第19話 世界最強の魔王

 城内に通された僕は、ネロさんの指示ですぐに客室へと通された。

 豪華な装飾を施された客室には、キングサイズのベッドやふかふかなカーペットが敷かれ、僕のボロ家が酷く安っぽく思えた。


 いや、実際安っぽいわけだけど。

 しばらく、広い客室でソワソワしているとメイドさんがやってきて、あっという間に着替えさせられた。


 髪を整えられ、服は上流階級がよく着るものに。

 そして、流れるように僕は謁見の間に連行された。


「フハハ! 久しぶりだな坊主!」


 と、玉座に足を組んで座る魔王がそう言った。

 連れてこられた謁見の間には、僕たち以外誰もおらず二人きりとなっている。


「……随分と手荒い歓迎だな。魔王」

「フハハ! そいつは悪かったな」


 魔王は赤い瞳をギラつかせて僕を射抜く。


「大方の経緯は分かっている。うちの娘が世話をかけたな」

「別に。僕が勝手に世話を焼いただけだ」

「フハハ! その通りだな」


 圧迫感を覚えた。

 魔王は怒っている。

 世界最強の魔王が怒っている。

 それを肌が感じ取り、全身の毛がゾワゾワと逆立った。


「……おい坊主。どうして、ルーシアを連れ帰らなかった。どうして、アイリスたちの協力を拒んだ。坊主ならルーシアを大人しく帰るように促せたはずだ」

「そんなことしたら、僕がルーシアに殺されるだろ」


「連れ帰らなかったら俺がぶっ殺すのも分かってるだろ?」

「……」


 僕は魔王の指摘にそっぽを向いた。

 それが魔王の癪に触ったみたいで、魔王は思い切り踵で床を叩いた。


 ズドンッ。


 魔王が床を叩いた衝撃波が辺り一帯に走り、床が四方八方に砕け散る。

 その衝撃で謁見の間にあった窓ガラスが全て割れ、ガラスの雨が降り注ぐ。

 幸いにも僕の頭上には降らなかった。


「おい坊主。どんな理由があってうちの娘と一つ屋根の下で過ごしやがったんだ? ああ⁉︎」

「……」

「あの……あの! 超絶! プリティな! 俺の娘と! どんな正当な理由があれば! 一つ屋根の下で暮らせるかって聞いてんだよぉ!」


 魔王の咆哮で大気が震え、謁見の間の天井を支えている柱にヒビが入った。

 というか、何柱か崩れた。

 こいつ……相変わらず親バカだなと、僕は半眼で魔王を見つめる。


「あのさ魔王」

「ああ? 申し開きがあるなら聞いてやるが、てめえをぶっ殺すのは確定だぞ?」

「別に、一つ屋根の下で暮らしていてもなにもなかったよ」


「嘘をつくな! あんなに可愛い娘と一緒に暮らして間違いが起きないわけがないだろ!」

「いや、僕なにもしてないし」

「なんだと⁉︎ うちの娘に魅力がないって言いたいのか⁉︎」


 こいつ面倒くさいな。


「それだけ娘が大事なら、もっとルーシアの幸せを考えてやったらどうだ」


 ギロッと僕が魔王を睨むと、魔王もまた僕を睨み返す。


「考えているさ。俺は常にルーシアの幸せをな」

「それであんなチンケなヴァンパイヤロードと結婚かよ」

「ぐっ……だが、家柄は申し分ないだろ!」


「家柄とか政略結婚の時点で考えてないだろ。バカめ」

「なっ……こ、この世を統べる魔王を愚弄したな⁉︎」


 戦慄する魔王に僕はもう一度言った。


「何回でも言うぞ。お前はバカだ。魔王」

「ぐっ⁉︎」

「魔王。お前の考えはだいたい分かる。お前がヴァンパイヤロードを選んだ本当の理由は家柄なんかじゃないだろ」


 魔王は魔王でも親バカな魔王――ルーシア大好きフリスビーな魔王が、あんなヴァンパイヤロードをルーシアの婿にするはずがない。

 そこから導き出される答えを僕は知っている。


「お前がヴァンパイヤロードを選んだのは『不死身』だからだろ。悠久の時を生きるルーシアには同じ時を過ごすことができるパートナーが必要だ」


 不死身の種族は限られている。

 限られた不死身の種族の中から魔王が苦し紛れに選んだのが、あのヴァンパイヤロードだというのは簡単に想像できた。

 それを魔王に言うと、魔王は「ぐぬぬ……」と子供みたいに唸った。


「……あの子は不死身だ。お前の言う通り、あの子には同じ不死身のパートナーが必要だ」

「……」


 ふと、アイリスさんやネロさんの話が脳裏に過った。

 いろいろな理屈を捏ねてルーシアと僕とじゃ釣り合わないと言ったけれど、一番の理由はまさしくここだ。


 僕はいつか死ぬ。ただの人間。凡庸な人の身。

 彼女は死なない。不死身の王女。魔王の娘。

 僕がこうして生きている間、僕は彼女の側に寄り添えるけれど、いつかは朽ち果ててしまう。


 その時、残された彼女はなにを想って過ごすのだろうか。

 魔王はそんな僕の心中を察した顔で天井を仰いだ。


「俺もな。できることならお前とルーシアを結婚させてやりたい。大臣どもの反対を殴り飛ばしてな」

「それ物理的にじゃないだろうな」

「だが、ルーシアの幸せを願うならそれはやっちゃあいけねえ。坊主……いや、クロ。お前は人間だ。俺たちとは違う」


 言われなくても、そんなこと肝に銘じている。

 魔王は仰いでいた天井から視線を切る。


「なあ坊主。お前はルーシアのことを愛しているかよ」

「僕は……」


 ルーシアのことを――と、口を開きかけた時だった。

 雷が魔王城に落ちた。

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