第38話 恐ろしき女王
僕がアスタリスクさんのことで体を強張らせていると、ギルダブが正気のない目で背中の聖剣を凝視してきた。
「おやぁ、それは聖剣エックスガリバーのようですがぁ?」
「あ、そうですね。今から魔王のところに届けようと」
「……なるほどぉ。件のテロ騒ぎ首謀者が勇者を名乗る賊であるとぉ魔王様から伺っておりましたぁ。その聖剣は間違いなく不死を断ち切るエックスガリバーですねぇ。なぜクロ様がお持ちでぇ?」
「えっと……」
少しだけ躊躇ったが僕はここまでの経緯をギルダブに話す。
ギルダブは「ふんむぅ」と、聖剣と僕を交互に見て一言呟いた。
「……ルーシアお嬢様はぁ、今クロ様のお家にいらっしゃるのではないですかぁ?」
「ギクッ」
「……そんな分かりやすい反応をしますかねぇ」
「そ、そんなーまさか……ねぇ? 一国の王女様でいらっしゃるルーシアお嬢様が僕のボロ家にいるわけないじゃないですか〜。いやだなぁ。なにを根拠に――」
なんとか誤魔化そうと、ツラツラと捲し立ててみたがギルダブはスッと手で僕の言葉を遮った。
「根拠はありませんがぁ、そんなものは今からクロ様のお家に行けば分かることぉ。だいたい少し考えれば分かりますからねぇ」
ギルダブは人差し指を立てる。
「魔王様がぁアスタリア様に内緒でルーシアお嬢様の婚約を取り付けたことは知っておりますからぁ。ルーシアお嬢様の性格を考えますとぉ大人しく結婚をされるはずがありませんからねぇ」
そう言って、ギルダブは立てた指を僕にビシッと向ける。
「そしてぇ、婚約を拒否したお嬢様が頼るのはぁクロ様のはずですからねぇ」
「……」
さすがに、アスタリア様の執事である。
ポンコツ魔王秘書のゼディスさんとは圧倒的に格が違う。
ギルダブさんは両手を後ろに組み、再び窓の外へ目をやる。
「ふんむぅ。困りましたねぇ。ルーシアお嬢様がクロ様のところにぃ……」
ギルダブさんはそのまましばらく考える素振りを見せた後、ふいに懐から小さな四角い箱を取り出した。
「あれ? それって……」
「えぇ。ネロ様が開発された汎用型魔導通話機ですねぇ。ふんむぅ。たしか、ピポパピポポっとぉ。これを耳に当てるんですねぇ」
プルルルッと魔導通話機が数回ほどバイブレーションすると、ブツッと音がした。
「あぁーアスタリア様ですかぁ? わたくしぃギルダブでございますがぁ」
『あら、ギルダブ。ようやく通話機が使えるようになったのね。機械音痴の癖に偉いわぁ』
「申し訳ございませんねぇ。ネロ様の作る魔導具というのはなんとも使いにくくてですねぇ。わたくしには扱いきれませんよぉ」
『うふふ。でも、ちゃんと使えるようになりなさいね? でないとギロチンしちゃうわよー?』
通話機のスピーカー越しからアスタリアさんの声を聞こえる。
ギロチン――その単語でアスタリアさんがルーシアの母親だということが、十分過ぎるほど伝わったことだろう。
「えぇ、善処しますよぉ」
『うふふ。あなたはいくつも魔導具を壊しているのだから……また壊したらギロチンに加えて、減給しちゃうわよー?』
「……減給は勘弁していただきたいですねぇ。わたくしぃ、もう減給されすぎてタダ働きになっているのですからぁ。これ以上はマイナスになってしまいますよぉ」
と、ギルダブは平坦な口調で訴えた。
意外とギルダブもゼディスさんと変わらないくらいポンコツかもしれない。
というか、タダ働きってやばいな。ブラックを超越している。
『うふふ。でも、別にタダ働きでもよいでしょう? あなたは私に忠誠心を持って従っているものねー?』
「……そうですねぇ」
なんだろう。今の間は。
『うふふ。それで? あなたがわざわざ連絡を寄越したのですもの。なにか問題があったのではなくって?』
「えぇ、それがですねぇ」
ギルダブはルーシアが僕のところにいることをアスタリアさんに報告。
闘技場のテロ騒ぎのことや僕がいましがた話した聖剣のことを包み隠すことなく全てを吐いた。
ギルダブから報告を聞き終えたアスタリアさんは通話機の向こう側で、『へぇ〜?』と底冷えするような声をあげる。
『なるほど。ねぇギルダブ。今そこにクロちゃんがいるのよねー? 変わりなさい』
「承知いたしましたぁ。どうぞクロ様ぁ」
「……」
僕はとてつもなく受け取りたくなかったが、ギルダブから通話機を受け取ってスピーカーになっている部分を耳に当てる。
「ご無沙汰しています。アスタリア様」
『うふふ。久しぶりねー。もうどれくらい会っていないのかしら』
「おそらく、三年かと」
『うふふ。三年というと世界統一会議のために一度帰った時以来になるのね。あの頃はまだまだ青臭いお子様だったのにねー……まさか、ルーシアと同棲しているなんてね』
「同棲ではなく同居生活ですが」
『同じことよー。減らず口を叩かないでちょうだい。うっかりギロチンしちゃうから〜』
うっかりで僕の首を斬り落とさないでもらいたい。
声だけでもアスタリアさんの威圧感が通話機越しに伝わってきて僕は額に脂汗を浮かべた。
『まあ、同棲していることは後で問いただすとして……先に聖剣の件を済ませましょう』
「聖剣の件ですか?」
『ええ。その聖剣、テロ騒ぎの自称勇者から奪ってきたんですってねー? とりあえず、それは勇者に返しちゃいなさい』
「え」
僕は驚いて、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「それは……なぜそんなことを?」
『うふふ。だいたい夫にしても、あなたにしても……ルーシアに対して過保護すぎるのよ。自称勇者如きルーシアが自分で解決しなければならないことよ』
「しかし、ルーシアの身になにかあれば……」
『あらあら、その時はその時よー。自称勇者如きに負ける娘を育てた覚えはないもの。死んだら、死んだでそれまでよ』
相変わらずのスパルタ教育っぷりだ。
アスタリアさんはいつもそうだ。
ルーシアに厳しく、他人に厳しく、わざと大きな壁を作って乗り越えさせようとする。
たしかに、そういうことも大事なことだろうけれど――僕は眉間の皺を寄せた。
「お言葉ですがアスタリア様。それはあんまりではありませんか。ルーシアはあなたの娘なんですよ」
『だからこそよ。私の娘ならその程度の壁、自分で乗り越えてもらわないと困るわ〜』
「しかし、危険の芽は摘んでおくべきです。勇者を名乗る危険な存在をみすみす野放しにしておくことなんてできません。あなたはそれでも母親なんですか」
『あら、言うようになったわね。クロちゃん? 誰に向かって意見しているのかしら?』
一触即発の空気――そこに、背中で沈黙を保っていた聖剣が割って入ってくる。
『の、のう? わしの預かり知らぬところでわしの処遇を決められるのはちょっと……』
「ちょっと黙ってろ」
『あ、はい……』
僕はうるさい聖剣を黙らせて通話機の向こう側にいるアスタリアさんに意識を向ける。
アスタリアさんはしばらく沈黙した後、おもむろに口を開く。
『うふふ。ねぇ、クロちゃん。あなたがなにを言おうが勝手だけれど、我が家の教育方針に口を出す意味が分かっているのかしらー? それは私に喧嘩を売っているということよー?』
次の瞬間――通話機越しに踵で地面を叩く音がしたかと思ったら、僕はギロチン台に拘束されていた。
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