第42話 こうして彼は魔王を目指す
僕が簡潔に告げると、ルーシアは数回瞬きをして、次第に顔をトマトみたいに赤くさせていった。
「く、クロ……それって……わ、わた……わたたたたたたしと!?」
「なんか出来の悪い魔導具みたいになってるよ」
「だ、だって……! お、お前が……そんな……こと……言うから……ゴニョゴニョ」
ルーシアにしてはキレが悪く、後半はゴニョゴニョと口を意味もなく動かしていて、なにを言っているのか分からなかった。
数分後。
ようやく落ち着いたのか、ルーシアは深呼吸して気を取り直す。
「な、なぜ急にそんなことを言い出したの?」
「おかしいかな」
「普段のお前なら、絶対に言わないもの。お前は良くも悪くも、身の程を自覚しているから、自分にできないことは絶対にやらないでしょう?」
「僕だって、たまには冒険するんだぜ?」
「ダウトよそれ……。魔王なんて、お前がなりたくない職業ランキング1位じゃない」
「わー僕のことをよく知ってるなー」
「ねえクロ。私、魔王の娘よ。そして、お前の幼馴染よ。お前が私のことを知っているのと同じくらい、私はお前のことをよく知っているわ。だから、私は――」
と、ルーシアは言いかけて口を噤んでしまった。
だから、私は――なんと言いかけたのだろうか。
「……まあ、魔王なんて分相応だとは思うんだけどさ。これからもお前と一緒にいるには、魔王になれるくらいの人間にならなきゃいけないだろ?」
「私と……?」
「うん」
アスタリアさんが僕に言ったことは――多分、そういうことだ。
ルーシアの隣に立つ――ルーシアと一緒にいたいなら、彼女に見合う男になって、私を認めさせろと……そういうことなのだろう。
ふと……いつかの日か、魔王だけではなくアイリスさんにも言われたことを思い出した。
「僕は不死身じゃないし、特別な力もない。ご立派な血筋でもない。お金もない。いずれ簡単に死んでしまう人間だけれど、せめて生きている間は……お前と一緒にいたい」
我ながら、小っ恥ずかしいことを言った。
さて、ルーシアの反応は……と、彼女に注意を向けてみると、予想外にも不満げに頬を膨らませていた。
「……前は、はぐらかして答えた癖に」
「は? 前?」
「『僕は永遠に生きることができないけれど……だからこそ、今を全力で生きたいんだ。そんな僕の短い人生が、お前の長い人生の中に、ちょっとだけでも影響を与えていたら嬉しい』って、クロが前に言っていたわ」
なんかそんなようなことを、言ったような……言っていないような……。
「というか、こわっ……一言一句覚えてるのかよ……」
「当然よ。お前の言ったことは、一言一句覚えているわ」
「ダウトだぞそれ……」
「と、とにかく……あの時、お前がこう言ったから……! 私はお前と……その……けけ、けけけけ、けっこ……もにょもにょ……」
「なに? 新しい笑い方? 趣味悪いぞ。その笑い方」
「違うわよ! クロのバカ!」
よかった。違ったらしい。
ルーシアが、アスタリアさんや魔王を見習って、変わった笑い方をするのかと思った。
「けけけって、悪役っぽいもんな。ルーシアなら……『ふわーはっはっは!』が似合うと思う」
「お前は私をバカにしているの?」
「待て。僕が全面的に悪かったから、ギロチンをしまってくれ。しまって……しまってください!」
割と本気で、ギロチン台に拘束されかけた僕は、慌てて平謝りした。
1日に2回もギロチン台は御免被りたい。
「ふんっ……クロのバカ……」
「うん。ごめん」
「……ゆ、許して欲しかったら……その……ちゃんと魔王になれるように……が、頑張るのよ……?」
「うん」
「ぜ、絶対よ! わ、私も……お前と一緒にいたいから……だから……頑張るのよ……?」
ルーシアは言いながら、ぽすっと僕の胸に額を押し付けた。
彼女は魔王の娘で、いつかこんなボロ家からいなくなって、国を治める人物だ。
そんな彼女と、これからも一緒にいる覚悟を決めたからには――とにかく頑張るしかない。
取り急ぎ僕は、聞いておくべきことを尋ねた。
「なあ、ルーシア。ちなみに、魔王ってどうやったらなれるんだ?」
「……」
この時、多分人生で初めて、ルーシアに本気で呆れられた。
「お前はよく知らないで、魔王になるなんて言えたわね……」
「いや、漠然と大変なんだろうなー……と」
「はあ……仕方のない男ね。私が、いろいろ教えてあげるから……覚悟しておきなさいよ?」
ルーシアに言われると、めちゃくちゃ怖いなぁ……。
僕はそんなことを思いながら、綺麗な星空を仰ぎ見るのだった。
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