第33話 魔王の娘と勇者

 ここからは後日談。

 驚いたことにルーシアとシロの戦いは決着がつかなかったらしい。


 僕を安全なところに置いていった後、ディオネスが闘技場に戻るとルーシアがシロをボコボコしていたらしいもだが、シロが持つ聖剣の力は本物だったみたいでボコボコと言ってもルーシアが一方的にシロを殴っていただけではなかったとのこと。


 で、最終的に――。


『今日はこの辺で勘弁してあげるわ! 黄昏皇女! でも、いつかその無駄にでかい乳を斬り落としてやるから覚悟してなさいよ⁉︎』


 などという捨て台詞を吐いて脱兎の如く逃走したらしい。

 ルーシアが逃したというのが信じられなかったのだが、聖剣の力でダメージを負わされていたみたいで追うことができなかったとのこと。


 そんなこんなで今回のテロ騒動は収束。

 不完全燃焼のルーシアがぶち切れてディオネスに八つ当たりし、ディオネスが瀕死になったことと、闘技場がめちゃくちゃになった以外には大きな被害はがかった。


「それにしてもルーシアに傷をつけるなんてなぁ。なんだったんだろうな、あいつ」

「さあ、知らないわよ。なんにせよいつか本気でぶっ殺すわ」


 ギリッとルーシアは奥歯を噛み締めて怒りを露わにする。

 僕とルーシアは騒動の後、ディオネスのお願いで再び魔王城に足を運び、今は謁見の間で魔王を待っているところである。


「ルーシアが大人しく魔王と会うなんてな。あれだけ怒ってたのに」

「別に。ことがことだもの。テロリスト騒ぎがあって王女である私が当事者になったのだから、王女として報告の義務くらいはちゃんと果たすわ」

「なるほど」


 王女然とした振る舞いと魔王に対する私怨は別らしい。

 そこがルーシアらしいといえばらしいが。

 ああ、私怨で思い出した。


「そういえばあの自称勇者。魔王に恨みがあるみたいだったけど、ルーシアはなにか心当たりないのか?」

「さあ? お父さ――あいつが人間から恨まれる理由なんて山ほどあるから検討もつかないわ。なにせ数十年前まで激しい戦争をしていたのだから。なんなら今もしているわけだし」


「まあ、そうなんだけど。なんというかあの勇者、いろいろ謎が多かったよな」

「そうね。まあ、今度会った時にぶっ殺して洗いざらい吐かせれば済むわ」


 ぶっ殺したらお話なんてできませんが、そこはどうするつもりなんでしょうか王女様。

 しばらく、ルーシアと話していると魔王が奥の方から現れた。


「遅い」

「フハハ! 悪いなバカ娘。クソみたいな仕事を片付け終わったと思ったら、今度はテロ事件ときて関係各所で大騒ぎ。今日も残業確定だバカ野郎!」

「娘に当たらないでちょうだい。お前の苦労話なんて興味ないわ」


 ルーシアはグチグチと愚痴をこぼす魔王を一蹴すると簡潔に報告する。


「闘技大会中に勇者を名乗るテロリストが現れたわ。以上」

「……お前、社会でそれが通用すると思ってんのか?」

「私、未来の女王よ? 社会の頂点に君臨する存在よ? つまり、私がルールよ」


 魔王はため息を吐いた後、頭痛でもするのか目がしらを抑えた。


「おい坊主。うちのバカ娘の躾がなってねえみたいだが」

「あたかも僕がルーシアの飼い主みたいに言うな」

「そうよ。クロの飼い主は私よ?」


 張っ倒すぞこの女。


「あーじゃかあしい! おい坊主! てめえが報告しろ!」

「かくかくしかじか」


 僕は闘技場であったことを魔王にありのまま説明した。


「勇者ねぇ」

「魔王も昔、戦ったことがあるんだろ?」

「まあな。坊主が知ってる通り人間の国で英雄扱いされてる存在でな。勇者は代によって実力が変わるんだが……今代はルーシアが取り逃すくらいには強いみたいだな」


「うるさい。わざと逃しただけよ。あんなやつ、いつでも捕まえられるわ!」

「分かった分かった。一四四時間ぶっ続けで仕事してたから頭が痛んだ。静かにしてくれ」

「……」


 僕の隣からブチッと音がしたので適当にルーシアの頭を撫でてなだめる。


「なあ、勇者が持ってる聖剣とやらは不死身でも死ぬのか?」

「んあ? ああ、エックスガリバーのことか? そうだなぁ、あの剣は不死性ごとぶった切るからな。対不死身用に作られた特別な代物って話だ。その剣で致命傷を与えられれば俺やルーシアでも死ねるだろうよ」

「……」


 戦闘後、ルーシアの肌に切り傷が残っていた。

 ルーシアは滅多に怪我をしないが、たとえ怪我をしても数秒で傷が癒える。


 今は魔法で傷を癒したため傷はないが――それが聖剣の力だというのなら心配だ。

 僕はルーシアが心配になり、なぜかへにゃへにゃと表情を崩している彼女に目を向ける。


「おい坊主。その辺にしてやれ。撫でられすぎて娘がプリティーキュートな顔になってる……くっ……ダメだ! 連勤明けにそんな可愛い顔を見たら尊死してしまう!」


 相変わらずの親バカだった。

 閑話休題。


「さあ、帰るわよ。クロ」


 と、いつもの顔に戻ったルーシアが踵を返しながら言った。


「魔王がすんなり帰してくれるとは思わないんだけど」

「フハハ! 帰っていいぞ」

「え」


 僕は魔王の発言に目を白黒させた。

 あの親バカでルーシア大好きフリスビーな魔王が――はたして、一体どういう風の吹き回しなのだろうか。


「俺も少し考えを改めたんだ」

「考えを?」

「まあ、よく考えたら娘を今すぐ嫁がせるっていうのも急ぎ過ぎたなと反省しているんだ」


「へぇ」

「それに今はいろいろと問題があってな。ルーシアが坊主のところにいるのは、今に限って都合がいいのさ」

「ふーん?」


「あ! だからって娘に手を出したらぶっ殺すぞ⁉︎」

「出さないよ」


 まあ、そういうことなら今日はもう帰ろうと、先を歩くルーシアに追いつくためやや小走りで歩いた。



 ある暗い洞窟の中――そこで焚火をたく一人の少女がいた。


「くっそー! 黄昏皇女め! 次に会ったら絶対三枚におろす!」

『落ち着くのじゃシロよ。勇者たるもの常に冷静さを忘れるべからずじゃ』

「もう、うるさい剣ねぇ」


『返事は?』

「……はーい」


 少女――シロは、聖剣にたしなめられて渋々返事をした。


「うう、さむっ」


 シロは洞窟内に吹き込んできた風に身震いして体を小さく縮こまらせる。

 なぜ自分がこんな寒いところで野宿なんて惨めな思いを――とシロは内心で悪態をついた。


 考えていたよりも敵の仕事が早くてシロの似顔絵がいろいろなところに配られてしまい、指名手配されてしまったのだ。

 おかげで宿に泊まることができず、かといって目的である魔王のいる首都から離れられるわけにもいかず、こうして洞窟で小さくなって野宿する羽目になった。


「くそう……魔王め! 絶対に許さないんだから! 私にこんな惨めな思いをさせて――くしゅん!」

『これこれ勇者が風邪を引くでないぞ?』

「わ、分かってるわよ! く~! 寒い! なんで首都から離れただけでこんなに寒いのよ!」


『夜はとかく冷え込むからのぉ』

「くしゅん! でも、私は諦めないわよ! 憎き魔王に復讐を果たすまでは! そう――私の家族を、なにもかも奪っていった魔王だけは絶対に許さない! 私はあいつの全てを奪ってこの手でその首を斬るまでは絶対に諦めたりなんか……へ、へくしゅん⁉︎」


 と、少女の盛大なくしゃみが洞窟内にこだまするのだった。

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