幼馴染と蛇足

第43話 聖剣と魔王


 その日、魔王の執務室では……。


「……」


『……』


 聖剣と魔王が顔を合わせていた。


 聖剣を執務室まで持ってきたアイリスは、どこか楽しそうな表情で状況を静観している。


 さて、仕事のしすぎで頭の回っていない魔王は――ガシガシと頭を掻いて、盛大なため息を吐いた。


「……ったく。聖剣が単体で、俺の前に現れたってのは……どんな状況なんだ?」


『わしが聞きたいわ!』


「あーうるせぇうるせぇ! 過労死寸前の頭に響くから、叫ぶんじゃねぇ!」


 魔王が額に手を当てて叫ぶと、アイリスが不思議そうに首を傾げた。


「……? もしかして、その聖剣がなにか喋っているのですか?」


「んあ? ああ……まあな。一種の、テレパシーみたいなもんでな。選ばれし勇者だけが聖剣の声を聞くことができるとか……」


「え? じゃあ、魔王様って選ばれし勇者なのですか!?」


「ちげーよ……話は最後まで聞け。選ばれし勇者だけがーなんざ言われてるが、実際は違う。さっきも言ったが、テレパシーの一種だからな。こいつと魔力の波長が合えば、誰でも声は聞き取れる」


「魔力の波長が合えば……」


「俺はこいつの波長に合わせてるから、もともと波長が合うわけじゃねえがな」


「おお! なるほど……波長を合わせればいいのですね。よっと……」


 アイリスは魔王に言われた通り、魔力の波長とやらを聖剣に合わせた。


 すると……。


『このー! 魔王め! 今ここで成敗してくれるわ!』


「あ、聞こえた」


『!?』


 魔王のみならず、アイリスにまで声が聞こえてしまった聖剣はギョッとして、ビクッと刀身を震わせる。


『うおい!? ま、魔王! 余計なことを言うでない! なんかわしのありがたみが、薄れてしまうであろう!』


「あーうるせぇー! だいたい、ありがたみもなにも、不死身を無効にする以外、大した力もない癖に聖剣とかおこがましい! お前が活躍できたのは、先代の勇者が強かったからだからな!?」


『ああ!? き、貴様! 今、わしに向かって言っちゃいけないことを言ったな!?』


(閑話休題)


 聖剣は気を取り直すためか、こほんと咳払いした。


『ふん! それで、これからわしをどうするつもりじゃ!』


「ああ? あー……そうだなぁ。よし、アイリス。こいつを路地裏でラーメン屋のバイトをしているシロのところに、返してやれ」


「!?」


『!?』


 魔王の発言に、アイリスだけでなく聖剣も驚いた。


『ど、どういうつもりか! というか、なぜラーメン屋でバイトをしていることを知っておる!』


「ハハ。バレないとでも思ったのか? テロ事件の首謀者として、てめえの持ち主――シロの顔は割れてたしな」


 魔王は面倒臭そうに耳の穴を小指で掻きながら、説明を続ける。


「ちょうど、その頃はルーシアの家出で、城下町に人員も割いてたからよ……。ルーシアならともかく、ひよっこの勇者を逃すほど、うちの警備はザルじゃあねえ」


『う!?』


「……それより、魔王様。なぜ聖剣を勇者のもとに返せと? テロ事件の首謀者であるにもかかわらず、捕らえないこともそうですが……いったいなにをお考えで?」


「ハハ。気になるか?」


「はい。聖剣は不死を無効にします。テロ事件の首謀者の狙いは、魔王様だけでなくお嬢様も対象のようですし……魔王様が、お嬢様を危険に晒すことをお考えになるとは考えにくいのです」


 アイリスは、魔王がそれだけルーシア大好き好き好きフリスビーなのかを、よーく知っている。


 その魔王が、聖剣を持ち主へ――というのは、あまりにも不自然だ。


「ハハ。ハハハ。まあ、ちょっとあいつとの約束っつーかな……」


「え? 約束でございますか? いったい誰の……」


「先代の勇者だ」


「え?」


 魔王は椅子から立ち上がり、アイリスの持っていた聖剣を手に取る。


『ぬお!? 汚い手で触るでないわ!』


「ハハ。こうなっちまったら、聖剣も形なしだな」


「えっと……魔王様?」


「おう。今、説明してやるよ」


 魔王は言いながら、生意気な聖剣に嫌がらせのつもりか、聖剣をぐるぐると振り回し始める。


『ぐおおおお!? や、やめろおおお!』


「こいつの今の持ち主……シロは、先代勇者の娘だ」


「先代勇者の!? ということは、自称でもなんでもなく……正統な勇者の後継者だったのですか」


「そういうことだ」


「確証がおありなのですね」


「まあな。シロが生まれたばかりのころ、会ったことがあるからな」


『なに!? わしはそんな話を聞いた覚えは……ぐおおおお!? 目が回るううう!?』


「ハハ。その時にちょっとな……」


 と、魔王が昔のことを思い出す。


「あのバカ野郎は、『もしも、俺の身になにかあったら――その時は、俺の子供たちを頼む』って、敵だった俺にそんなことを言ったんだ」


「そのようなことが……」


「ハハ。で、そのあと――勇者の野郎は、味方に騙されておっ死んでな。しばらくして、勇者の嫁が俺のところに訪ねてきたんだ。どうも旧人間国の方は、内乱で酷い有様のようでな……。『私の力では、この子たちを守れません』なんて言って、俺に子供を預けてきたんだよ」


「ええ!? そうなのですか?」


「ハハ。あいつ、ずいぶんと勇者に似てきてよ。立派に育ったもんだ」


「そ、そうなのですか……事件のことと言い、少しやんちゃが過ぎると思いますが」


「んあ? まあ、たしかにやんちゃが過ぎる気もあるな……ルーシアの件とかな。あいつの子供とはいえ許せねえ……」


「そうですね……お嬢様を傷つけたことは許せませんね」


 などと、うんうんと頷き合うアイリスと魔王を、はたから見ていた聖剣は――はて? と、頭上に疑問符を浮かべた。


『むー? なんというか、こやつらの会話……噛み合っているようで、噛み合っていないような……?』


 そんな聖剣の疑問も2人には聞こえていなかったみたいで――こうして、聖剣は無事にシロのもとへと返されることとなった……。






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