可愛い幼馴染

第34話 まさかの登場

 例のテロリスト事件から1週間が経った。

 その間、特に代わり映えのない日々が続いた。


 朝。いつも通り目が覚めると、相変わらずルーシアが僕の顔をジッと眺めていた。


「……おはよう。ルーシア」

「あら、おはよう。クロ」

「なあ、毎日のように僕の寝顔を見ていて飽きないのか?」


「なぜそんなことを聞くの?」

「いや、ただ疑問に思っただけだけど」

「そう。質問の答えだけれど、飽きないわよ。お前の寝顔を見ているのは楽しいもの」


「あ、そう……」

「それに寝顔だけが楽しいわけじゃないもの」


 と、ルーシアがのたまったので、僕は体をベッドから起こして尋ねる。


「寝顔以外になにか楽しみがあるのか?」

「あるわよ。いろいろと」


 いろいろと……?

 なにやら不穏な空気を感じ、僕は半眼をルーシアに向ける。


「いろいろって、たとえば?」

「そんなこと……王女である私の口からは、とても言えないわ」

「おい! いったいお前は寝ている僕になにをしているんだ!?」


 まさか寝ている間に、一生に一度しかないチェリーボーイ卒業をしてしまっていた――なんてことは、本気で勘弁して欲しい。


 いや、よく考えたら箱入り娘なルーシアが、そんな夜這いみたな行為に及ぶはずがなかった。本人が自覚なしでやったなら、話は別だが。


 なんにせよ、あまり考えたくはない。


 僕はベッドから起き上がり、顔を洗い、朝食の準備を行う。言うまでもなく、ルーシアはその間ボロ椅子に脚を組んで座り、紅茶を啜っていた。


「ふむ……ねえ、クロ」

「なんだ」


「紅茶がなくなったわ。淹れなさい」

「……」


 こいつは居候としての自覚が足りていないのではなかろうか。

 とはいえ、例の如く言うことを聞かないわけにはいかないため、僕は言われるがままに紅茶を淹れる。


 ルーシアが新しく淹れた紅茶を飲むと、「ふん」と鼻を鳴らした。


「相変わらずまずいわね」


「ぶっ飛ばすぞ」


「……ねえ、クロ。私、王女よ? この私に向かってなにかしら、その態度は」


 おっと、いけない。いけない。

 つい、王女様を相手に本音が出てしまった。失敬。失敬。

 ここはもっとお上品に言うべきでしたね。


「おぶっ飛ばしてもよろしいですかね」


 頭に“お”をつけてみたけれど、あまりお上品にはならなかった。

 そんな感じで朝食を食べて後、今日は魔法のお稽古をしてくださるとのことで、僕とルーシアは家の外に出ていた。


 まあ、魔法のお稽古とかやりたくないんだけど。


「それじゃあ、さっそく始めるわよ。まずは、前回教えた世界を滅亡させる魔法の復習をするわ」

「そんな魔法を教えてもらってないし、覚える気もないわけだが」

「……なぜ?」


 それはこっちが聞きたいよ。なぜお前は、すぐに世界を滅亡させようとするのか。世界に親でも殺されたのだろうか……。

 それから、ルーシアから魔法のレクチャーが始まる。


「よく覚えておきなさい。魔法に大事なものは気持ちよ」

「まさかの精神論……」

「魔法は使用者の精神状態に左右されやすいのよ。魔法を使う時は、常に冷静でなけばならないわ」


 と、怒れる暴君がおっしゃった。

 お前が魔法を使ってる時って、たいてい怒ってるじゃん……それで冷静って言われても、説得力に欠けているというか。


 ふと、僕は首を傾げているのは癪に障ったみたいで、ルーシアがギロっと僕を睨みつけた。


「なにか言いたいことがあるのかしら?」

「なんでもありません」


 そんなこんなで、魔法のお稽古も終わり、昼食をとった後、僕はルーシアを家に置いて、城下町まで買い物にやってきた。


「はあ……大飯食いが1人いるだけで、食糧がすぐに尽きるなぁ……」


 結局、闘技大会もテロ事件のせいで中止となってしまい、大会賞金はいずこかに消えてしまった。

 我が家の財政難は未だ解決していないわけで、本格的にバイトを始めるべきだろう。


 まあ、お金のことは後で考えればいい。まずは、晩飯の献立を考えねばなるまい。

 さて、なにを作ろうかなと通りを歩いていると、


「待たれい!」


 声をかけられた。

 反射的に声がした方向に目を向けると路地裏の入り口近くに、見覚えのあるのれんが垂れたラーメン屋があった。

 僕はラーメン屋ののれんをあげて、僕を呼び止めた人物に声をかける。


「なんだよ。エドワード」

「くはは! 奇遇だな! 人間!」

「奇遇って……お前が呼び止めたんだろ」


 エドワードはすっかりラーメン屋台の店主が板についていた。

 まだ、あれから時間も経っていないというのに……。

 彼の後ろには相変わらず僕を見て怯えるレベッカがいる。


 そして、エドワードの隣にも誰か立っていた。

 新しい従業員でも雇ったのだろうかと顔を見て――僕は自分の目を疑った。


「いらっしゃいませ!」


 先日、テロ事件騒ぎの首謀者として今なお指名手配されている人物――勇者シロが割烹着を着て屋台の前に立っていた。

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