることに加えて、僕の要領も悪いため、いまいち魔法の腕前が上達する兆しが見えない。
「なあ、どうしてそんなに魔法を覚えさせたいんだ?」
そう尋ねると、ルーシアはお気に入りのボロ椅子に座ったまま脚を組んだ。
「前にも言ったと思うけれど、お前は器用だもの。魔法は、体の中にある魔力を操作する技能が必要よ。お前の器用さなら、必ず良い魔法使いになれるわ。そう……お前はやればできる子よ」
「おい。やればできる子って言うな。普段、だらだらしているダメ人間みたいに聞こえるだろ」
「……違うの?」
「張っ倒すぞ」
そんなこんなで、晴れやかで風の気持ちいい午後。
僕はルーシアと一緒に外へ出て、再び魔法の練習をすることとなった。
「で、今日はなにを教えてくれるんだ?」
「世界を滅ぼ――」
「そういうのはいいから」
食い気味に遮ると、ルーシアはあからさまにムスッとして、「つまらないわね」と髪を払った。
「まあいいわ。今日は、魔法の基本を教えてあげるわ」
「基本か……」
それ、最初に教えろよ。
というツッコミを呑み込み、僕はルーシアの話に耳を傾ける。
「魔法に必要な技能は魔力操作よ。魔法の基本は、まず魔力を操作する感覚から掴むことが大事なの」
「ふーん。どうやってやるんだ?」
「最初は簡単なことからやるわ。魔力操作の基本――『威圧』よ」
威圧――体内の魔力を放出することで、周囲の生物を文字通り威圧する魔力操作の基本テクニックだそうだ。
いやだから、それを最初に教えろよ。なんだったんだよ。前回の下りは。
「それじゃあ、今から私が見本を見せてあげるわ」
「うん」
数秒後。棒立ちしていたルーシアが、突然ドヤ顔してきた。
「……どう?」
「は?」
なにかしたんですか?
僕の反応が想定外だったのか、ルーシアはコテンと首を傾げた。
「なにも……感じなかったの?」
「うん」
「え?」
「え?」
気まずい空気が流れる。
ふと、ルーシアはなにかを誤魔化すみたいに咳払いし、再び口を開いた。
「ま、まあ! クロは鈍感だものね! 私が手加減した威圧くらいじゃ、なにも感じないわよね! うん! 仕方ない仕方ない!」
彼女はそう自分に言い聞かせる。
「それじゃあ、今度は本気でやってあげるわ」
「うん」
再び数秒後。
ふと、視界の遠くに見えていた動物の群れが、一斉に走り始めた。空を飛んでいた鳥も生まれたばかりの雛鳥みたいな下手な飛び方で、ルーシアから離れて行く。
もしかして、威圧とやらの効果だろうか。
「く、クロ! まだなにも感じないのかしら!」
「うん」
「!? こ、この……!」
ルーシアはなぜか怒ったみたいで、踏ん張っているのか顔が赤くなっている。
「ぐぬぬ……!」
「んー……」
僕は空を仰ぐ。
視界に見える空は、不満を囀るが如く悲鳴をあげていて、ルーシアを中心に雲が渦巻いている。
地面もなにやら揺れており、メキメキとところどころに亀裂が入り始めていた。
「ぐぬぬぬ!」
「ちょ……ちょっとちょっと、もういいから。このままだと地割れとか起きて、僕の家が壊れるからもうやめてくれ。もうやめ……やめろっつってんだろうが!」
僕は慌てて、ルーシアを止めに入った……!
ちなみ、あとで聞いた話だが……町の方では大量の気絶者が出て、大騒ぎになっていたとか……いないとか……。
※
「って、ことがあったんですよ」
「ああ……犯人はお嬢様じゃったかー」
僕はバイトで、今日もネロさんのマッサージをしていた。
ネロさんはベッドでうつ伏せになり、大人しく僕の施術を受けている。
「あ〜お嬢様は、たいそう悔しかろうな〜。幹部ですら震え上がるお嬢様の威圧が、クロ坊にまったく通用のじゃから……」
「幹部でも震え上がる……」
「うむ。威圧は、魔力操作の基本も基本じゃ。魔法師なら、使えて当たり前じゃ。ゆえに、魔法師としての実力に明確な差が出やすいのじゃ」
「へー」
「郊外にあるクロ坊の家から、城下町全域を覆うほどの威圧じゃ。間違いなくお嬢様は、歴代最強の魔法師じゃろう……その威圧を目の前で受けて、なにも感じなかったとはのう」
「僕って、そんなに鈍感ですかねー」
「いやもうそれ鈍感とかってレベルではなかろうて……」
「いやーそれほどでも」
「褒めとらんわ。肝が太いとは思っておったが……お嬢様の威圧に動じんとはのう」
「あ、そういえば……話は変わるんですけど、ネロさんはどうしてルーシアが、僕に魔法を覚えさせようとしてるのか、分かりますか?」
「ぬ? お嬢様に聞いとらんのか?」
「いえ……やればできる子だの、良い魔法使いになれるだの言われましたけど……これって建前ですよね?」
僕がそう言うと、ネロさんは驚いたのか目を丸くさせて振り向いた。
「……まあそうじゃろうなー。よく分かったのう」
「まあ、これでも幼馴染なんで」
「さすがじゃのう」
「それで、どうなんですか?」
「まあ……考えられるは――ただたんに、良いところを見せたかったんじゃろうなぁ」
「良いところ……?」
「ほれ、昔はよく新しい魔法を覚えてすぐに、『聞いてクロ!』と、自慢げにしておったじゃろ?」
「ああ……たしかに……」
電撃魔法を覚えた時とか、嬉しそうに駆け寄ってきてたなぁ。
「それの延長線じゃろ。多分」
「……」
良いところを見せたい……か。
なんとなく、その子供っぽい発想がルーシアらしくて、僕は納得してしまった。
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