第39話 言いたい放題

 首と手が枷に嵌められ、頭上にはギロチンの刃が今か今かと僕の首を狙っていた。

 通話機は拘束されると同時に落としたが、ギルダブが拾い上げて僕に通話機の画面を向けている。


『うふふ。なんの変哲もない人間風情が女王である私に意見なんて身の程知らずだわ』

「僕もそう思います」

『お黙りなさいクロちゃん。あなた、魔王の厚意で生きている自覚がちゃんとあるのかしら?』


「もちろん自覚しています」

『……』

「……」


 通話機の向こうで、アスタリアさんの怒りメーターが上昇している気配を感じる。

 僕よりもアスタリアさんといる時間が長いギルダブも、あちゃーという顔で額に手を当てた。


『の、のう? どうやらまずい状況みたいじゃがなぜそんなに冷静なのじゃ?』


 聖剣はこの状況に混乱しているみたいで僕以外に声が聞こえていないにもかかわらず、わざわざ小声で尋ねてきた。


「こういう状況には慣れてるんだよ」


 と、僕が小声で答えると、『肝が座っておるな』などと聖剣が感心していた。


『……ねぇ、クロちゃん。あなた少し調子に乗りすぎじゃないかしら。魔王に拾われて普通の人間と違って周りから特別扱いされているものね。自分が特別な存在だとか勘違いしちゃったのかしら?』

「そうですね。調子に乗りました。申し訳ございません」

『……(ブチッ)』


 通話機越しに太い血管が切れる音がした。


「いやぁ……わたくしぃアスタリア様をこんな簡単に怒らせることができる方を初めて見ましたよぉ」

「え? 僕なんかやっちゃいました?」


 ギルダブは僕に半眼を向けてやれやれと肩を竦める。


「今のクロ様は例えるならぁ親の説教が長いからぁ、とりあえず適当に相槌をうっておいて適度に謝るみたいなぁ。それで、さっさと説教を終わらせようとしている……そういう感じの子供でしたねぇ」


 なにその子供、うざっ。

 たしかに、早く解放して欲しかったがために適当に謝っていたけれど。


『……ふ……ふ……うふふふ。なにか言い残すことはあるかしらー?』

「あれ……? 僕、もしかして殺される感じですか?」


「この状況で殺されないと思っているとはぁ。クロ様は本当に肝が太いですねぇ」

『うふふ。言い訳があるのなら聞いてあげるわよ?』


 言い訳……。


「アスタリア様。それを言うなら多分、遺言だと思うんですけど……」

『……間違えたわ』

「……」

『……』


 アスタリアさんは本当にルーシアのお母さんなんだなぁ。

 などと考えていると咳払いしたアスタリアさんが再び口を開いた。


『うふふ。遺言があるのなら聞いてあげるわよ?』


 何事もなかったかのように言い直してきた。

 しかも、遺言だと殺されることが確定している。

 できれば、遺言ではなく言い訳をさせて欲しかった。


『どうやら、お困りのようじゃのう?』


 と、僕が困っているのを見て背中から悪魔の囁き声が聞こえてきた。


「黙ってろ。今僕は忙しいんだ」

『そう冷たいことを言うでない。折角わしが力を貸してやらんこともないというのに』


「……どういう風の吹き回しだ?」

『いやなに。この状況ならぬしも先ほどの取引に応じてくれるかと思うてのう』


 魔王を殺す協力をする代わりにルーシアを狙わない……だったか。


「たしかに、僕は魔王よりルーシアが大事ではあるけれど。別に魔王が嫌いなわけじゃない。魔王は僕の恩人だ。恩人を狙う輩と取引なんかできるか」

『ほう。こんな危機的状況でも意志は曲げぬか。中々根性があるのう。敵ながら好感が持てる若僧じゃな』


「だから無償で助けてくれないか」

『前言撤回じゃ。取引の条件は飲まぬが助けろなんてどんだけ自己中心的なんじゃぬしは!』


 我ながらそう思う。


「というか、この状況でお前はどうやって僕を助けられるんだ」

『簡単じゃ。わしとて一応聖剣と呼ばれる存在ぞ。この程度の枷、一太刀で斬れるわい』


「どうやって斬るかって話だ」

『あ』


 そこまでは考えていなかったらしい。

 こいつ……まんまと僕に騙されてここまで付いてきた辺りから思っていたけれど、もしかしてバカなんじゃないだろうか。


『さあ、遺言を考える時間だけはたっぷりあげるわよ? クロちゃん?』

「……」


 アスタリアさんの中で僕を殺すことは確定みたいだった。

 ギルダブに助けを求めて視線を向けるが、窓の外をぼーっと見ていて目も合わせてくれない。


 聖剣の方も取引に応じたところで、そもそも枷を斬れないため論外。

 万事休す。はい。短い人生でした。


『そろそろ、遺言を言ってちょうだい。私もあなた如きにあまり時間は割いていられないの』

「……」


 たっぷり時間をくれると言ってたのに。


「はあ……」


 僕は、ざとらしく大きなため息を吐いた。

 誰がどう見ても喧嘩を売っているように見える態度だろう。


 うん。まあ……もうどうせ殺されるのだろうし好きにやらせてもらうか。

 僕は腹をくくった。


「……おい、お前」

『……お前というのは、まさか私のことを言っているのかしら』

「うん」


『!』

「……ちょ⁉︎」


 僕が頷くとアスタリアさんから息を呑む声が聞こえ、ギルダブに至っては愕然とした表情を浮かべていた。


『うふふふふふ。こ、この私を……お、お前……ですって……? あなた、そんなに死にたいのかしら……?』

「うるさい」

『⁉︎』


 通話機の向こうでアスタリアさんが驚いているのが分かったが僕は構わず続ける。


「昔から言いたかったことがあるんだ。お前、もっと娘のことを大事にしたらどうなんだ」

「あ、あのクロ様ちょっとぉ⁉︎」


 ギルダブが困惑しながらも僕に制止を呼びかけてくるが――知ったことか。

 どうせ殺されるのなら言いたいことだけ言ってからおさらばしてやる。


「お前さ。外交だかなんだか知らないがロクに帰って来ない癖に偉そうなことばっかり言って、ルーシアに無茶ばかりさせやがって」

『お、おいぬしよ……さすがにまずいと思うのじゃが……』


 今度は聖剣が止めに入ってきたが無視して続ける。


「お前、ルーシアが好きな食べものとか知らないだろ。なにが好きで、なにが嫌いか」

『そ、そんなことがなんだというのかしら?』

「そんなこと……? お前にはそんなことだって言うのか?」


 自分で言っていて語気が荒くなったのが分かった。


『食べものの好き嫌いなんてどうでもいいことよ。あの子は魔族国の未来を担う女王。ルーシアに必要なものは女王となるために必要な教育と力だけよ』

「違うな。ルーシアに必要なものはそんな上辺だけの代物じゃない」


『な、なぜそう言い切れるの……! あの子は未来の女王なのよ⁉︎ どう考えても必要なものは外交で遅れを取らないための知識と他を圧倒する武力のはずよ!』

「なんどでも言うけれどそれは違う」

『!』


 僕ははっきりとアスタリアさんの言葉を真っ向から否定した。

 通話機の向こうで再びアスタリアさんの息を呑む声が聞こえる。


「お前が目指してる国はなんだ。外交がどうとか、みんながいがみ合ってばかりの国か? それとも力でみんなをねじ伏せる国か? 少なくても魔王はみんなが幸せになれる、分かり合える国を、世界を作ろうとしている」

『……私とて思想は魔王と一緒だわ! けれど現実は違うのよ。魔王は平和ボケしすぎているのよ。まだ世界には旧人間国みたいな異分子が残っているわ。みんなが仲良しな世界なんて土台無理な話なの』


「……底が見えたな。要は自分にはできないから、周りにも自分の考えを押し付けているだけだろ?」

『そんなこと……』


「違うのか? なら、なぜルーシアに厳しくしているんだ? さっき自分で言っていたように、みんなが仲良しな国が――世界が、自分じゃ作れないから娘に知識とか力とか――押し付けようとしているんだろ?」


 僕はじっと通話機を見つめながらすーっと息を吸い込み――叫んだ。


「甘えるな! 自分にできないからってルーシアに押し付けるな。あいつは僕の可愛い幼馴染だ。これ以上あいつに変なことしてみろ。張っ倒すぞ!」


 ふう……ああ、ずっと思ってたこと言い切ったー!

 よし、これで思い残すことはなくなった。


「はい、じゃあもう殺してどうぞ」

『ぬし……ズレといるなぁ』


 と、なぜか聖剣に呆れられてしまった。


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