第41話 幼馴染と将来の話
※
「それじゃあ、聖剣は私から魔王様に渡しておくから、クロくんは帰りたまえ。きっと、お嬢様が心配しているだろうからね」
『や、やめろおおおお!』
と、僕が嫌がる聖剣をアイリスさんに預け、ネロさんの転移魔法で家の前まで帰ってきていた。
「……」
玄関の前に立った僕は、先ほどアスタリアさんに言われたことを思い出す。
「……ルーシアの隣……か」
いや、ここで考えていても仕方がない。とにかく、中に入ってしまおう。
「ただいまー」
玄関を開けて中へ入ると、相変わらずお気に入りのボロ椅子に、脚を組んで座るルーシアが目に映った。
ルーシアは僕に気づくや否や、スッと目を細めて僕を凝視する。
「あら、遅かったわね。魔王城に行っていたみたいだけれど、いったいなにをしていたの?」
「別になにも」
「ふうん……?」
彼女はしばらく訝しげにしていたが、「まあいいわ」と追及してくることはなかった。
「それよりも、クロ。なぜ手ぶらなのかしら。お前、夕食の買い出しに行っていたのではなくって?」
「あ」
やべぇ……聖剣やら勇者やら、アスタリアさんのことがあったから、すっかり忘れていた。
「その顔……忘れていたようね?」
「いや……待て。僕は悪くない。僕に優しくない社会が悪い」
「急になにを言っているのよ……。ねえ、私お腹が減っているのだけれど」
「えっと……」
食糧が余ってないか確認してみたが、大したものは残っていなかった。
こうなったら仕方ない……。
「今日はどこか食べに行くか」
「いやよ。クロの作ったもの以外、私は食べないわ」
「わがまま言うな。というか、僕の料理なんて宮廷料理人の人たちに比べたら、素人に毛が生えたくらいなもんだろ?」
「それはそうだけれど」
「おい」
「けれど、うちの料理人とクロとじゃ、ぜんぜん違うわ。お前の料理を食べると、幸せな気分になるのよ……だから、私はお前の作ったものが好きよ」
「……」
そう面と向かって言われると、さすがに照れてしまう。
なんでこいつは、「ありがとう」も「ごめんなさい」も素直に言えない癖に、こういうことだけははっきりと言葉にできるのだろうか。
本当に――憎めないやつだな。
「ねえ、クロ。料理の材料がないのでしょう?」
「まあ、そうだな」
「なら、私が今から獲ってくるわ」
「え」
と、僕がフリーズしている間に、ボロ椅子から立ち上がったルーシアが転移魔法でどこかに消えたかと思ったら――数秒後、ドカーンッと家の外で大きな音がした。
慌てて外に出ると、体長数メートルはあろうかという巨大な魚を担いだルーシアが、得意げな表情を浮かべて立っていた。
ピチピチと、魚はまだ生きているみたいで暴れている。
「ふふ……さあ、これで思う存分作れるわね!」
「帰してあげなさい」
そんな大きな魚、捌けるわけないだろ。
ルーシアは不満げにしていたが、どうやったって捌けないため僕は、「無理だ」と首を横に振った。
「つまり、大きいからダメなのね? 小さくぶつ切りするわ」
そんな具合で、ルーシアがぶつ切りにした巨大な魚を調理することになった。
僕としては、こんな得体の知らない魚を食べるなんて冗談じゃかなったが、ルーシアがどうしてもと駄々をこねるものだから、最終的に折れた。
「もう面倒だから、外で丸焼きにして食べるか」
「ピクニックみたいね」
「家の前だけどな」
とはいえ、僕の家は丘の上にぽつんと建っているから、見晴らしがいいのはたしかだ。
薪を燃やし、新鮮な大きな身を丸焼きにする。
僕とルーシアは、外にボロ椅子を持ち出し、火を囲んで星空の下で静かなディナーを楽しんだ。
「ふふ……美味しいわね」
「おい。王女様が、そんな下品な食べ方するなよ」
「細かい男ね。別に、お前しかいないのだからいいじゃない」
「そりゃあ、そうなんだけど」
僕は呆れつつも、魚を恐る恐る食べる。
なるほど……意外と美味い。
食後は、いつも通り紅茶を淹れて、ルーシアに湯呑みを渡す。
今日は、僕もルーシアの隣に腰掛けて、星空を眺めながら一緒にお茶を楽しんだ。
「……なあ、ルーシア」
「なにかしら」
「実は、今日……アスタリアさんと話したんだ」
「……そう。お母様と」
ルーシアはティーカップを両手で持って、寂しげに顔を俯かせる。
「そういえば、聞いたことなかったけど。お前、両親のことってどう思ってるんだ?」
「なぜ急にそんなことを?」
「いや。聞いたことなかったなと……あとは、単純な好奇心かな。僕には、両親の記憶がないから」
「そうね……お父様――じゃなかった。あいつのことは、正直嫌いよ。臭いし」
「魔王が不憫でならない」
「でも、尊敬はしているわ……。国民のために、文字通り身を粉にしている……そこだけは評価してあげるわ」
「上から目線だな」
「お母様は……私の憧れね」
「憧れか……」
「ええ。かっこいいでしょう? お母様」
ルーシアにはそう見えるわけか……僕には、娘をほったらかして、世界中を飛び回るダメ親にしか見えないわけだけれど。
「というか、クロ。いつもと雰囲気が違う気がするのだけれど。なにかあったのかしら?」
「いや……僕も口だけじゃなくて、いい加減に覚悟を決めるべきなのかなと」
「……?」
どういう意味なのか、当然ルーシアには分からなかったみたいで、彼女は不思議そうに首を傾げていた。
そんな彼女に僕は、こう告げた。
「……僕、魔王を目指そうと思う」
「え……それって、お父――あいつみたいになりたいってことかしら? やめておきなさい。あいつは、臭いわ」
「どれだけ魔王を臭いものにしたいんだよ……というか、別に魔王みたいな人になりたいってことじゃないよ」
僕だって、あんな社畜野郎になりたくない。
「それじゃあ、どういう意味かしら?」
「そのままの意味だよ。僕は、将来……魔王になりたい」
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