第37話 不気味な執事

 魔王城へ入ると警備の人たちとすれ違うのだけれど、その度に敬礼された。一体なぜ……。

 僕はただの一般市民ですよ。


『の、のう? ぬしは何者なのじゃ? ただの人間の癖に黄昏皇女と知り合いだったり、ヴァンパイヤロードとも繋がりがあったり。魔王城に当然の如く入ったり……』

「僕の方が聞きたい」


 どうして僕はルーシアと幼馴染で、関わりたくもないヴァンパイヤロードと関係を持ち、魔王城にもすんなり入れるようになっているのだろう。

 とりあえず、兵士のみなさん。敬礼は本当にやめてください。

 僕はあなた方からしたら取るに足らない人間ですよ。


 そんな感じで肩身の狭い思いをしながら魔王城を歩いていると、魔王の執務室の道中でネロさんを発見した。

 よく見ると、ネロさんは手になにかを引きずって歩いていた。


 確認すると、真っ白に燃え尽きたゼディスさんであった。

 ネロさんは僕の視線に気付いたみたいで、首だけ僕の方に回して手を振った。


「おお! クロ坊ではないか! 珍しいのう? ぬしが一人でここにいるとは。む? その背中の剣は――」


 と、ネロさんは聖剣に気付いてゼディスさんをザーッと引きずりながら近寄ってくる。


「クロ坊……その剣はまさかエックスガリバーではないか?」

「そうです」


 誤解されると敵わないため僕はここまでの経緯をネロさんに説明。

 ネロさんは経緯を聞き終えると腹を抱えて笑った。


「ぷぷぷ〜! なんとも無様な聖剣様じゃなぁ!」

『な、なんだと⁉︎ こ、このクソチビぶっ殺してやろうか⁉︎』


 どっちも大人げないなぁ。

 しかし、聖剣の声は聞こえていないみたいでネロさんは一頻り笑うと、満足したのか口を開いた。


「まあ、分かったのじゃ。魔王様なら執務室におると思うから行くといい」

「ありがとうございます。それはさておきその手に引きずっているのは……」


「ぬ? ああ、ゼディスのことか? ちょいと過労死しておるだけじゃ。今から回復魔法をかけるところなんじゃよ」

「うわぁ」


 過労とかブラックな職場だなぁ。


「それじゃあ、僕は魔王のところに行ってきます」

「うむ。では、わしもゼディスを回復させに行ってくるのじゃ〜。おっと、その前に――」


 と、ネロさんは動かした足を再び止めて僕に視線を寄越した。


「一応、教えておくがギルダブが戻ってきておるから、せいぜい会わんように気を付けるのじゃな〜」


 ギルダブ――。

 魔王軍の幹部の中には個人的に会いたくない人がディオネスの他にもいる。

ネロさんの口にしたギルダブは、その会いたくない人物の一人だ。


 うん。絶対に会いたくないな……。

 ネロさんは「ではな〜」と言って、ゼディスさんを引きずってこの場を後にする。

 僕は引きずられていくゼディスさんとネロさんを見送りつつ、再び魔王の執務室に向かって歩き出す。


 当然、聖剣が僕の背中で騒ぎ立てたが全て無視した。

 魔王の執務室があるのは、魔王城の最上階中央。


 魔王城を一望できるテラスがついた場所にある。

 長い階段を登り切り、もう少しで魔王の執務室だという頃合いで聖剣が騒ぎ出す。


『か、考え直すのじゃ! い、今ならまだ間に合う!』

「やだ」


『そこをなんとか!』

「やだ」


 などなど、なんとも生産性のない会話をしながら赤い絨毯の敷かれた廊下を歩いていると――彼はいた。

 やや青みがかった黒髪でびっしりと七三分けされた前髪、隈のついた切れ長な瞳、スラッとしていて長い背丈。


 そして、病的なまでに白い肌――およそ、これほど不気味な出立をしている男はいない。

 そう感じさせるような雰囲気を纏った中年の男が、廊下の窓から外の景色をぼーっと眺めていた。


 ギルダブだ。

 僕は気付かれないうちに後ろをスーッと通り抜けようと――。


「おやぁ、これはこれはクロ様ぁ。お久しぶりですねぇ」


 僕に気づいていたのか、ギルダブが体ごと不気味な目を僕に向けてきた。

 これは……逃げられないか。

 致し方ないと僕はギルダブに向き合った。


「久しぶりですね。ギルダブさん」

「えぇ……一年ぶりでしょうかねぇ。お変わりないようでぇ」


「ギルダブさんも元気そうですね」

「そう見えますかぁ?」


 見えない。

 目の下の隈とかめっちゃ疲れているようにしか見えない。


「そういえばぁ、ルーシアお嬢様はどうされていらっしゃいますかぁ? お姿が見えませんがぁ」

「……誰からもなにも聞いてないんですか」


「えぇ。聞いてもはぐらかされてしまってですねぇ。魔王様も、『そこら辺にいると思う』とおっしゃられましてねぇ」

「……」


 僕はふと先日のテロ騒ぎ後、魔王が言っていた言葉を思い出す。

 あの時魔王は、「いろいろと問題が」とかなんとか言って、ルーシアが僕のところにいる方が、都合がいいと言っていた。


 その理由がおそらく――ギルダブだ。

 ギルダブは、「ふんむぅ」と顎に手を当てて困ったように唸る。


「困りましたね…。わたくしぃ、アスタリア様になんとご報告したものかぁ」


 ギルダブはそう言って首を回す。

 彼がいましがた口にした人物はアスタリア・トワイライト・ロード。

 件の現女王――ルーシアの母親だ。


 彼女の補佐として二人の幹部が付いているのだが、そのうちの1人が今目の前に立っている人物――ギルダブ・ジョバニスである。

 アスタリアさんの身辺警護と身の回りのお世話をする執事であり、アスタリアさんと魔王の連絡を仲介する役割を担っている。


「えっと、今日も魔王のところに?」

「えぇ。アスタリア様からいただいた極秘文書をお引き渡しにぃ」

「魔法でも連絡が取れるのになんと言うか手間じゃないですかね?」


「魔法による連絡は傍受される恐れがありますからねぇ。やはり文書の方が、安全性が高いのですよぉ。魔王様がうっかりなくさないかぎりはぁ。魔王様は少々脳みそが筋肉でいらっしゃいますからねぇ。とても心配ですよぉ」

「僕もそれには同意ですけど、結構酷いこと言いますね」

「えぇ。わたくしが仕えているのはアスタリア様ですからねぇ。ぶっちゃけ、魔王様とかどうでもいいのでぇ」


 本当に酷いことを言うなぁ。

 ギルダブはぎょろっと瞳を動かして僕を凝視する。


「ちなみにぃ、クロ様はルーシアお嬢様がどこにいらっしゃるからご存知ですかねぇ?」

「……」


 僕はどう答えるべきかと考えあぐねてしまった。

 まさか僕の家にいるなんて言えない。

 別に、ギルダブに言うだけなら構わない。


 しかし、ギルダブからアスタリアさんに話が伝わってしまうと――まずい。

アスタリアさんは僕のことを快く思っていない。

 ルーシアが僕と同居生活をしているなんて知ったら――そんなこと考えただけでも恐ろしい。

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