第41話 幼馴染と将来の話


「それじゃあ、聖剣は私から魔王様に渡しておくから、クロくんは帰りたまえ。きっと、お嬢様が心配しているだろうからね」

『や、やめろおおおお!』


 と、僕が嫌がる聖剣をアイリスさんに預け、ネロさんの転移魔法で家の前まで帰ってきていた。


「……」


 玄関の前に立った僕は、先ほどアスタリアさんに言われたことを思い出す。


「……ルーシアの隣……か」


 いや、ここで考えていても仕方がない。とにかく、中に入ってしまおう。


「ただいまー」


 玄関を開けて中へ入ると、相変わらずお気に入りのボロ椅子に、脚を組んで座るルーシアが目に映った。

 ルーシアは僕に気づくや否や、スッと目を細めて僕を凝視する。


「あら、遅かったわね。魔王城に行っていたみたいだけれど、いったいなにをしていたの?」

「別になにも」

「ふうん……?」


 彼女はしばらく訝しげにしていたが、「まあいいわ」と追及してくることはなかった。


「それよりも、クロ。なぜ手ぶらなのかしら。お前、夕食の買い出しに行っていたのではなくって?」

「あ」


 やべぇ……聖剣やら勇者やら、アスタリアさんのことがあったから、すっかり忘れていた。


「その顔……忘れていたようね?」

「いや……待て。僕は悪くない。僕に優しくない社会が悪い」

「急になにを言っているのよ……。ねえ、私お腹が減っているのだけれど」

「えっと……」


 食糧が余ってないか確認してみたが、大したものは残っていなかった。

 こうなったら仕方ない……。


「今日はどこか食べに行くか」

「いやよ。クロの作ったもの以外、私は食べないわ」

「わがまま言うな。というか、僕の料理なんて宮廷料理人の人たちに比べたら、素人に毛が生えたくらいなもんだろ?」


「それはそうだけれど」

「おい」

「けれど、うちの料理人とクロとじゃ、ぜんぜん違うわ。お前の料理を食べると、幸せな気分になるのよ……だから、私はお前の作ったものが好きよ」

「……」


 そう面と向かって言われると、さすがに照れてしまう。

 なんでこいつは、「ありがとう」も「ごめんなさい」も素直に言えない癖に、こういうことだけははっきりと言葉にできるのだろうか。

 本当に――憎めないやつだな。


「ねえ、クロ。料理の材料がないのでしょう?」

「まあ、そうだな」

「なら、私が今から獲ってくるわ」

「え」


 と、僕がフリーズしている間に、ボロ椅子から立ち上がったルーシアが転移魔法でどこかに消えたかと思ったら――数秒後、ドカーンッと家の外で大きな音がした。

 慌てて外に出ると、体長数メートルはあろうかという巨大な魚を担いだルーシアが、得意げな表情を浮かべて立っていた。

 ピチピチと、魚はまだ生きているみたいで暴れている。


「ふふ……さあ、これで思う存分作れるわね!」

「帰してあげなさい」


 そんな大きな魚、捌けるわけないだろ。

 ルーシアは不満げにしていたが、どうやったって捌けないため僕は、「無理だ」と首を横に振った。


「つまり、大きいからダメなのね? 小さくぶつ切りするわ」


 そんな具合で、ルーシアがぶつ切りにした巨大な魚を調理することになった。

 僕としては、こんな得体の知らない魚を食べるなんて冗談じゃかなったが、ルーシアがどうしてもと駄々をこねるものだから、最終的に折れた。


「もう面倒だから、外で丸焼きにして食べるか」

「ピクニックみたいね」

「家の前だけどな」


 とはいえ、僕の家は丘の上にぽつんと建っているから、見晴らしがいいのはたしかだ。


 薪を燃やし、新鮮な大きな身を丸焼きにする。

 僕とルーシアは、外にボロ椅子を持ち出し、火を囲んで星空の下で静かなディナーを楽しんだ。


「ふふ……美味しいわね」

「おい。王女様が、そんな下品な食べ方するなよ」


「細かい男ね。別に、お前しかいないのだからいいじゃない」

「そりゃあ、そうなんだけど」


 僕は呆れつつも、魚を恐る恐る食べる。

 なるほど……意外と美味い。


 食後は、いつも通り紅茶を淹れて、ルーシアに湯呑みを渡す。

 今日は、僕もルーシアの隣に腰掛けて、星空を眺めながら一緒にお茶を楽しんだ。


「……なあ、ルーシア」

「なにかしら」

「実は、今日……アスタリアさんと話したんだ」

「……そう。お母様と」


 ルーシアはティーカップを両手で持って、寂しげに顔を俯かせる。


「そういえば、聞いたことなかったけど。お前、両親のことってどう思ってるんだ?」

「なぜ急にそんなことを?」

「いや。聞いたことなかったなと……あとは、単純な好奇心かな。僕には、両親の記憶がないから」


「そうね……お父様――じゃなかった。あいつのことは、正直嫌いよ。臭いし」

「魔王が不憫でならない」

「でも、尊敬はしているわ……。国民のために、文字通り身を粉にしている……そこだけは評価してあげるわ」


「上から目線だな」

「お母様は……私の憧れね」

「憧れか……」

「ええ。かっこいいでしょう? お母様」


 ルーシアにはそう見えるわけか……僕には、娘をほったらかして、世界中を飛び回るダメ親にしか見えないわけだけれど。


「というか、クロ。いつもと雰囲気が違う気がするのだけれど。なにかあったのかしら?」

「いや……僕も口だけじゃなくて、いい加減に覚悟を決めるべきなのかなと」

「……?」


 どういう意味なのか、当然ルーシアには分からなかったみたいで、彼女は不思議そうに首を傾げていた。

 そんな彼女に僕は、こう告げた。


「……僕、魔王を目指そうと思う」

「え……それって、お父――あいつみたいになりたいってことかしら? やめておきなさい。あいつは、臭いわ」

「どれだけ魔王を臭いものにしたいんだよ……というか、別に魔王みたいな人になりたいってことじゃないよ」


 僕だって、あんな社畜野郎になりたくない。


「それじゃあ、どういう意味かしら?」

「そのままの意味だよ。僕は、将来……魔王になりたい」

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