第31話 VS勇者

「さっきぶりだな。えっと……シロだったか」

「……? あんたはなんなのよ? 黄昏皇女と一緒にいるってことはただの人間じゃないみたいだけど」


 残念ながらただの人間です。


「……僕はクロ。正真正銘ただの人間だ」

「嘘をついても無駄よ! あんたも魔王一派なんでしょ! 騙されないわよ!」

「魔王一派って……」


 あながち間違いでもないけれど。

 ただ、僕は魔王に恩は感じていても味方ではない。

 恩を仇で返すみたいで申し訳ないけれど、僕にとって魔王の優先順位はルーシアの次くらいだ。


 仮に、ルーシアと魔王が海で同時に溺れたら僕は迷わずルーシアを助けるだろう。

 シロは僕に警戒の眼差しを向けながら背中の剣を手に取った。


「あたしに嘘は通用しないわ! この勇者だけが振るえる聖剣! エックスガリバーは嘘を見抜くことができるのよ! ふふん。どう? すごいでしょ?」


 シロは剣先を僕に向けてドヤ顔で言った。

 やっぱり、どこかルーシアに似ている。


 傲慢なところとか人の話を聞かないところ、自意識過剰なところ、自己中心的なところなんかそっくりである。

 ルーシアから可愛げを取り除いたら、ちょうどシロのようになるだろうか。


「さあ聖剣! やつの嘘を看破してやりなさい!」


 と、彼女が言うと――。


『ふむ……シロよ。どうやら、このクロとやらは嘘を言っておらんみたいだ』


 聖剣が喋った。


「へぇ? 黄昏皇女と一緒にいながら本当にただの人間なんだ?」

『どうやらそのようだ。鑑定スキルで覗いてみたが特別な力のないただの人間じゃのう。精神力だけ妙に高いが……』


 鑑定スキル?

 喋る剣と言いシロは一体なにを言っているのだろうか。

 僕はシロに気付かれないよう後ろでじっとしているルーシアに尋ねた。


「なあ、ルーシア。鑑定スキルってなんだ?」

「ひゃ、ひゃい……! な、なに……?」


 なんだろうか。ルーシアのようすがおかしい。

 尻目にルーシアを一瞥すると挙動不審に僕の顔色を窺っていた。


「えっと、どうした?」

「クロ……怒ってない……?」

「は? なんで?」


「さっき、怒ってるみたいだったから……」

「さっき? いや、別に怒ってないけど」


「ほ、本当?」

「本当。本当だから鑑定スキルがなにか教えてくれ」


 僕がそう言うとルーシアはコクコクと嬉しそうに頷いた。


「ふふ、いいわ。特別に教えてあげる」


 いつも通りの調子を取り戻したみたいでなによりだが、これはこれでうざいかった。


「鑑定スキルは平たく言えば、対象の状態を見ることができるスキルよ。たとえば、生卵が腐っているのか腐っていないのか。動物に使えば種類とかが分かるわ」

「へぇ」

「なぜそんなことを急に聞いてきたの?」


「いや、さっきあの剣が言ってたから」

「……剣が? 剣が喋るわけがないでしょう? なにを言っているの?」


 頭大丈夫?

 などと、まさか僕がルーシアに心配されることになるとは思わなかった。

 なるほど。どうやら、あの聖剣とやらの声は僕とシロにしか聞こえていないらしい。


「ちょっと! なにこそこそと話してるのよ!」


 ふと無駄話が過ぎたようで、シロが気付いて警戒を強める。

 まだいろいろと謎が残っている今、シロが怒って戦闘――というのは避けたい。

 だから、僕は両手を挙げて敵意がないことを示す。


「悪かった。別に怪しいことはしていない。敵意はないから剣を下ろして欲しい」

「ふん! 敵の甘言になんか惑わされないわよ!」


『いやシロよ。この男の言う通りにするのがよかろう』

「むう……まあ、あんたが言うなら」


 聖剣の言うことは素直に聞くのか。


『さて、クロとやら。わしの声が聞こえておるのだろう?』

「え⁉︎ あの男あんたの声が聞こえるの⁉︎」

『ちょっとシロ黙っとれ。それで? どうなのだ?』


「……気付かれてたか」

『あれだけわしを不思議そうに見ておったらな』


 女性の声――だろか。

 やや聞き取りにくい声をしている。


「なんで話をしてくれる気になったんだ?」

『これでも勇者の端くれゆえな。問答無用で斬るのは好まぬ』


「斬ることは斬るんだな」

『ぬしがそちら側にいるのであれば敵じゃからな』


 そちら側……敵……ね。


「なあ、お前たちの目的はなんだ? 魔王の退陣に闘技場の人たちを人質に取ったみたいだけど」

『目的か。わしの目的は一貫しておるよ。わしは魔王を斬るために生まれた存在じゃからな』


 魔王を斬るために生まれた――作られたということだろうか。


「わしのってことはシロの目的は別ってことか」

『なかなか鋭いのう……この子の目的は端的に言えば復讐じゃよ』

「復讐? 魔王にか?」


『さてのう。それより、一方的にこちらが答えるばかりは不公平じゃな。ぬしもわしの質問に答えてもらおうかのう』

「質問によるけれど」

『なに難しい質問ではないとも。ぬしはただの人間ではあるが、見たところ黄昏皇女の知り合いじゃろう? それなら、なにかしら魔王について知って――』


 と、聖剣が言いかけたところで控室の入り口から騒ぎを聞きつけた警備員たちがゾロゾロと現れた。


「そこでなにをしている!」

『ちっ……情報収集をしたがったが仕方あるまい。シロ!』

「いや、ちょっと待っ――」


 と、僕がもう少し情報を引き出そうと考えて待ったをかけようとするもすでに遅かった。


『さて、シロよ。多少、予定は狂ったが始めるぞ』

「やっと暴れられるのね! 最初から飛ばしていくわよ!」


 シロは聖剣を再び手にし、現れた警備員に剣先を向けた。

 刹那――ガキンッという甲高い金属音が轟いたかと思うと、爆風で僕の体は吹き飛ばされて後方の壁に背中を強く打ち付けた!


「あいた⁉︎」


 悲鳴をあげつつ顔を上げると――すでに、そこには先ほどまであった控室の姿がなくなっていた。

 僕の視界には、乱暴に抉り取られかのような天井から青空が覗く光景が映っている。


 瓦礫まみれになった控室には、先ほど現れた警備員たちが気絶していた。

 続いて、「わー!」という人々の悲鳴が聞こえてくる。


『何事だぁ⁉︎ 急に舞台が崩れたかと思えば闘技場の中央に我らが王女! ルーシア・トワイライト・ロード様が謎の少女と一緒に現れたぞぉ⁉︎』


 闘技場の実況アナウンスも同時に聞こえてきた。

 それでおおよそのことは理解した。

 多分、襲いかかってきたシロから警備員たちをルーシアが守ったのだろう。


「くそ……いてぇ。ルーシアは大丈夫なのか……?」


 僕はルーシアが心配になり、崩れた天井の瓦礫を足場にして、控室上にある闘技場の舞台へ向かった。

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