そこは恐ろしい魔王の城
第17話 のじゃロリな天才魔法師
魔族国首都の北通り。
甘い香り漂う遊楽街の片隅に、『六腕ハチベエの揉み屋』はある。
僕はお客さんが寝そべるベッドの上に、干したての柔らかなタオルを敷き、魔導オーディオでリラックスする曲を店内に流す。
続けて施術に使うタオルの補充を行う。
僕がバイトしている『六腕ハチベエの揉み屋』の開店準備は、だいたいこんな感じで終わる。
楽なバイトである。
「師匠。開店準備終わりました」
僕がそう言うと店奥からハチベエ師匠が出てきた。
二メートルはあろうかという体躯と筋肉が隆々とした男らしい体。
勇ましい男の顔――なにより特徴的な六本の腕が逞しいのなんの。
「お疲れさん。ちょっと奥で休んでていいぞ」
師匠はそう言って口に葉巻を咥えた。
「師匠。店内禁煙中じゃないんですか?」
「……ああ、そうだった。危ねぇ危ねぇ。この前、客に店中が煙くせぇってクレームがあったの忘れてたぜ」
「気をつけてくださいよ。師匠」
「おう悪いな」
そう言うとハチベエ師匠はじっと僕の顔を見てきたかと思うと、「ふっ」と意味深な笑みを浮かべた。
「お前もここのバイトが板に付いてきたな」
「そうですか?」
「ああ。もう立派な揉み屋だよ、お前は」
「あ、ありがとうございます! 師匠にそう言ってもらえると嬉しいです!」
「しかし、お前がここでバイトを始めてずいぶん経つよなぁ。お前が最初、『ここで働かせてください』なんて言った時はたいそう驚いたもんだぜ」
「あの時は無理を言ってすみませんでした……」
「別にいいってことよ。それより、ちゃんと親孝行はできてんのかよ」
親孝行――それは僕がここでバイトを始める前、ハチベエ師匠に「ここで働きたい理由はなんだ」と聞かれた時に答えたものだ。
僕は「あはは」と乾いた笑みを浮かべる。
「それが……最近は忙しいみたいで。ほとんど会ってないんですよ」
僕は脳裏に魔王の顔を思い浮かべて師匠に答えた。
僕がマッサージ師になりたいと思ったきっかけは、魔王への恩返しだ。
魔王の仕事というのは激務だと聞いている。
だからか、魔王は常に肩こりや腰痛に悩まされていて。まだ僕が幼かった頃によくマッサージをしてあげていたのだ。
今でもマッサージをしてあげた時に魔王が、「おお! 坊主のおかげで肩が軽いぞ! ありがとな!」と言われたことを鮮明に覚えている。
今思えば、人間の――しかも子供の非力な力で揉まれても気持ちよくなかっただろうに。
それがきっかけで、いつか魔王に僕ができうる最高のマッサージをしてやりたいと思って、無理を言ってハチベエ師匠のもとへ弟子入りしたのだ。
「でも、いつか必ず恩返しはしたいと思っています」
そう言うと、ハチベエ師匠は「そうかい」と再び笑った。
「じゃあ、店先の看板を裏返して来てくれ。俺はちょっくら一服してくっからよ。その間、接客を頼んだぜ」
さっきは奥で休んでいいって言ったのに、相変わらず自由な人だなぁ。
僕は苦笑を浮かべつつ、頷いて店先の看板を「オープン」に変えておく。
それからしばらく店番をしていると、さっそくお客さんが来た。
「いらっしゃませ」
「おお! 今日はぬしの出勤日じゃったか!」
と、入店したお客さんは僕を見るなり嬉しそうに言った。
漆黒の髪を腰まで伸ばし、左目が赤、右目が青のオッドアイ。
見た目がとても可愛らしい幼女で未発達な体躯によく似合うフリルのついた白いワンピースを着ていた。
彼女はネロ・ロリータ。
魔王軍幹部の一人で魔法研究の第一人者だ。
ここ最近の産業革命も彼女の研究によるところが大きく、世間では天才魔法師と呼ばれている。
ちなみに、見た目はただの幼女だが実年齢は五百歳を超える高齢者だ。
「ネロさん。久しぶりっすね」
「そうじゃなぁ。最近は忙しくてここに来れなくてのお」
「へえ、前は毎日通ってくる常連さんだったのに。なにかあったんですか?」
「なにかあったのか聞くまでもなかろう?」
あぁ、ルーシアの件か。
「そりゃあまた大変そうですね」
「他人事のように言っておるが、ぬしにも責任の一端はあるのじゃぞ? ぬしがお嬢様を引き渡せば解決するのじゃから」
「それやったら殺されるんで」
さて、世間話もこの辺に僕はネロさんを施術台のベッドに移動させる。
ネロさんは手慣れた感じでベッドの上にうつ伏せで横たわった。
「師匠いないんですけど、どうしますか? 僕がやってもいいならやりますけど」
「それじゃあ頼むのじゃー。どれだけ腕をあげたか見てやるのじゃ」
ネロさんの物言いに少しムッとした。
たしかに、僕と師匠では師匠の方が圧倒的に上手い。
そして、そんな師匠のマッサージに慣れているネロさん相手では、僕の奥義もまったく通用しないけれど――僕だって日々進歩しているのだ。
いつまでも同じとは思わないでもらいたい。
僕はタオルをネロさんの体の上にかけ、その上から小さな体に触れる。
「どうですか?」
「ふむ。まあまあじゃな。前よりは随分と腕をあげたようじゃが、ぬしの師匠の方がまだ上じゃな。もっと精進するんじゃな」
「……ちっ」
「おいぬし。今、舌打ちせんかったか?」
「いえ、別に。このロリ、どこも凝ってない癖にマッサージ受けてて気持ちよくないとか鬱陶しいなぁ、なんて思ってないっす」
「いやもうそれ絶対思ってるやつじゃろ! というか、わしをロリと呼ぶでないわ!」
「でも、見た目どう見てもロリですよ」
「うるさいわ! だいたい、わしは疑問なんじゃが、年齢が五百を超えていても見た目が幼ければロリでよいのか? ロリコンにプライドはないのか?」
「僕、ロリコンじゃないから分からないです」
「ロリコンというのは年端のいかない幼女が好きなわけじゃろ? なら、年増の幼女はどうなのかという話じゃ」
「つまり、ロリコンが重要視しているのが年齢なのか、見た目なのかという話ですか?」
尋ねるとロリは頷いた。あ、間違えた。ネロさんは頷いた。
「どうなんですかね。年齢がいってても見た目がロリならいいんじゃないですかね。合法ロリって言葉があるくらいですし」
「そこが疑問なんじゃよ! わしは! 『未発達の胸部に興奮する〜』とか、そんなの貧乳の女でもよいではないか! 身長もまた然りじゃ。わしは、ロリコンに問いたい……ぬしらがロリとするものがなんなのか!」
と、ロリはおっしゃった。
「年端のいかない幼女と年増な幼女……わしはこの問題の答えが分からず、夜も眠れんのじゃ! 仕事も手につかないから毎日残業なのじゃ!」
「最近、揉み屋に来てなかった理由ルーシアの件じゃないじゃん」
ずっとそんなくだらないことを考えていて来れなかったんだろうなぁ。
いや、本当にくだらないな。
「まあ、そんなことはどうでもよい」
「どっちですか。気になるんじゃなかったんですか?」
「むろん、それも気になる。だが、今はそれよりも気になることがあるのじゃ……」
「それは?」
「それは……ロリ巨乳という属性じゃ!」
僕は天井を仰いだ。
「なんじゃロリ巨乳って! それははたして、ロリである意味があるのか……もう気になって気になって仕方ないのじゃ!」
「まあ、ネロさんの言うことも一理あるかもですね。ロリ巨乳が好きって、単純に巨乳が好きなだけっぽいですよね」
「その通りなのじゃ! ロリの巨乳だからこそいい! みたいなことを抜かす阿呆どもにこそ年端のいかない幼女と、年増な幼女のどちらが好きか尋ねたいのじゃ!」
「本気すぎる」
「ちなみにクロ坊よ。ぬしはどちらが好きなのじゃ?」
「だからロリコンじゃないですって」
「強いて言うなら?」
「ロリ巨乳が好きです」
僕、巨乳派なんで。歳とか、ぶっちゃけどうでもいいです。
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