幼馴染と蛇足
第43話 聖剣と魔王
※
その日、魔王の執務室では……。
「……」
『……』
聖剣と魔王が顔を合わせていた。
聖剣を執務室まで持ってきたアイリスは、どこか楽しそうな表情で状況を静観している。
さて、仕事のしすぎで頭の回っていない魔王は――ガシガシと頭を掻いて、盛大なため息を吐いた。
「……ったく。聖剣が単体で、俺の前に現れたってのは……どんな状況なんだ?」
『わしが聞きたいわ!』
「あーうるせぇうるせぇ! 過労死寸前の頭に響くから、叫ぶんじゃねぇ!」
魔王が額に手を当てて叫ぶと、アイリスが不思議そうに首を傾げた。
「……? もしかして、その聖剣がなにか喋っているのですか?」
「んあ? ああ……まあな。一種の、テレパシーみたいなもんでな。選ばれし勇者だけが聖剣の声を聞くことができるとか……」
「え? じゃあ、魔王様って選ばれし勇者なのですか!?」
「ちげーよ……話は最後まで聞け。選ばれし勇者だけがーなんざ言われてるが、実際は違う。さっきも言ったが、テレパシーの一種だからな。こいつと魔力の波長が合えば、誰でも声は聞き取れる」
「魔力の波長が合えば……」
「俺はこいつの波長に合わせてるから、もともと波長が合うわけじゃねえがな」
「おお! なるほど……波長を合わせればいいのですね。よっと……」
アイリスは魔王に言われた通り、魔力の波長とやらを聖剣に合わせた。
すると……。
『このー! 魔王め! 今ここで成敗してくれるわ!』
「あ、聞こえた」
『!?』
魔王のみならず、アイリスにまで声が聞こえてしまった聖剣はギョッとして、ビクッと刀身を震わせる。
『うおい!? ま、魔王! 余計なことを言うでない! なんかわしのありがたみが、薄れてしまうであろう!』
「あーうるせぇー! だいたい、ありがたみもなにも、不死身を無効にする以外、大した力もない癖に聖剣とかおこがましい! お前が活躍できたのは、先代の勇者が強かったからだからな!?」
『ああ!? き、貴様! 今、わしに向かって言っちゃいけないことを言ったな!?』
(閑話休題)
聖剣は気を取り直すためか、こほんと咳払いした。
『ふん! それで、これからわしをどうするつもりじゃ!』
「ああ? あー……そうだなぁ。よし、アイリス。こいつを路地裏でラーメン屋のバイトをしているシロのところに、返してやれ」
「!?」
『!?』
魔王の発言に、アイリスだけでなく聖剣も驚いた。
『ど、どういうつもりか! というか、なぜラーメン屋でバイトをしていることを知っておる!』
「ハハ。バレないとでも思ったのか? テロ事件の首謀者として、てめえの持ち主――シロの顔は割れてたしな」
魔王は面倒臭そうに耳の穴を小指で掻きながら、説明を続ける。
「ちょうど、その頃はルーシアの家出で、城下町に人員も割いてたからよ……。ルーシアならともかく、ひよっこの勇者を逃すほど、うちの警備はザルじゃあねえ」
『う!?』
「……それより、魔王様。なぜ聖剣を勇者のもとに返せと? テロ事件の首謀者であるにもかかわらず、捕らえないこともそうですが……いったいなにをお考えで?」
「ハハ。気になるか?」
「はい。聖剣は不死を無効にします。テロ事件の首謀者の狙いは、魔王様だけでなくお嬢様も対象のようですし……魔王様が、お嬢様を危険に晒すことをお考えになるとは考えにくいのです」
アイリスは、魔王がそれだけルーシア大好き好き好きフリスビーなのかを、よーく知っている。
その魔王が、聖剣を持ち主へ――というのは、あまりにも不自然だ。
「ハハ。ハハハ。まあ、ちょっとあいつとの約束っつーかな……」
「え? 約束でございますか? いったい誰の……」
「先代の勇者だ」
「え?」
魔王は椅子から立ち上がり、アイリスの持っていた聖剣を手に取る。
『ぬお!? 汚い手で触るでないわ!』
「ハハ。こうなっちまったら、聖剣も形なしだな」
「えっと……魔王様?」
「おう。今、説明してやるよ」
魔王は言いながら、生意気な聖剣に嫌がらせのつもりか、聖剣をぐるぐると振り回し始める。
『ぐおおおお!? や、やめろおおお!』
「こいつの今の持ち主……シロは、先代勇者の娘だ」
「先代勇者の!? ということは、自称でもなんでもなく……正統な勇者の後継者だったのですか」
「そういうことだ」
「確証がおありなのですね」
「まあな。シロが生まれたばかりのころ、会ったことがあるからな」
『なに!? わしはそんな話を聞いた覚えは……ぐおおおお!? 目が回るううう!?』
「ハハ。その時にちょっとな……」
と、魔王が昔のことを思い出す。
「あのバカ野郎は、『もしも、俺の身になにかあったら――その時は、俺の子供たちを頼む』って、敵だった俺にそんなことを言ったんだ」
「そのようなことが……」
「ハハ。で、そのあと――勇者の野郎は、味方に騙されておっ死んでな。しばらくして、勇者の嫁が俺のところに訪ねてきたんだ。どうも旧人間国の方は、内乱で酷い有様のようでな……。『私の力では、この子たちを守れません』なんて言って、俺に子供を預けてきたんだよ」
「ええ!? そうなのですか?」
「ハハ。あいつ、ずいぶんと勇者に似てきてよ。立派に育ったもんだ」
「そ、そうなのですか……事件のことと言い、少しやんちゃが過ぎると思いますが」
「んあ? まあ、たしかにやんちゃが過ぎる気もあるな……ルーシアの件とかな。あいつの子供とはいえ許せねえ……」
「そうですね……お嬢様を傷つけたことは許せませんね」
などと、うんうんと頷き合うアイリスと魔王を、はたから見ていた聖剣は――はて? と、頭上に疑問符を浮かべた。
『むー? なんというか、こやつらの会話……噛み合っているようで、噛み合っていないような……?』
そんな聖剣の疑問も2人には聞こえていなかったみたいで――こうして、聖剣は無事にシロのもとへと返されることとなった……。
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