第20話 貧弱なる只人

 雷鳴とともに視界が明転。

 視界がクリアになった頃には、僕の目の前でルーシアと魔王が対峙していた。


「ルーシア――」


 と、僕が現れた彼女に声をかけようとしたところ、襟首をグイッと引っ張られ、謁見の間を支えている柱の陰に放り込まれた。


「いってて……」


 僕はお尻を床に強く打ち、痛みで顔を歪ませつつ顔をあげる。

 すると、僕の目の前にネロさんとアイリスさんがいた。


「あ、アイリスさん。こんにちは」

「クロ君は相変わらず呑気なものだな」

「本当じゃのお。これからわしらの目の前で、世界最強の魔王とその娘のガチンコバトルが始まるというのに」


「はっはっは! ネロ! 酒瓶を開けようではないか!」

「つまみもあるのじゃ〜」

「親子喧嘩を肴にするな」


 僕がふざけている二人を半眼で睨んでいる間に、ルーシアと魔王の方は一触即発の雰囲気を醸し出している。


「お父様……この私のクロになにをしていたの?」

「おい家出娘。お前こそ、家出とは何事だ?」

「お父様には関係ないわ」


「ないわけないだろ。バカ娘が」

「……」

「……」


 二人はスッと目を細め――次の瞬間。

 僕の目が瞬きをした時には、二人の拳と拳が衝突していた。

 ブワッと衝撃波が駆け抜け、二人を中心に床が陥没。


 続け様に、ルーシアのハイキックが魔王の側頭部を殴打。

 魔王は勢いよく吹き飛び、魔王城の壁にめり込む。


 しかし、すぐに壁から抜け出すと、今度は魔王がルーシアの腹部を蹴り飛ばした。

 ルーシアもまた大きく後方へ吹き飛んで壁にめり込む。


「いやーいつ見てもこの親子喧嘩は壮絶じゃのぉ」

「まったくだ! 私などが間に入れば塵になってしまうな!」

「……」


 二人とも不死身だからか攻撃の全てが手加減なしだ。

 魔王のやつ。娘相手にも本気で殴るとか本当に脳みそ筋肉だな……。

 あいつは昔からそうだった。論より拳。そういうやつだった。


 二人のバトルは激しさを増し、ルーシアが手のひらから電撃を放ち、魔王が真っ黒な炎の玉を放つ。

 爆発と衝撃が魔王城に駆け抜け、屋根は吹き飛び、徐々に魔王城が崩れ始める。


 正直、凡人の僕では目で追うことすらできないほど速い。

 もう付いて行けない。


「メイドさんとか大丈夫ですかねこれ」


 疑問を口にするとアイリスさんが答えた。


「君をここに連れてきた時点で、ほとんどの従業員は避難させているとも」

「用意周到すぎる」

「しかしあれじゃなぁ。このままでは、城が完全崩壊しそうじゃな」


「まあ、世界最強同士の衝突だからな。仕方ないだろう。あ、ちなみに私は魔王様に五千円だ!」

「なっ……わしも魔王様に賭けたかったのに! な、なら仕方あるまい。お嬢様に一万円じゃ!」


 なんか賭け事が始まっていた。


「ちょっと……不謹慎ですよ。二人とも」

「硬いことを言うなクロくん。ちなみに君はどっちに賭けるのだ?」

「……僕は」


 ふと、僕はルーシアと魔王の方を見る。

 ルーシアの拳と魔王の拳が交差する度に、とてつもない衝撃波で僕の髪がブワッと逆立つ。

 そんな二人の戦いを見ながら――僕はこう答えた。


「じゃあ、僕は自分に一万円」

「「え?」」


 アイリスさんとネロさんが同時に首を傾げた。

 僕は気にせず立ち上がり、壮絶なバトルを繰り広げる魔王とルーシアのもとへ歩いていく。

 近づくにつれて、二人が攻防の最中に叫んでいる声が聞こえてくる。


「こんの……可愛いバカ娘が! 俺に心配させやがって!」

「お父様のバーカ! なにが心配よ! 一度も自分で迎えに来てくれなかった癖に!」


 世の中、平和だなぁ。

 そんなことを考えつつ、今まさに二人が拳を交わらせようとしたタイミングで、大きく息を吸って叫んだ。


「ストーップ!!」


 僕の叫び声が聞こえたのか、ルーシアと魔王は拳を交差させる前に、ピタッと動きを止めた。

 その余波が僕に襲いかかり、僕はタタラを踏んでしまったが……何事もなかったかのようにスッと立ち上がる。


「ぷっ……今、クロ坊……かっこつけて出ていったのに……くく」

「や、やめないかネロ……ぷくく」

「……」


 外野が笑っているけれど僕は気にしない。

 き、気にしないぞ……!


「こ、こほん。まあ、とりあえずさ。二人とも落ち着けよ」

「坊主。これは俺と娘の問題だ。坊主が口を出すんじゃねえよ」

「そうよ、クロ。これは私とお父様の問題よ」


 などと二人がのたまったため、僕は額に青筋を立てた。


「関係大有りだ。今、ルーシアは僕の家で居候している。それにルーシアは大事な幼馴染で魔王は僕の恩人だ。そんな二人が喧嘩していたら関係あるに決まってる」


 僕はギロッと魔王を睨む。


「なあ、魔王。覚えてるか。お前が僕を拾ってくれた時のこと……あの時の記憶はないけれど、当時はまだ他種族差別があって厳しい時代だったって聞いてる。そんな時代に僕を拾ってくれて、そしてあのボロい小屋で育ててくれたことを僕は一生感謝し続けるよ」


「坊主……」

「魔王。お前はこの十年……いろいろな種族が垣根なく手を取り合う世界を作ってきたじゃないか。そのお前がどうして実の娘に拳を握るんだ。お前が握るべきは拳じゃないだろ」


 僕は流れるようにルーシアを睨む。

 睨まれたルーシアは、「ひうっ……」と目尻を下げた。


「ルーシア。前にも話しただろ。僕たちの口は話し合うためにあるんだ。憎しみ合うためでも、いがみ合うためでもない。僕たちは、ちゃんと分かり合える。そうだろう?」

「く、クロ……」


 僕は魔王とルーシアの手を取り、無理矢理二人に握手をさせた。


「ほら、僕たちの手はこうやって握り合える。あとはもう分かるだろ? こうやって握手を交わしたら口を開くんだ。それは『こんにちは』でも『こんばんは』でもいい。『ありがとう』でも『ごめんなさい』でもいい。だって、僕たちは言葉を交わせるんだから」

「……」

「……」


 魔王とルーシアはしばらく僕を見ていたが次第にお互い見つめ合い、どこか恥ずかしげに口をもごもごさせる。


「すまん……」

「ごめんなさい……」


 そんな二人に僕は、


「はい、よくできました」


 と、笑顔で頭を撫でてやった。

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