第30話 参上! 勇者のシロ
耳をつんざく爆発音が聞こえた直後――あ、死んだ――と思った。
しかし、数秒経っても爆発の衝撃が僕を襲うことがなく不思議に思って顔を上げると、押し倒したルーシアが不満げな顔をしていた。
「なにをしているのよ」
「……いや、お前が『あ』とか言うから」
「ちょっと切断する回路を間違えただけよ。魔力の糸は先に切ってあるからスクロールが起動することはないわ」
「じゃあ、今の爆発は……」
「魔力が暴発しただけよ」
振り向くとスクロールが焼け焦げているだけで爆発によって柱が壊れたり、ましてや僕が死んでるなんてこともなかった。
なんだよ……脅かしやがって……。
「はあ……心配して損した」
僕はため息を吐きながら、馬乗りになっていたルーシアの上から退いて地べたに腰を下ろした。
ルーシアはどこか気まずそうな表情でむくっと起き上がり、忙しなく自分の髪を撫で始める。
「し、心配って……私は魔王の娘よ……? 世界最強の存在よ……? それに不死身よ?」
「そりゃあ知ってるけど」
「なら、心配をするのは私じゃなくて自分のことにしなさい。お前の行動の意図が分からないのだわ……」
「まあ、そうなんだけどさ。お前が不死身で怪我をしてもすぐに治るからって、別に心配しないわけじゃないんだからな?」
「え……?」
僕が口にしたことが伝わらなかったのか、ルーシアは呆けた顔で僕を凝視する。
そんなルーシアに、僕はやれやれと肩を竦めて言ってやった。
「お前は僕の幼馴染なんだ。もう家族みたいなもんだし。心配するなって方が無理だろ」
「か、家族って……そ、そんな……私たち付き合ってもいないのに……ごにょごにょ」
ルーシアにしては珍しく小声でなにか言っている。
なんと言っているのだろうか。
「ね、ねぇ……クロ……お前にとって、私ってどんな存在……?」
「は? なんだ藪から棒に」
「いいから答えるのだわ……」
「……魔王の娘?」
「そういうのじゃなくて! さっき家族同然と言っていたじゃない! か、家族だとしたら……どういうポーションなのか聞きたいのだわ!」
「ポーション? なんで回復アイテム?」
「間違えたわ。ポジションよ! ポジション! 早く答えなさい!」
「ポジションねぇ」
ポジションというと父、母とか。
いや、この場合だと嫁とか、そういう意味も含まれるわけか。
この場合ルーシアのポジションは――。
「妹」
「……妹?」
「うん。手のかかる妹」
「……」
「……」
しばしの沈黙が続いた後――ルーシアが肩を震わせたかと思うとギロッと僕を睨んだ。
「……クロのゴミ」
「ゴミ⁉︎」
「間違えたのだわ。クロのバカと言いたかったのよ」
どちらにせよ酷いことを言う。
閑話休題。
「そんなことよりスクロールの無効化には成功したわね」
「あとは、犯人を見つけられればいいんだけどな。なあ、ルーシえもん。犯人を見つける便利な魔法ってないのか?」
「ヘンテコな名前で私を呼ばないでちょうだい。そんな都合のいい魔法ないわ」
「使えねぇ。魔法だけがルーシアの取り柄なのに」
「ねえ待って。クロ待って。私の取り柄がそれだけのはずないでしょう? 他にもいろいろあるはずよ?」
他にもいろいろ?
「胸か?」
「クロ。ギロチンよ」
僕の死刑判決が決まってしまった。
僕は失言に気付き慌てて弁明しようとするが、ルーシアはまったく取り合ってくれない。
「せめて執行猶予をください」
「そういえば私ね。牛の他にも椅子と木馬を持っているのよ」
「木馬って三角木馬だよな? あれって拷問器具なのか? なんかSMプレイのイメージが強いんだけれども」
「試してみる?」
「ギロチンがいいなぁ」
死ぬなら楽に死にたいです。
と、ルーシアがニコニコした顔でかかとを地面に突き立てギロチン台を召喚――いよいよ僕の命運もこれまでかと思われた矢先。
それは現れた。
バンッと、控室の扉を勢いよく開くのと同時に扉を守っていたごついお兄さんたちの悲鳴が聞こえてきた。
そして、開いた扉から人影が一つ。
「この私が用意したスクロールを無効化した輩は……どいつかしら!」
現れたのは女の子だった。
雪のように白い髪を靡かせて顔をあげた少女――その顔に僕は見覚えがあった。
「あれ? 君は……」
「あら? あんたはさっき道を教えてくれたやつね?」
やはり数刻前、選手控室の場所を尋ねてきた少女だ。
彼女は羽織っていたローブの裾を翻して、こちらに歩み寄ってくる。
「ん? あんたの隣にいるのは……もしかして、もしかしなくても黄昏皇女?」
「……」
少女がルーシアに気付くとルーシアの額に青筋が立った。
「この魔王の娘である私をクロのついでみたいに扱うなんていい度胸をしているのね。お前、名前は?」
「あら? 人に名前を尋ねるときはまず自分からでしょう? あんたには礼儀ってものがないのかしら?」
「……」
隣からブチッと音がした。
僕は途端に帰りたくなってきた。
「ふふ……ふふふ……お前、私にぶっ殺されたいみたいねぇ」
「ちょっとなにを言っているのか分からないわ!」
「……」
ルーシアからものすごい歯軋りが聞こえてきた。
少女はルーシアを怒らせるだけ怒らせて満足したのか、再びローブの裾を翻して口を開く。
「まあいいわ! 仕方ないから名乗ってあげる! 私はシロ! 勇者をやっている者よ!」
勇者?
そういえば、さっきも聞いた単語である。
勇者というと、過去に旧人間国で英雄とされていた人間に与えられる称号――だったはずだ。
僕が生まれるよりも前。
魔王の世界統一目前に旧人間国から強大な力を持った勇者が現れ、あの魔王と三日三晩も互角に闘ったと聞いたことがある。
勝敗の結果はまさかの引き分け――。
不死身であるはずの魔王は重傷を負い、勇者も同程度の傷で倒れて両者相打ち。
その後の話は知らないけれど目の前にいるシロという少女が、その勇者と同じなのだろうか。
ルーシアも勇者の話を知っているためか、「はっ」とシロを鼻で笑った。
「勇者? 笑わせないでちょうだい。そんなハッタリが通用するとでも? お前が何者か知らないけれど私に喧嘩を売ったからにはそれ相応の――」
と、ルーシアが今にもシロに飛びかかりそうだったので僕は彼女の首根っこを掴んで制した。
「待て」
「な、なにをするのよ……! お前もギロチンにかけられたいのかしら!」
「落ち着け。多分こいつがテロリストだ」
先ほどスクロールがどうのこうの言っていた。まず間違いないだろう。
「それなら尚更止める必要がないはずなのだわ」
「バカ。単身でテロリストが乗り込んできているなんておかしいだろ……他に仲間がいるかもしれない」
仮にそうなら、スクロールを無効化したとしても会場の観客が人質にされている可能性が残っている。
それに勇者――というのが引っかかる。
本当に彼女が勇者であるのなら不死身である魔王を死に体にできる『なにか』を持っている可能性がある。
そんな危険な相手の前にルーシアを出すわけにはいかない。
「ルーシア。お前は僕の後ろにいろ。まずは僕が話をする」
「なにを言っているの? むしろお前が私の後ろに……」
「後ろにいろ」
「……は、はい」
少し強めに言うと、ルーシアがしゅんとなって僕の後ろに下がってくれた。
さて、と僕は改めて正体不明の相手――自称勇者のシロと対峙した。
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