天下分け目の闘技大会

第23話 ラーメン屋兄妹

 僕は家計簿をテーブル上に広げ、睨めっこしながら唸った。


「……金がねえ」

「ダメよ。クロ。お金は計画立てて使わないと」


 と、僕の対面でいつものボロ椅子に脚を組んで座るルーシアが、湯呑み片手にそんなことをのたまった。

 僕はそんなルーシアに、


「誰のせいだと思ってる」


 と言って、恨みがましい視線を送った。

 我が家の家計を苦しめているのは、言わずもがなルーシアの食費である。


 この食いしん坊。

 2日分の食費を1日で消費しやがるから、その都度買い足さなきゃならない。おかけで、食費だけで家計が危うくなっている。


「はぁ……」


 僕はため息を吐きつつ、椅子から立ち上がり、門口にかけてある上着を着た。


「あら、どこか出かけるの?」

「バイト行ってくる」

「そう。最近、多いわね。シフト増やしたのかしら」

「まあな」


 誰かさんの食費を稼がないといけないしな。

 ふと、ルーシアは湯呑みの中のお茶がなくなったのか、湯呑みをジッと見つめたのち、


「クロ。お茶」


 などとのたまった。

 この居候、本当にはやく帰ってくれないかなぁ……。



 今日もバイト先の『六腕ハチベエの揉み屋』に行くため下町まで足を運んだ。

 下町からはすっかり元通りになった魔王城を見ることができた。


「あれから一週間か……」


 魔王とルーシアが喧嘩別れしてから早くも一週間が経過していた。

 その間、我が家の家計以外で特に目立った変化はない。

 アイリスさんたちが我が家を襲撃に来ることもなかった。


 諦めた……ということはないだろうけれど。

 一週間も経ったからか町はいつもの賑やかさを取り戻しており、いろいろな人たちとすれ違う。


 さて、そろそろ揉み屋に着くという辺りで、ふいに僕は鼻腔を擽るいい匂いに気付き、そちらに目を向ける。

 匂いは路地裏からしており、まだバイトまで時間もあるしお昼を食べていなかったこともあって、空腹を刺激する匂いに釣られた僕はフラフラと路地裏に入った。


 路地裏に入ったすぐのところに屋台が立っていた。

 こんな目立たないところに屋台なんて、という疑問もあったがそれよりも匂いの正体が気になり屋台に近づいた。


 屋台を見ると、どうやらラーメン屋らしい。

 屋台に車輪が付いているため最近では珍しい移動式の屋台だった。

 屋台の台所には二人立っており、屋根からさがるのれんで顔までは見えなかった。


「ちょっと、食べてみようかな」


 僕は興味本位で屋台ののれんをあげた。


「すみませーん。今、やってます……か?」


 と、のれんをあげた先には見覚えのある二つの顔があった。


「くはは! おいおい……まさかこんなところで会うとはな! 人間!」

「あ……!」


 そこにいたのは割烹着を着たエドワード・ヴァンパイヤロードと、レベッカ・ヴァンパイヤクイーンがいた。

 レベッカは僕を見るなり怯えた顔でエドワードの陰に隠れてしまった。


「えっと……なにやってるんだ?」

「くはは! まあ、座るがいい! 客として来たのだろう? 注文をしろ! 話はそれからだ!」


 僕はエドワードの言うことも一理あるかと頷き、こじんまりした椅子に腰かける。


「ええっと……じゃあ、この店のオススメは?」

「くはは! この店のオススメは……チャーハンだ!」

「ラーメンじゃないのかよ」


「くはは! よくある話だろ? 餃子の方がうまいとか」

「ラーメン屋のプライドはないのかよ……じゃあ、味噌ラーメンで」

「承知した! すぐに作ってやるから待っているがいい! くはは!」


 そう言って、エドワードは手慣れた手つきでラーメン作りを始めた。

 僕はそれを見つめながら、先ほどの質問をする。


「それで、ヴァンパイヤロードのお前たちが、なんでこんなところでラーメン屋を?」

「簡単なことだ。あの一件の後、一族を黄昏皇女によって潰され我が家は俺様の代で終わったんだ。それだけの話だ。くはは! だから、俺様はすでにヴァンパイヤロードではない。種族としては、ヴァンパイヤロードではあるが権威としてのそれは失われている」


「そうなのか……」

「それで家のしがらみから解放されたのでな。妹を連れて、昔から夢だったラーメン屋を始めたのさ。くはは!」

「夢だったんだ……ラーメン屋……」


 このヴァンパイヤロード、思いの外俗物的だな……。


「くはは! だから、黄昏皇女には感謝しているところがないこともない。むろん、マイナスの方が大きいがな」

「ふーん。僕を恨んでるとか、そういうのはないのか」


「くはは! 恨む? お前は恨んでどうする? お前はか弱い凡庸な人間だ。殺そうと思えばいつでも殺せる。そんな弱いお前をどう恨む? 俺様が恨んでいるのは黄昏皇女だけだ。あいつのせいで、俺様は牛を見るたびに失禁するようになったのだ!」

「汚いなぁ」

「まあ、そんなことはどうでもいい!」


 ちょ……唾が飛んでますよ。飲食店でそれはどうかと思いますよ。

 僕は内心で呆れ返りつつ、エドワードの話に耳を傾ける。


「俺様は過去に囚われない男だ。もう過去の話なぞどうでもいい。決して、牛に囚われていたことを思い出したくないとか、そんなことはないからな⁉︎」


 思い出したくないんだろうなぁ。

 しばらくして、エドワード手製のラーメンができあがったらしい。

 目の前においしそうな味噌ラーメンが置かれた。


「へぇ、おいしそう」

「おっと、まだ手はつけるな。最後の仕上げがある」

「仕上げ……?」

「そうだ……くはは! おいレベッカ。いつまで俺の後ろに隠れているのだ。お前の出番だぞ!」


 と、エドワードはレベッカの襟首を掴んで僕の前に無理矢理引っ張り出した。

 レベッカは僕の顔を見て顔を青ざめさせると、


「あ、あの……その……きゅ、急に……揉まないでくださいね……?」


 僕は痴漢かなにかなのだろうか。

 レベッカは僕を怖がりながらも最後の仕上げとやらのためか、僕のすぐ隣まで身を寄せる。

 そして、レベッカはできあがったばかりのラーメンに顔を近づけたかと思うと――。


「ぐちゅぐちゅ……れろ〜」

「え」


 僕は目を剥いた。

 なにを血迷ったのか、レベッカが僕の注文した味噌ラーメンに、自身のヨダレを注ぎ込んだ……!


「ちょ……なにしてんの……?」


 レベッカは仕事をやりきったみたいな顔でそそくさとエドワードの背中に隠れる。

 そんなレベッカに代わり、エドワードがやれやれと肩を竦めて僕の質問に答えた。


「くはは! 知らないのか? 当店のサービスさ!」

「サービス……?」

「くはは! ヴァンパイヤの体液には滋養強壮の効果があるのだ。それがヴァンパイヤロードともなればそれ相応の効果を発揮する。肩こりに腰痛! あらゆる万病を治癒する温泉の効能もびっくりなすごいラーメンができあがるのだ! くはは!」


 なにその僕が考えた最強のラーメン。

 ラーメンをバカにしてんのかこいつ。


「それでヨダレって……絵面やばいことになってたぞ。あと、普通に汚いっていうか……」

「ふむ? おかしいな。うちの常連客はむしろ泣いて喜んでラーメンを食するのだが……」

「たった今このお店の客層を把握した」


 僕をそんな高度の変態と一緒にしないでもらいたい。

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