第22話 定命と不死
ここからは後日談である。
「クロ、帰るわよ」
と、魔王城から僕のところまで転移してきたルーシアは僕の襟首を掴んで連行。
アイリスさんは苦笑いを浮かべながら、
「まあしばらくお嬢様のことを頼んだよ」
なんて無責任なことを言って、ルーシアのことを僕に丸投げしてきた。
それから、転移で僕の家である住み心地の良いボロ小屋に帰ってきてから一時間後。
ルーシアはお気に入りのボロ椅子に脚を組んで座り、貧乏揺すりをして「私イライラしてるのアピール」をしていた。
そんな彼女の前に緑茶が注がれた湯呑みを置いてご機嫌取りを試みる。
「それで魔王との話し合いはどうだったんだ?」
「どうもこうもないわ。お父様……いえ、あれはもうお父様でもないわね。えっと……名前なんだったかしら」
「お父さんの名前だけは忘れないであげて」
「あぁ、そうよ。思い出したわ。ゲーティアね」
「ルーシアが珍しく言い間違いをしなかった」
「でも、もう忘れることにするわ。あんなやつは『あいつ』でいいわ」
「可哀想すぎて同情する」
「あいつ死なないかしら」
「同情もすぎて一周回って可哀想」
さてはて、どんなことをルーシアに言ったらここまで嫌われるのだろうか。
やはり、二人きりにしたのは間違いだったかなと僕は肩を竦めた。
ふと、ルーシアはどこか不安そうな表情で上目遣いに僕を見る。
「ねえクロ。お前は死なないでしょう? ずっと、私の側にいるわよね……?」
なるほど、魔王とどんな会話をしていたのか大方予想がついた。
だから、僕はシレッと口にした。
「ずっとは一緒にいられないだろ。トイレとかどうするんだ」
「大丈夫よ。私はトイレなんてしないから」
「嘘をつくな」
「私、王女よ? トイレなんてするはずないじゃない」
なにそのパワーワード。
「仮にお前がトイレしなくても僕はトイレするからな?」
「大丈夫よ。私はお前が汚物に塗れていようとも全てを受け入れられるから」
「まさかの性癖」
閑話休題。
「真面目な話。お前はいつまでもここにいられるわけじゃないだろ? いつかは魔王城に帰らなきゃならない。だってお前は魔王の娘なんだから」
未来の女王なのだから。
それは彼女も十分に理解していることだろう。
ルーシアは僕から視線を外し、所在なさげに目を泳がせる。
「それくらい分かっているわ。私はいつか、私の国民を導くつもりよ。いつまでもお父様……じゃなかった。あいつに国を任せるつもりはないわ」
「魔王が本気で可哀想」
「あいつの言っていることだってちゃんと分かっているわ。けれど、受け入れたくはない。クロがいつかいなくなるなんて考えられないもの……」
もう随分と長い付き合いになる。
僕にとっても、それこそルーシアが僕の日常の一部であるかのように感じることは多々ある。
けれど、そればかりは受け入れるしかない事実だ。
アイリスさんが言っていた通り、目を逸らすことができない現実なのだ。
僕はルーシアの頭に手を置き、そのまま頭を撫でる。
抵抗はされなかった。
「……あのさルーシア。僕は永遠に生きることができないけれど、だからこそ今を全力で生きたいんだ。そんな僕の短い人生がお前の長い人生の中に、ちょっとだけでも影響を与えていたら嬉しい」
「クロ……」
ルーシアは再び僕を見つめ、そして――。
「髪が乱れるから気安く頭を撫でないで」
「あれ」
良い雰囲気だと思ったら違ったらしい。
「お前、女の子は頭を撫でれば喜ぶと思っていないかしら」
「思ってた」
「だからお前はカバなのよ」
「いや、どういう意味だよ。なんかバカにされているのは分かるけど」
「ああ、間違えたのだわ。言い直すわ。だからお前はバカなのよ」
「バカって言おうとしたのね。なるほど喧嘩売ってんのかこの野郎」
「ふふ。だから、他の女の子の頭は撫でないことね。撫でるのは私の頭だけにしておきなさい」
「……」
結局、撫でろってことか。
そんなこんなで、この家出娘のお守りは、まだまだ続きそうである。
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