第18話 囚われたなう

 閑話休題。


「さて、そろそろ真面目な話をするかのお」

「ん? どうしたんですか。改まって」

「いや、改まったわけではなく、最初の話題に戻るだけじゃ。お嬢様の件じゃよ」


 ネロさんはうつ伏せのまま首だけ回し、尻目で僕に視線を向ける。


「わしら魔王軍の幹部は、魔王様からお嬢様を連れ戻すよう命令を受けておる」

「みたいですね。ゼディスさんとディオネスがうちに来ましたよ」


「当然、わしもその任を預かっておる。そこでなんじゃがクロ坊よ。わしに協力してくれんかの?」

「もちろんお断ります」


 僕はネロさんの腰を揉んでいた手を止めて首を横に振る。


「まあ、断るとは思っておったが。即答とは恐れ入ったわい」

「僕はいつでもあいつの味方ですよ。本人に言うと、調子に乗るから絶対に言いませんけど」


 だから、あいつが結婚したくないと言うのなら、僕はその願いを叶えてやるだけだ。

 まあ……帰ってくれねえかなぁ、というのも本音ではあるんだけれど。


「ふむ、相変わらず過保護じゃな。そんなにお嬢様が心配なら、クロ坊が娶ってしまえばいいというのに」

「……そんなの言わなくても分かるでしょう。僕があいつの隣に立てるわけがない」


 世界最強の魔王の娘――その隣に立つのが、なんの力も持たない僕では彼女の立場が危うくなる。


「じゃが、お嬢様のことは好きなのじゃろ?」

「そりゃあ好きですよ。巨乳なんで」

「ぬし、ナチュラルに最低じゃな……」


「見た目もいいですからね」

「マジで最低じゃな⁉︎ ぬしは外見しか見ておらんのか⁉︎」

「ははは。僕、内面より外見を重要視してるんで」


「クソみたいじゃな⁉︎ そこは嘘でも、外見より内面と言っておけばポイント高いんじゃぞ?」

「ポイントとか言っちゃう時点でクソでは……」


 ネロさんは「そんなことより」と、寝そべっていたベッドから起き上がり、ベッドに腰掛けて話を続ける。


「お嬢様を連れ帰るのはわしらにとって急務じゃ。魔王様が激おこぷんぷん丸じゃからな」

「器の小さい魔王だなぁ」

「魔王様もお嬢様の身を案じていらっしゃるのじゃ。近頃は、旧人間国との戦争も苛烈さを極めておる」


 旧人間国というと現在魔王が統一している大陸の八割――その残りの二割を支配している国のことだったか。今も魔族国と戦争中で、作戦指揮は魔王軍の幹部の一人が担当していると聞いたことがある。


「とにかくじゃ! 魔王様は常にお嬢様の幸せを考えておられる」

「その結果がヴァンパイヤロードですか。面白いっすね」

「ぐはっ⁉︎ それを言われるとぐうの音も出ぬ……」


「別に皮肉のつもりじゃないですけど。まあ、あいつの幸せを考えるのなら好きにやらせてやればいいんじゃないですかね」

「お嬢様の幸せを本気で考えるのなら、クロ坊と結婚するのが一番なのじゃがなぁ」


 と、ネロさんが半眼で僕をじっと半眼を向けてきたため僕はそっぽを向いた。


「はあ……で、話は戻すのじゃがな。実はわし、お嬢様を連れ帰る算段をすでにつけておってな。そういう意味では、あのヴァンパイヤロードも役に立った」

「えっと、ルーシアを連れ帰るのとヴァンパイヤロードになんの関係が?」


「ほれ、ヴァンパイヤロードに連れ去られたクロ坊を取り返しに、お嬢様はヴァンパイヤロードの屋敷に現れたじゃろ? つまり、ぬしのいるところにお嬢様は必ず現れるということじゃ」

「なるほど、つまり?」

「こういうことじゃ」


 僕がネロさんの考えていることを察した時にはすでに遅かった。

 ネロさんの手が僕の肩に置かれた直後、ふわりと体が浮遊する感覚とともに僕の視界がガラリと入れ替わってしまった。


 さっきまでいた『六腕ハチベエの揉み屋』から魔王城の大門前に僕は立っていたのだ。


「転移魔法……」

「さて、これでお嬢様は自ら魔王城に帰ってくることになるわけじゃな!」

「正気ですか? 怒り狂ったルーシアに魔王城ごと消し飛ばされますよ」


「大丈夫じゃよ〜。そこはほれ。この世界で唯一、お嬢様よりも強いお方がなんとかしてくれる」

「……」


 ネロさんの言う通りだった。

 ここには世界でただ一人、荒れ狂うルーシアを力でねじ伏せることができる世界最強の人物がいる。

 ルーシアが魔王城まで来てしまえば、もう逃げることはできない。


「前回は、魔王様も一ヶ月にも及ぶ連続勤務でお嬢様に遅れを取ったが、今回の魔王様はコンディション完璧じゃからな」


 一ヶ月連続って……それ七二〇時間も休まないで働いていたことになるのですが。


「にしも、あの多忙を極めて過労死を繰り返している不死の労働マシーン魔王のコンディションが完璧ってどういうことですか?」

「うむ。ゼディスに魔王様の仕事の八割を押し付けたのじゃ!」


 鬼畜か。

 ゼディスさんが真っ白に燃え尽きている姿が容易に想像できる。


「おお! もちろん、安心するのじゃ! クロ坊は客人待遇にするからの!」

「……巨乳なメイドはいますか」


「選り取り見取りじゃあ〜」

「……」


 なるほど。選り取り見取りか。そっかぁ。

 僕は大きく息を吸いながら、魔王城の大門をくぐり――。


「お邪魔します!」


 と大声で叫んだ。

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