第32話 大暴れな幼馴染
壊れた闘技場の舞台まで行くとアナウンス通り、ルーシアとシロが中央で睨み合っていた。
「ふん。やっぱり、こっちの方が早くていいのだわ。テロリストにかける情けはないから覚悟なさい」
「それはこっちの台詞よ、黄昏皇女! 魔王の娘であるあんたは絶対にぶっ殺す!」
ギリっと二人同時に歯軋りし――瞬きの間で二人の姿が消えていた。
気が付けばルーシアとシロは壊れた舞台の中央で衝突。
二人の周囲に空気の膜みたいなものが生まれていて、それがぶつかり合っていた。
おそらく魔力の障壁だ。
そのまま鍔迫り合いが如き状況が続くと弾かれるように二人とも後方へ吹き飛ぶ。
ダメだ。動きがはやすぎて僕の目じゃ追い切れない。
ルーシアとシロは再び激突。
その際に、シロが羽織っていたローブが吹き飛んで彼女の肢体が露わとなる。
鍛えられて引き締まった体をしていた。
ルーシアと比べるとボリュームは欠けるけれど、なんて罰当たりなことを考えていたからか僕に天罰がくだった。
衝撃で大きな舞台な瓦礫がなぜかちょうど僕の頭上に向かって飛んできたのだ。
「え、ちょ、ま――」
あ、これ死んだかな。
先ほどの爆発未遂に続き本日二度目となる命の危機である。
残念ながらなんの変哲もない人間である僕に、飛んできた瓦礫を咄嗟に躱すなんて芸当はできないわけで――今回ばかりはあっさり死んでしまうかもしれない。
思えば、ルーシアと一緒に過ごしてきた約十年間――なんども死にかけたものだ。
始まりはケルベロス、それからはルーシアにギロチンで首を落とされそうになったり、電気椅子でビリビリさせられそうになったりなど。
命の危険を感じた場面なんて挙げてみればキリがない。
そりゃあ嫌でも度胸くらいつく。
というか、思い返してみれば死にかけた理由の八割がルーシアな気がする。
死の間際だからだろうけれど時間がゆっくりに感じる。
世界がスローモーションだ。
体は動かない。頭だけが高速で回っている。
「はあ……なあ神様。来世はルーシアの性格が丸い世界線に生まれたいです」
そんな感じで別段信じてもいない神に祈りを捧げた僕は、来世に想いを馳せながらゆっくりと目を閉じるのだった。
【完】
「勝手に死ぬな。本当に貴様は雑魚で世話が焼ける」
と、僕が飛んできた瓦礫で死ぬ寸前――ディオネスの声が聞こえて目を開けると案の定ディオネスが瓦礫をご自慢の槍で粉々に粉砕していた。
「あ、ディオネス」
「あ、とはなに? 助けた礼を述べるべき」
「はあ……」
「なぜため息……⁉︎」
驚愕で固まるディオネスを放り僕は空を仰いだ。
空が青いなぁ。
来世の自分に生まれ変われるのはもう少し後になるらしい。
それまでは、この世知辛い現実でもうちょっと頑張るとしよう。
「一応ありがとうディオネス」
「一応の理由が知りたいところ――けれど、今はふざけている場合じゃない。今お嬢様と戦っているのは例のテロリスト?」
「多分な。お前はなんでここに?」
「観客の避難が終わったからようすを見に。お嬢様が相手をしているから心配はしていないけれど」
「いや、心配しろよ。未来の主君だろ」
「無用な心配はお嬢様に対して逆に失礼。お嬢様が実力で負けるはずがない」
「それはそうだけど」
「でも……」
と、ディオネスは舞台上で壮絶な戦いを繰り広げている二人を一瞥する。
「……お嬢様が周りを気にして手加減していると言っても、あのテロリストはいい勝負をしている。一体何者……?」
「さあ……さっき自分で勇者って名乗ってたけど」
「勇者?」
「うん。なんか魔王に復讐するためとかなんとか」
「魔王様に復讐?」
「まあ、あの魔王だしな。どこのどいつに恨みを持たれていても不思議じゃないよな」
「……まあ」
さすがに主君が恨まれているというのを認めるのは癪だったみたで、ディオネスが歯切れ悪く頷く。
そうこうしているうちに戦いはさらに激しさを増し、ついにルーシアお得意の雷が炸裂。
ディオネスはバチバチと迫ってきた電撃の余波を槍で振り払った。
「このままだと貴様はお嬢様の魔法の余波で消し炭になる。仕方ないから一度離脱する」
「そのまま家に帰りたいんだけれども」
「それはダメ。戦闘が終わった後、興奮状態のお嬢様をなだめる役割がある」
「じゃあ、せめてここにいさせてくれ」
「それもダメ。お嬢様が心配なのは分かる。でも、雑魚である貴様がここにいても邪魔なだけ」
「辛辣」
言葉を選ぶとかオブラートに包むとか、配慮をしていただけないのだろうか。
それとも先ほど邪険に扱った仕返しだろうか。
どちらにせよ、ディオネスが言ったことは正しい。
ここに僕がいてもできることはない。
そんなこんなで僕はディオネスに担がれて闘技場から一時退避することとなった。
闘技場を離れる際に、
「このまな板女!」
「うっさいデブ乳女!」
なんて幼い子供の喧嘩じみた罵り合いが聞こえた。
やっぱり、似たもの同士だなぁ。
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