第24話 前日の話

 結果から言うとラーメンはおいしかった。


「それじゃあ僕はこれからバイトだから」


 そう言って席を立ち上がろうとしたところ、「まあ待て」とエドワードに呼び止められた。


「なんだよ?」

「くはは! そう急ぐな。少し食後の会話でも楽しもうじゃないか!」

「これからバイトなんだけど……」

「くはは! バイトバイトと……これだから小庶民は」


 お前も今は僕と同じ立場なんだけれども。

 心の中で毒づいたが天下のヴァンパイヤロード様にそんなことは言えず、大人しく椅子に座り直した。


「それでなんだよ。僕たちは別に、世間話に花を咲かせる仲でもないと思うんだけれど」

「くはは! その通りだな。だが、家のしがらみがない今の俺様としては、ぜひとも貴様と良好な関係を築いておきたいと考えている」

「とてもそんな態度には見えないけれど理由は聞いておこうか」


「別に不思議なことでもあるまい。あの黄昏皇女のお気に入りというだけで、貴様には相応の価値がある。貴様自体には米粒くらいの価値しかないがな!」

「帰る」

「まー待て待て! 悪かった悪かった! 冗談だとも! 冗談!」


 本当に冗談だったかはさておき、僕はジト目でエドワードを見つつ、浮かせた腰を再び椅子に下ろした。


「さ、さて! 話を戻すが……実は俺様、情報通なラーメン屋の店主を目指していてな!」

「情報通ねぇ」

「くはは! かっこいいだろ? 影ながら闇の世界を渡り歩く情報通なラーメン屋の店主……その正体は没落したヴァンパイやロード! くはは! かっこいいぞぉ! かっっこいいではないか!」


 設定盛りすぎだろ。

 ふと、エドワードの背中に隠れているレベッカに目を向けてみる。

 レベッカは、「こいつなに言ってんだ」という目で実の兄を凝視していた。


「とにかくだ。そんな俺様の目標を達成するためには、貴様と関係を築くのが得策だと考えたのだ。貴様は黄昏皇女のお気に入りであると同時に、国のトップである魔王軍の幹部たちとも友好関係にある。貴様と仲良くしておくのは俺様としては得なのだ」

「……なるほど。まあ、話は分かった。けど、別に僕からなにかしらあげられることなんてないし、第一それって僕にメリットないんだよなぁ」


「むろん、貴様にもメリットは用意してある。まず、こちらからそれなりの情報提供をしてやる。無料でな。いかがか?」

「……その情報って僕の役に立つのか?」

「くはは! 俺様をバカにするなよ? 貴様が今、もっとも必要としているものがなんなのか……俺様は知っているぞ?」


「それは?」

「金だ!」


 すごい。当たっている。


「そんな貧乏人である貴様にいい情報をやろう!」

「へえ、どんな情報だ?」


「今回は仲良くなった記念で出血大サービスだ! 吸血鬼だけに! くはは!」

「しょうもない……」

「くはは! 二つ情報をくれてやろう」


 エドワードは得意げな顔で指を二本立てた。


「まず一つ。今日の夕方十八時から南通りの市場で半額セールが実施される」

「なん……だと……? そ、そんな告知はどこにも……」


「今回はゲリラ開催し客の混雑を防ぐのが目的らしい。まあ、単に在庫が余っているのもあるだろうが。ともかく、俺様の情報が信用に値することを証明するためその時間に行ってみるといい」

「分かった」


 半額セールは我が家の家計を救う救世主だ。

 この情報が本当なら素直にありがたい。


「で? もう一つは?」

「明日行われる闘技大会についてだ。なんでも今回は開催五十周年記念として、相当額な賞金が用意されているらしい」


「闘技大会か……僕は出れないから、あんまり意味はなさそうだな」

「たしかに、貧弱な貴様では優勝などできないだろう。だが、黄昏皇女は別だ」


 ああ、なるほど。エドワードの言いたいことが分かった。

 つまり、ルーシアを闘技大会にでも出して優勝させて賞金を得ればいい、と彼は言いたいのだろう。

 しかし、僕は彼のその提案に首を横に振った。


「そういうの僕はしないぞ。虎の威を借りるみたいでかっこ悪いじゃないか」

「くはは! まあ、貴様が別にいいなら俺様もなにも言わないさ。ただ貴様は今、恵まれた環境にいるのだぞ? それを有効活用しないのはかっこ悪い以前に愚か悪い」


 愚か悪いってなんだ。


「あ……というか、やっべ……バイトの時間だ。じゃあ、僕はこの辺で」

「くはは! またのお越しを!」

「お、お越しを……!」


 僕はエドワードとレベッカに手を振りながら屋台を後にした。



 バイト終わりに、エドワードに言われた時間に市場へ向かうと、本当に半額セールが実施されていた。


「エドワードさまさまだな……」


 と、僕は両手にぱんぱんに膨れ上がった買い物袋をぶら下げて、家へと帰ってきた。


「ただいまー」


 僕が玄関を開けて中へ入ると、ルーシアが難しそうな顔でなにかを凝視していた。

 見ると、彼女が凝視していたのは、僕が朝開きっぱなしにしていた家計簿だった。

 僕は買い物袋を適当なところに置いて、ルーシアの隣に立った。


「おい、どうしたんだ? 家計簿なんか見つめて」

「いえ、なんでもないわ。少し気になって見ていただけよ」

「ふうん? それじゃあ、ご飯にするか。今日は半額セールで安く済んだから、好きなだけ食べていいぞ。たくさん買ったし」


 僕はそう言いながらキッチンに立つ。

 さて、なにを作ろうかなと考えていた折、ルーシアが少しだけ震えた声でこう言った。


「ば、晩ご飯はいらないわ」

「え? なんで? どっかで食べてきたのか?」

「ええ。食べてきたわ」


 ぐう〜。

 と、彼女の言葉が嘘であることを主張するみたいに、ルーシアのお腹の虫が大きな音を鳴らした。ルーシアはそれで顔を真っ赤にさせた。


「……えっと、お腹は減ってるんだよな?」

「減ってないわ」

「いや、でも」

「減ってないわ」


 ルーシアは頑なに、お腹が減っていないと食事を拒んだ。

 僕は頭を掻いて、どうしたものかと思考する。

 ふと、先ほどルーシアが睨めっこしていた家計簿が目に入った。

 まさか……。


「なあ、ルーシア。ひょっとして、食費のこと気にしてるのか?」

「っ! し、してないわ」

「図星か……別に、気にしなくてもいいのに」

「……けれど、私のせいでお前がバイトに……私はもっとお前と一緒に…………」


 ブツブツと、ルーシアはなにかを呟いているが、声が小さくて聞き取れない。はて、なんと言っているのだろうか。

 しばらくして、ルーシアが顔を上げて、僕を見た。


「私、明日の闘技大会に出るわ」

「は……? 急にどうしたんだ……?」

「お金があれば……お前はバイトにいかなくてもいいのでしょう?」


「そりゃあまあ、そうだけど」

「……そう。なら、私出るわ」

「ええっと……家計のことを気にしてるんなら……」


「出るわ」

「……」


 こうなったら頑固者のルーシアは、意地でも闘技大会に出るんだろうなぁ……。

 僕は「はぁ……」と大きなため息を吐くのだった。

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