第21話 アイリス問答

 数時間後。

 荒れ果てた魔王城に魔王とルーシアの二人を残し、僕はアイリスさんと城下町の酒場に来ていた。


 町は城の崩壊で大騒ぎだというのにアイリスさんは呑気なもので、「生ビール!」と注文していた。

 ちなみに、ゼディスさんとネロさんは崩壊した魔王城の修復作業に回っている。

 ゼディスさんが、「また仕事……」と口から魂が出かかっていたが、はたして大丈夫なのだろうか。


「それで? クロくんも何か頼むかい?」

「僕は未成年なんで」

「ならばジュースを頼もう。オレンジでいいかな」


「じゃあ、それで」

「マスター。カシスオレンジを一つ追加で頼む」

「お酒じゃねえか」


 なんて取り留めのない会話をしながら、僕は「はぁ」とため息を吐いた。


「魔王とルーシアを二人にしてよかったんですかね」

「気になるかい?」

「そりゃあ」


「安心するといい。二人も君の言葉で多少は頭が冷えただろう。少し二人きりで話し合う機会を設けた方がいいだろうしね。そこに、私やクロ君が割って入るのは無粋というものさ」

「……」


 アイリスさんはサファイアの双眸に僕を写すと、店員が運んできた生ビールのジョッキを呷った。


「ぷはぁ! いやぁ、これこれ! これがうまいんだ!」

「ジジ臭い」

「君も飲める歳になれば分かるさ」


「大人になれば分かるってやつですか」

「そうとも言うな。けれど私個人としては大人になどならない方が賢明だと思うね」

「普通は早く大人になりたいって思うもんじゃないですか?」


「まあ、子供はそう思うだろう。だが、大人になるということは現実を見るということだ。現実は世知辛いものさ。命を賭けて戦っても貰える賃金は事務職のゼディスと同じなのだ」

「うわぁ」


 こう言うのは可哀想だけれど、あのポンコツなゼディスさんとお給料が同じって本当に世の中世知辛い。


「子供というのはいい。夢に心を躍らせ瞳を輝かせる。現実を知らないあの無垢な表情を見ていると……こうゾクゾクするのだよ! 思わず襲いたくなる!」

「サキュバス的な意味かよ」


 この人、道端で子供とか攫ってないだろうな。


「純真無垢な子供はいい。あ、もちろんクロ君も魅力的だぞ? 私はちゃんと平等に愛せるサキュバスなのだ。心配しなくても大丈夫だ」

「誰もそんな心配はしていない」


 その後、僕は運ばれてきたオレンジジュースを飲みながらアイリスさんとの会話に興じる。


「ふむ。それでなんの話をしていたかな」

「ルーシアと魔王を二人にしてよかったのか、じゃないですかね」

「そうだったかな。私の記憶では清楚ビッチとギャルビッチはどっちの方が男を釣れるのか、という話題について議論していたと思うのだが」


「そんな話は一言もしていない」

「ちなみに、クロ君の目から見て私は清楚ビッチだろうか。それともギャルビッチだろうか?」

「……」


 心底どうでもいいけれど、まあ真面目に答えてやるかと、じっとアイリスさんを見つめる。

 見た目は銀髪の誇り高い姫騎士だ。


 外見のみで判断するのなら清楚ビッチでいいと思う。

 しかし、サキュバスとかアイリスさんの内面を見た時、その変態性を加味するとギャルビッチに寄るだろう。


「悩んでいるみたいだが君の率直な感想で構わないぞ?」

「いや……まあ、見た目からしたら清楚ビッチではあるんでしょうけど。サキュバスって種族的にギャルビッチ感ありますよね」

「なるほど。クロ君的にはどっちが好みなのだ?」


「僕はギャルビッチの方が……って、だからこんな話はどうでもよくて! 今はルーシアと魔王の話でしょうよ」

「そうは言っても外野がとやかく言えることではないだろう? まあ、あの二人にはいい機会だ。今回の件でじっくりと話し合うのがいいだろう」


 アイリスさんはなにも考えてなさそうで、いろいろと考えている人だ。

 これもアイリスさんなりに考えて導き出した結論なのだろう。


「たしかに、あの二人は意思疎通がうまいわけじゃないですからね」

「うむ。魔王様もお嬢様も不器用な方々だからな。その点は君も同じことが言えるけれど」

「え、僕も?」


 アイリスさんはジョッキの生ビールを飲み干し頷いた。


「君は何事も難しく考える節がある。好きか嫌いかなんて、難しく考える必要はないんだ」

「それはルーシアのことを言ってるんですか」

「うむ。お嬢様のことが好きなら結婚してしまえばいい。嫌いなら突き放すといい。こんなもの清楚ビッチとギャルビッチのどっちが好きか、はたまた嫌いなのかという問題にすぎない」


 その例えは、まったく分からないんですが。

 僕がじと目でアイリスさんを見つめると、アイリスさんは僕に微笑んだ。


「たしかに、君とお嬢様には大きな壁がある。家柄も大きな壁だな。大臣たちが反対するだろう。それに、君の王として民衆の前に立つ能力が十分だとはお世辞でも言えない。そもそも民衆が認めないだろうね。種族的にも厳しいな。お嬢様は不死身だが君はいつか死んでしまう。他にも問題はあるだろう」


 アイリスさんは空のジョッキを傾けながら続けた。


「しかし、今はそんなことを気にする必要なんてない。君は子供だ。現実を見るのは大人になってからでいいのだ。子供は夢を見ていなさい。未来のことなんて、未来の自分に丸投げしてしまえばいいのさ」

「大雑把ですね。そんな未来に保障がないことを言われてもピンと来ないです」


「ふむ、そうかい? まあ、君は論より情で動くタイプだからな。なら自分の下半身に聞いてみるといい。お嬢様とやりたいか、やりたくないか……」

「身も蓋もない」

「現実なんてそんなものさ」


「夢を見ろと言われたばかりなんですが」

「夢は覚めるものさ。現実を見なさい」


 いやだなぁ、一生子供のままでいたい。

 そんなこんなでアイリスさんとあれやこれやと談笑していると、魔王城の方で落雷があったという騒ぎが僕の耳に入ってきた。

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