第36話 策士な只人

 二人で話したいねぇ。


「二人って、お前は剣じゃないか」

『こ、細かいことはよいであろうが! とにかく、シロとヴァンパイヤロードには聞かせられん話じゃ』


「聞かせられない話?」

『うむ。まあ、秘密の取引というやつじゃよ。取引の内容はぬしにとって悪いものではないぞ?』


 なるほど。

 ちゃんと僕にメリットのある取引なようだ。

 シロに目を向けると面白くなさげに頬を膨らませて聖剣を見ていた。


「なあ、こいつは取引の内容は知らないのか?」

『うむ。言っとらん』


 おそらく、一番信頼を置いている聖剣が自分に隠し事をしているから彼女は面白くないのだ。

 シロは唇を尖らせたまま、


「こいつとかお前って呼ばないで! あたしはシロよ! 名乗ったでしょ? あんたバカなの?」

「……」


 お前だって僕のこと”あんた”って呼ぶだろ。

 僕は気を取り直すために咳払いを挟む。

 しかし、どう考えても怪しさ満点なお話だ。


 僕は顎に手を当ててコクコクと数秒ほど熟考。

それから、顔をあげて改めて聖剣に目を向けた。


「分かった。話を聞こうか」

『うむ。では、わしを背中に背負え。場所を移そう』


 僕はシロから聖剣を受け取る。

 ずっしりとした剣の重みが両手にかかり、危うく落としそうになった。


「おっとっと」

『うおおおい⁉︎ わし聖剣じゃぞ⁉︎ もっと丁重に扱うのだ!』


「そう言われても……重いんだよ。お前」

「貧弱な奴ね! あんた男でしょ?」


 シロは「情けない!」と、これみよがしに僕を罵倒。

 クスクスと僕を指さして小馬鹿にしてくる。

 張っ倒してやろうかこの女。


『ほれ、はやく背負うのじゃ。ほれ、ベルトを肩にかけて』

「はいはい……」


 僕は言われた通り、ベルトをかけて聖剣を背中に挿せるようにする。

 ふと、そこであることに気が付いた。


「というか、聖剣って目立つよな」

『む? そうじゃな。聖剣じゃからな。この輝かしい刀身は見る者全てを魅了するのじゃ!』

「ふーん。まあ、それはともかくさ」


『……のう。もうちょとだけ興味をもってくれてもよいのではないか?』

「やだ。で、思ったんだけれども抜身だとさすがに目立つし布で覆ってもいいか? 魔王軍関係者に見つかったら面倒なことになるだろうし」


『むう……。まあ、致し方あるまい。おい、シロや。わしを隠せるくらいの綺麗な布をくれんか』

「店長! 聖剣を隠せる布ってない?」

「む? たしかこの辺に……あったこれだ」


「あ、お兄様。それは先ほどお客様が吐いたものを処理した布では……」

『⁉︎』


 そんなこんなでエドワードから布を拝借し、それで聖剣をグルグル巻きにして背中に背負った。


「よし。これでおーけーだな」

『うむ。しかし、これではわし、周りがなにも見えないのう』

「目みたいなものでもついてるのか?」


『鍔のあたりにのう!』

「ふーん。まあ、話せればいいんだし別にいいだろ」

『それはそうなんじゃが。わし聖剣ぞ? もう少しわしに興味を持ってくれんかのう! なんじゃ、ふーんって。まったく興味がないではないか!』


 だから、興味ないんだってば。

 こうして僕は聖剣を背負って路地裏を出て、昼間の城下町へと繰り出す。


『まずは、落ち着いて話せる場所にでも移動してもらおうかのう』

「いや、話ながらでもいい。どうせお前の声は他の人に聞こえてないわけだし」


『それはそうじゃが。そうすると、ぬしが独り言をブツブツ言い続ける変人扱いされてしまうぞ?』

「別にいい」


 はっきりそう言うと聖剣は、「まあ、ぬしがよいなら……」とようやく本題へ入った。


『さっそく本題に入るが――まず、こちらの要求としては、魔王を殺す協力をして欲しい。代わりにこちらは黄昏皇女を狙うのをやめよう』

「魔王を……ん? でも、ルーシア――黄昏皇女も標的なんだろ?」


『正確にいえば、この街に住むすべての魔王一派が標的じゃ。じゃが、それはあくまでもシロの標的じゃ。前にも言うたがわしの標的は魔王ただ一人じゃ。わしは魔王を殺せればなんでもよい。そして、見たところ――ぬしは魔王一派ではないようじゃし』

「どうしてそう思ったんだ?」


『根拠は勘じゃよ。じゃが確証はある。ぬしは……そうじゃなぁ、魔王一派というよりも黄昏皇女一派という感じじゃろう?』


 黄昏皇女一派か。

 なんとも的を射た言葉だった。


『先ほど屋台で黄昏皇女を殺すとあやつらが口にした時、ぬしの目の色が変わっておった。ずいぶんと主君を敬愛しているのじゃな』

「僕とあいつは主従関係じゃないぞ」


『ほう? そうであったか。では、どういう関係なのじゃ?』

「幼馴染」


 嘘偽りなく簡潔に僕とルーシアの関係性を説明できる単語を述べると、聖剣はしばらく沈黙した後――鼻で笑った。


『魔王の娘とただの人間であるぬしが幼馴染? はいダウト!』


 なんだこいつ。

 僕は城下町をてれてれと歩きながら僕を嘘つき呼ばわりする聖剣に反論する。


「僕とルーシアは正真正銘の幼馴染だ。というか、お前は嘘を見抜けるんだろ? だったら、僕が本当のことを言っていると分かるはずだ」

『わしは嘘など見抜けん。あれはシロが言ってるだけじゃ。で、ついでにわしが乗っかっているだけじゃ』

「……」


 なんだろう。一瞬で聖剣の株価が暴落した気分である。


『聖剣と謳われてはいるがな。実際、不死属性を無効化できる以外はなんの変哲もない剣じゃよ。わしを手に取ったから言って、めちゃくちゃ強くなるとか、秘めた力に目覚めるとかないのじゃよ』

「聖剣とは……」


 などと、僕は聖剣を軽く見そうになったが――気付いた。

 つまり、あの自称勇者のシロは聖剣を持っているから強いのではなく、六十%くらいのルーシアと地力で引き分ける実力があるということになる。


 ちなみに、六十%のルーシアを魔王軍の幹部たちで比較すると、だいたいディオネスと同じくらいになる。

 やはり――危ないな。


 ラーメン屋のあった路地裏からしばらく歩き、僕はある場所で立ち止まった。

 目の前に、鎧を着た厳つい兵士が二人立っていたので声をかける。


「すみません。通っていいですか」

「む? はっ⁉︎ あ、あなたは⁉︎ ど、どうぞお通りください! クロさん!」

「えっと……ありがとうございます」


 僕は一言断りを入れてから、¥兵士の間を通り抜ける。

 そこで、聖剣が訝しげなようすで口を開いた。


『のう、ぬしよ? 誰と話しておったのだ? ずいぶんと怖がられていたみたいじゃが……』

「門番だけど」

『門番? そういえば、わしらは今どこにおるのだ?』


 と、聞かれたので僕は簡潔に答えた。


「魔王城」

『……は? 今、ぬしはなんと言った?』

「魔王城」


『……』

「……」


 数秒の沈黙後――聖剣は『いやいやいや』と笑った。


『はっはっは。面白い冗談じゃな!』

「信じられないなら布取って見てみるか?」


 僕はいまだ冗談と思っている聖剣に、現実を突きつけてやろうと聖剣を覆っていた布を取っ払った。

 すると、聖剣は開けた視界の中に魔王城の外観が飛び込んできて、『ふぁ⁉︎』と小さな悲鳴をあげた。


 僕の視界にも魔王城の立派な外観が一杯に広がっており、目の前には入り口が見えている。


「これで信じてくれるか?」

『ぬ、ぬし……は、謀ったな⁉︎』


 別にだましたつもりはない。

 聞かれなかったから答えなかっただけだ。

 まあ、どこに向かっているのか悟られないように布で覆ったのは認めるけれど。


「さてと。んじゃ、お待ちかねの魔王に会うとするか」

『や、やめろおおお!』


 僕は聖剣の制止を無視して魔王城の中へと入っていった。

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