第40話 口だけの只人

 まあ、呆れられたついでにもう少しだけ言いたいことを言っておくか。


「お前、ルーシアのことを愛しているのか?」


 通話機の向こうにいるアスタリアさんに問いかけると狼狽たような声が聞こえた。


『そ、そんなこと……当たり前だわ! む、娘なのよ』

「だけど、お前はルーシアのことほとんど知らないだろ。好きな食べものも。嫌いな食べものも。僕は知ってる」


 甘いものが大好きで辛いものや苦いものが嫌い。

 傲慢でプライドが高くて、素直に誰かを頼れない不器用なやつで――僕の可愛い幼馴染。


『くっ……⁉︎ 勝手なことばかり――あなたに私のなにが分かるというの!?』

「知らん」

『⁉︎』

「僕、お前のこと昔から嫌いだったし」


 ルーシアに厳しかったから。

 そう言うと、ギルダブが呆れたようすでこう言った。


「うわぁ、クロ様ってぇ本当に怖いもの知らずですねぇ」


 ギルダブは本心で言っているみたいで、感心したように頷いていた。

 それから、ピタッと通話機からアスタリアさんの声がしなくなり、数十秒ほど待っていると――。

 ガガッと、頭上からギロチン台の軋む音が聞こえた。


『うふ……うふふ……うふふふふふふ! 遺言はそれだけかしら……?』


 ついに死刑宣告をされてしまった。


「……そうだなぁ。魔王様バンザーイとか言っといた方がいいかな」

「クロ様ぁ、死ぬ間際に余裕ですねぇ」


「まあ、何回も殺されかけてますし。むしろ、よくもまあ今日まで生きていたなと。自分を褒めてあげたいですね」

「……なるほどぉ。過去の経験がぁその筋金入りのずぶとさを育てたわけですかぁ」


 そう会話をしている間にもギロチンの刃が、今にも落ちようと音を立てている。

 これで本当に終わり……だな。


『もう言い残すことはないわね?』

「ないな」

『……それじゃあ』


 と、アスタリアさんがギロチンの刃を落とそうとしたタイミングで声を轟いた。


「お待ちください。アスタリア様」


 声の主はコツコツと床を叩きながら僕のすぐ横を通り過ぎていく。


「クロくんを……彼を殺すのはお辞めください」


 僕と通話機を持ったギルダブの間に立ってそう口にしたのは――微笑を浮かべたアイリスさんだった。


「アイリスさん?」

「やあ、クロくん。君はあれだね。バカだね」

「なんで急に僕は罵倒されたんですかね」


「私は事実を言ったまでだよ? まさかアスタリア様に喧嘩を売るなんてね」

「その口ぶりだと、まるで話を聞いていたみたいですけど」

「うん。聞いていたとも」


 アイリスさんはあっけらかんとのたまった。

 聞いてたなら早く助けて欲しかった。

 抗議の意味も込めて、アイリスさんにじと目を向けるとアイリスさんはくつくつと笑った。


「ははは。まあ、そう熱い視線を向けないでくれたまえ。興奮してしまうだろう?」

「変態かよ」

「サキュバス的には褒め言葉だね」


 アイリスさんはそう言って肩を竦める。


「私だけ悪者扱いされるのは納得がいかないなー。私以外にも話を聞いていたんだぞ? ほら、みんなも出てきたらどうだ?」


 すると、廊下の曲がり角からぞろぞろとよく知る人物たちが姿を現した。


「アイリス。私たちを悪者みたいに言うのはやめてください」


 メガネをくいっとあげながらゼディスさんが、


「はっはっは〜。いや〜アスタリア様に喧嘩を売るとは、クロ坊は本当に面白い男じゃな〜」


 飄々とした態度のネロさんが、


「ふん……その度胸だけは認める」


 上から目線のディオネスが並んで僕の前に出てきた。


「とまあ、幹部揃って立ち聞きしていたのさ」

「趣味悪いなぁ」

「そう言わないでくれたまえ。最終的にはこうして助けに来ただろう?」


 アイリスさんは笑いながら僕にそう言うと、他の幹部たちと並んで立った。


「アスタリア様。魔王軍幹部、我ら四人は彼を殺すことに反対です。どうかお許しいただけませんか?」

『……この私に不敬を働いたのよ』

「そこを大目に見ていただいて欲しいということです。彼はまだ子供です。ここは寛大な心でどうか」


『ふん。イリスも生意気になったわね。誰の影響かしら?』

「さて、誰でしょうか?」


 微笑を浮かべるアイリスさんがチラッと僕の方に視線を寄越した。

 違う。僕じゃないぞ。じゃないよな……?

 ふと、それまで沈黙していたギルダブが「ふんむぅ」と口を開く。


「アスタリア様ぁ。わたくしからもぉお願いしてもいいでしょうかぁ。クロ様を殺してしまうのはぁ得策とは言い難いかとぉ」

『あなたまでそんなことを言うのね』

「申し訳ございませんねぇ。それにぃわたくしも概ねクロ様と同じ意見ですからねぇ」

『え』


「正直に申し上げますがぁアスタリア様はルーシアお嬢様に厳しすぎますぅ。このままだと本当に嫌われてしまいますよぉ」

『……』


 数秒の沈黙。

 重苦しい静寂の中、通話機の向こう側でアスタリアさんはどんな表情を浮かべているのだろうか。

 数秒後――沈黙を破ったのは、当然アスタリアさんの声だった。


『……今回は許してあげるわ』


 彼女が言ったのと同時に、僕を拘束していたギロチン台の枷が解かれた。


「いいんですか? アスタリア様。僕、不敬なことを上から目線で言ってたのに」

『自覚があるのね。はあ……まったく、この私を前にしてあれだけ言いたい放題言えるなんて――呆れるほど度胸があるのね』


「まあ、それほどでも」

『別に褒めてないわよ……』


 アスタリアさんは大きなため息を吐いて続ける。


『優秀なうちの幹部たちは一体普通の人間であるあなたのどこに惚れ込んでいるのかしらね』

「おや、アスタリア様はクロくんとお話になってみて感じませんでしたか?」

『ふんっ』


 アスタリアさんはアイリスさんの指摘に対して面白くなさそうに鼻を鳴らすと、


『ねえ、クロちゃん』

「はい?」

『あなた、あれだけ私に偉そうなことを言ったのだから――あなたも覚悟を決めなさい。本当にルーシアのことを大切に思っているのなら』

「覚悟?」


『ええ。私に意見したのですもの。なら、あなたが口だけじゃないところを私に見せてちょうだい』

「えっと……つまり?」


 僕はアスタリアさんの真意が分からずに尋ねる。


『簡単なことよ。あなたが責任を持ってルーシアを守りなさい。あの子の隣で……ね』

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