第25話 付き添いです

 闘技大会。以前は、本当に殺し合いをさせて人々の娯楽が目的に、強い人たちが集まる大会だった。

 現在では他種族間交流の問題などで、闘技大会のルールが改正されて以降、殺し合いは禁止となっている。

 命の危険がある攻撃行動があった場合、即座に試合の中止と無期限の出場停止、重い罰金が課せられる。


 このように殺しに関するルールが厳しくなっており、さらに安全対策として――一度目の死亡は寿命以外なら復活魔法のリザレクションで生き返ることができるため、リザレクションが使える魔法師も待機させている徹底っぷりである。


「なあ、ルーシア。本当に出るのか?」


 僕は隣に立っているルーシアの耳元に口を寄せて尋ねた。

 僕たちは今、闘技大会受付前の行列に並んでいた。

 ちなみに、ケルベロスはボロ小屋で留守番させている。


 今回の大会はオープン大会で当日飛び入り参加歓迎のゆるい大会となっている。

 そんな大会が五十周年記念だからと、とんでもない額の賞金を用意しているとか、これは参加しない手はないと多くの参加者が並んでいる。


 ルーシアは今回も変装しているが以前とは装いが異なる。

 以前は村娘の装いだったが、今回は上下ともに動きやすそうな素材の服を着ていた。


 肩口まで伸びた髪は束ねて、その上から帽子を目深く被っている。

 大きな胸も今はサラシで潰し、一見すると少年に見えなくもない。


 それはもう線の細い美少年に……。

 周囲は筋肉の塊みたいな人しかいないため、僕は場違い感を覚えずにはいられなかった。


「なあ、ルーシア」


 もう一度、耳元で声をかけるとルーシアは身震いした。


「お、お前……わ、わざとやっているの……⁉︎」

「え? なにが?」


 なぜかルーシアの顔が真っ赤になっていた。

 僕は耳元で囁いていただけなんだけれど。

 ルーシアは顔を見られるのを嫌ってか、帽子をさらに深く被る。


「そ、その……耳はちょっと……やめなさい」

「は?」


「だ、だから! 耳元で囁かれると背筋がゾクゾクするのよ……」

「……」


 幼馴染の性感帯を唐突にカミングアウトされてしまった。

 多分、本人は気づいていないけれど。


 さて、そんなこんなでなし崩し的に受付が僕たちにまで回ってきてしまった。

 受付のお姉さんは明らかに強そうじゃない僕たちを見て一瞬顔を顰める。


「ええっと、大会参加希望の方……でしょうか?」

「僕は付き添いです。出るのはこっちです」


 もうここまで来ると僕も諦めてルーシアを出してあげることにした。

 というか、ぶっちゃけるとお金は欲しい。

 だから、この際ルーシアがやる気ならサクッと優勝してもらっちゃおうかなぁ、と考えを改めたのだった。


 はい? プライド? なんだそりゃ。知らん。

 昨日、エドワードを相手にかっこつけたことなんて忘れ、僕はただただ金の亡者と化した。

 受付のお姉さんは僕から視線を外しルーシアに目を向ける。


「ええっと、そちらの方が参加希望の方ですか?」

「ええ……んんっ。ああ、そうだ」


 と、ルーシアは声色を女性のそれから少年っぽく変化させた。

 声真似というか、魔法で声のトーンをいじったのだろう。

 相変わらずそういうところはうまい。


 受付のお姉さんは困惑してしつつルーシアに申し込み用紙を手渡す。

 ルーシアは促されるがまま申し込み用紙に記入を始める。

 その間、手持ち無沙汰な僕は周囲を窺った。


 すると、なにやら僕に視線が集まっているのに気が付いた。

 正確に言うなら僕ではなくルーシアにだが。

 断片的に聞こえる会話に内容は、「なんか弱そうなやつが……」とか、「いいカモだぜ……」みたい感じで僕は肩を竦めた。


「なんか注目されてるみたいだ。弱そうだってさ」

「ふーん?」

「あれ? 怒るかと思ったのに意外な反応だ」

「実際、今の私……ボクはいつもと装いが違うからな。弱そうに見えて当然だ」


 僕とルーシアは受付から出て選手控室の近くまで移動する。

 選手控室からは、付き添いの僕は入れないからだ。

 さて、そろそろ僕は客席にでも行ってルーシアが優勝する姿でも見ていようかな、と思ったところで後ろから声をかけられた。


「おい、そこの帽子を被ってるチビ」


 振り返ると、そこには身長が三メートルはあろうかという大きさの大男が立っていた。

 大男の目はルーシアに向けられており周囲の注目も二人に集まった。


「私になにか……ボクになにか用か」


 ルーシアは慣れない口調だからどこかチグハグな声音で大男に尋ねる。


「オレはギガント族のギガラ様だ。てめえ闘技大会に出るみてえだな? オープン大会って聞いて、てめえみたいなのがたまに参加することがあるんだけどよ。迷惑だからやめてくれねえか?」


 大男はルーシアを上から見下ろしそう言って続ける。


「この大会、殺しはご法度だ。だっつーのに、てめえみたいなザコが遊び半分で参加すると、うっかり殺しちまうだろ? なあ、みんな!」


 大男が周囲の賛同を呼びかけると周りは同じ考えらしく、「そうだ! そうだ!」とギガラに続いてルーシアを非難する。


「だからよぉチビ。さっさとここから消えてくれねえか? 目障りなんだよ!」

「……なるほど」


 そこで、ようやく沈黙していたルーシアが口を開いた。


「ギガント族の……ええっと、なんて言ったか。ケガニ?」

「ギガラ様だ!」

「そう。ケガニだか、ケガラだか知らないけれどボクからしたらお前の方がザコだ」


 なんでこいつは人の気分を逆撫でするのがうまいんだろう。

 僕はもう一周回って感心してしまった。

 ギガラはルーシアの挑発で血管が切れたのか、ブチッと音を鳴らして怒鳴り散らす。


「て、てめえ!」


 ギガラは怒鳴り声をあげてルーシアに襲い掛かる。

 その瞬間――閃光が走ったと思ったら爆発音とともにギガラの巨体が地面に叩きつけられた。


 同時に、地面にクレーターが生じて床にヒビが入る。

 ヒビは音を立てながら壁まで伸び、遅れて爆風が一帯を駆け抜けた。

 周囲はわけ分からず唖然としていて、僕もなにがあったのか見えなかった。


 けれど、ルーシアがギガラを上から振り下ろすように殴り飛ばしたということくらいは分かった。

 数秒の静寂が続き――ルーシアは僕に向かってこう言った。


「手加減はしたわ」

「聞いてねえよ」

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