第35話 無一文勇者
僕は目を瞬きながら口を開いた。
「えっと、なにやってるんだ? お前……」
そう尋ねると、シロが口を開く前にエドワードが待ったをかけた。
「待てい! 店中で話すならラーメンを注文してもらおうか!」
「いや、僕は別にラーメンを食べにきたわけじゃないんだけど……」
「なら、出て行ってもらおう! くはは!」
こいつ――自分で呼び止めておいて。
とはいえ、そう言われてここで帰るなんてことはできない。
指名手配犯が目の前にいて、まさか事情を聞かないわけにはいかない。
僕は屋台の椅子に腰を下ろしながらラーメンを注文する。
「……じゃあ、味噌ラーメンで」
「くはは! 当店のおすすめは豚骨ラーメンだ!」
「いや、だから味噌ラーメンで……というか、前はチャーハンがおすすめとか言ってなかったか?」
「くはは! 俺様とて日々成長しているということさ!」
「まあ、なんでもいいけど……味噌ラーメンで」
「くはは! 当店のおすすめは豚骨ラーメンだ!」
エドワードの野郎、店で一番高い豚骨ラーメンを是が非でも注文させようとしている。
なんてちゃっかりしているのだろうか。
図太いというかなんというか。
どのみち豚骨ラーメン以外は受け付けていなさそうである。
「……分かった。豚骨ラーメンを頼む」
「合点承知だ! よしレベッカ! 豚骨ラーメンだ!」
「わ、分かりましたわ」
「店長! あたしはなにをすればいいのかしら!」
「貴様は皿洗いでもしているがいい!」
「分かったわ!」
シロはエドワードの指示に頷き皿を洗い始める。
僕はシロを眺めながらポリポリと頬をかいた。
「えっと……それで、その子は?」
「くはは! バイトだ!」
「バイト……」
指名手配犯が路地裏のラーメン屋台で堂々とバイトって……。
「なあ、エドワード。知らないのか? こいつは指名手配犯だぞ」
「もちろん知っているさ。知っていて雇っているのだ」
エドワードはちゃんと説明してくれるみたいで続けて口を開く。
「俺様がこいつを拾ったのはつい昨日のことだ。そうだろう? バイトよ!」
「その通りよ! 黄昏皇女と引き分けた後、私は首都から出た森にあった洞窟で息を潜めていたわ。でも、夜とか寒くて耐えられなかったから首都に戻ってきたのよ」
「指名手配中なのに図太いなお前……」
「けれど、指名手配中で宿なんか泊まれないし路銀も尽きていてご飯も食べられないから、空腹で道端に倒れていたわ!」
「そこに通りかかったのが俺様というわけさ」
話を聞くとシロを助けたエドワードはシロを匿ってやる代わりに、ラーメン屋の従業員として雇ったのだとか。
なぜ指名手配犯を匿ったのかというと、
「どうやらこやつの目的は、魔王様を殺すことみたいだったらな。俺様は魔王様に恨みがあるわけじゃないが――こいつの話を聞けば黄昏皇女もぶっ殺してくれると聞いてな」
エドワードは没落貴族になった件でルーシアのことを恨んでいた。
なるほど。だんだんと、この奇妙な取り合わせに納得がいき始めた。
「このシロとやらはあの黄昏皇女に一矢報いたそうだからな。いつかはたそう考えている黄昏皇女への復讐のために協力してやろうと思ったのだ」
「あたしはこのヴァンパイヤロードから衣食住を提供してもらう代わりに、このラーメン屋でバイトをしながら魔王の首を狙うってわけ!」
「まあ、つまり利害の一致というわけだな。くはは! 俺様は従業員が増えて、黄昏皇女をぎゃふんと言わせられるし」
「あたしは寒い思いも空腹で倒れることもなく、ここにいればヴァンパイヤロードが匿ってくれるから捕まることもない!」
「「まさにwin-winな関係!」」
と、エドワードとシロはガシッと手を組んだ。
「あ……あの、こちら豚骨ラーメンになりますわ」
「ありがとう」
僕は二人がバカなことをやっている間にできあがった豚骨ラーメンをレベッカから受け取る。
「あ、サービスはいかがしますの?」
「いらない」
まだレベッカのヨダレサービスなんかやっているのか。
僕は豚骨ラーメンをすすりながら、うんうんと頷き合っているエドワードとシロに向かってこう言った。
「win-winな関係は結構だけど、僕が今からここにシロがいるって告げ口したらアウトじゃないか?」
「ふん! 早とちりしないでちょうだい。あんたを呼び止めたのは取引をするためよ!」
「は? 取引?」
「くはは! その通りだ! 前にも言ったが貴様は黄昏皇女に近しい稀有な存在だ。その貴様を有効利用せずしてどうするというのだ!」
「なるほど……だけど、その取引に僕が応じるとは限らないだろ」
「そう急ぐでない。ゆっくりじっくりと話をしようではないか? ん?」
「そうそう。これもあたしたちが黄昏皇女をぶっ殺すために必要なことなのよ。ね?」
エドワードとシロがグイグイと僕に迫って来る。
どうしよう……これ取引に応じないと絶対に返してくれないやつだ。
二人に迫られてどうやってこの場を切り抜けるべきか考えあぐねていると、意外なところから助け船が出た。
『シロや。その取引の前に少しこやつとわしの一対一で話させてはくれんかのぉ』
「え? どういういこと?」
『いいから』
「まあ、あんたが言うなら……」
シロはエドワードに一言断りを入れると、屋台の裏に立てかけてあった聖剣を手に取って僕に差し出した。
すると、
『数日ぶりじゃな。ひとまず二人で話がしたい』
僕に向かってそう言った。
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