第15話 誘惑チャーム

 ヴァンパイヤロードという種族名と黄昏皇女という異名で僕は察した。

 黄昏皇女はルーシア・トワイライト・ロードのことだ。

 そして、ルーシアに関わりのあるヴァンパイヤロードというと、例の見合いをしたという人物に違いない。


「そう……俺様こそ、ヴァンパイヤ族次期族長! エドワード・ヴァンパイヤロードだ。くはは! 驚け。そして、慄け。人間! くはは!」

「うわー怖いなー」


 とりあえず怯えてみせると、エドワード・ヴァンパイヤロードは「くはは!」と嗤った。


「さて、俺様が貴様をここに連れてきた理由は分かるな?」

「まったく分かりませんが」

「その通り! 貴様を俺様のものにするためだ!」


 こいつ話聞かない系だ。

 エドワードは前髪を掻き上げ、僕に人差し指を向ける。


「俺様はあの黄昏皇女と結婚し、やつの血を得て、さらなる力を手に入れる! そして、いずれ魔王すら凌駕する力を得て俺が魔王に君臨する! そういう計画を立てていたのだがな」

「壮大な計画っすね」


「だが、それを貴様に邪魔されたのだ。小癪小癪。どうもあの黄昏皇女は、貴様にご執心みたいでな。俺様との見合いを断りやがった」

「へぇ」


「でだ……そんな黄昏皇女のお気に入りである貴様を、我が手中に納めてしまえば、やつは俺様の言いなりになる……と考えた」

「僕を手中に……?」


 僕を手中にでもシチューにでも納めたところで、あのルーシアが大人しく言いなりになるとは思えないけけれど。


「で、僕をどうやってシチューに煮込むんだ?」

「……貴様はなにを言っているんだ?」


 おっと、今晩の献立をシチューにしようと思っていたら間違えてしまった。

シチューじゃなくて手中だった。

 エドワードは、「くはは!」と笑うと指を一度鳴らす。

 すると、闇の中から一人の美女が出てきた。


 エドワードと同じ色の長い金髪のロングヘアで瞳も同じ赤。

 服は真っ赤なドレスで、どこかの貴族令嬢が如き気品のある立ち姿をしていた。


「くはは! こやつはヴァンパイヤクイーン。俺様の妹だ」

「そっすか」

「俺様たちヴァンパイヤには、異性を虜にすることができるチャームのスキルがある。それで貴様を妹の虜にし意のままに操ろうという算段だ! くはは!」


 エドワードの紹介が終わるとヴァンパイヤクイーンが僕の頭上まで来て、妖艶に微笑んだ。


「くふふ。わたくしは、レベッカ・ヴァンパイヤクイーン。以後、お見知り置きを」


 彼女がそう名乗り終えると、エドワードは用が済んだとばかりに踵を返した。


「それじゃあ、レベッカ。あとは頼んだぞ?」

「ええ、お兄様。くふふ」


 エドワードはスッと闇の中に消え、地下室には僕とレベッカの二人きりとなった。


「さあ、二人きりですわね」


 レベッカは僕の頭上から僕の顔を覗き込んでいる。

 重力に従って垂れる長い金糸から甘い香りが鼻腔を擽った。


「……その声、聞き覚えがある。さっき僕を影の中に引き摺り込んだのはお前か」

「その通りですわ。くふふ」


 と、レベッカは再び妖艶に微笑みながら艶やかな唇を僕の耳元まで寄せる。


「さて、それでは始めますわ」

「あの……耳元で囁かれると、くすぐったいんですけど」


「ふふふ……チャームは、対象者が私に好意を抱いていなければなりませんの。普通なら、わたくしの美貌だけで殿方はみな好意を抱いてしまうのですけれど。それではチャームの効果が薄くなる可能性がありますの。しかし、心が完全にわたくしの虜となれば、チャームの効果は絶大なものとなりますわ。そして、ヴァンパイアの声には異性を惑わせる能力がありますの。わたくしが触れて、囁けば、あなたはもうわたくし以外のものが見えなくなる……」


 なるほど。

 レベッカは、僕の耳元に口を寄せたまま再び囁いた。


「さあ……わたくしの虜になってくださいまし……『チャーム』」

「……っ!」


 くそ! ごめん、ルーシア! だが、これは仕方ない! もう僕はレベッカのチャームによって操り人形になってしま……あれ?


「なあ、これってチャーム効いてるのか?」

「……? ええ、かかっているはずですけれど……あれ? チャームにかかったら、もっと正気のないゾンビみたいになるはず……なのですけれど……どういうことですの?」

「僕に聞くな」


 どうやらイレギュラーが起こったみたいだ。


「ええっと、おかしいですわね……?」


 いや、困った表情を浮かべて僕を見るな。

 僕が一番混乱しているんだが。


「ええっと……」


 レベッカは困った顔で、どうするべきか考えているようす。


「なあ、お前に好意を抱けばチャームにかかるんだよな?」

「え? まあ、そうですわね……?」


「それなら、胸を揉ませてくれたらいいよ」

「え?」


 レベッカは僕の提案に素っ頓狂な声をあげた。

 そんな彼女に、僕は真面目な顔で語る。


「胸を揉みしだけば、僕はもうすんごいお前を好きになる。なんたって僕は胸が好きだからな」

「さっき触ればと言っていたのに、揉みしだくに変わっているような……」

「気のせいだ……とりあえず、このままだと胸を揉めないから、腕の拘束だけ取ってくれ」


「ええ……? ま、まあ……そういうことでしたら。というか、なぜあなた自らそんな提案を……」

「胸を揉みたいから」

「欲望に忠実ですのね……」


 レベッカは呆れつつもいそいそと僕の腕の拘束を解いてくれた。

案外、ちょろいのかもしれない。


「そ、それでは……どうぞ。お揉みください……」


 と、レベッカは僕が揉みやすいように胸を前に突き出した。

 だから、僕は躊躇なく叫んだ。


「六腕流……奥義! 『六腕四十八手』!」

「へ? ひっ……ひやああ⁉︎」


 レベッカは悲鳴あげた。

 僕はレベッカの全身のツボを刺激し、凝り固まった筋肉を揉み解していく。


「はーはっはっはっ! さあ、これ以上僕のマッサージを受けたくないなら足の拘束も解くんだ!」

「い、いやですわ! いたたた⁉︎ ま、負けせんわよ! わたくしはこのような辱めに屈しま……ひうう⁉︎」

「やるな……! だが、この奥義はあの魔王軍の幹部であるディオネスですら、『覚えてろよー!』と脱兎の如く逃げ出す僕の奥義だ! お前がこれに耐えられるかなぁ!」


「そんな⁉︎ あのディオネス様がそんな三下みたいな捨て台詞を⁉︎ いった⁉︎ そ、そこは……い、一番効くところですわっ⁉︎」

「そうだろうな! これだけ胸が大きいと肩が凝るのも無理はないだろうな! さあ、 これで終わらせてやる!」

「いやああ⁉︎」


 なんでだろう。

 ただ、マッサージをしているだけなのに僕がとてもいけないことをしている気分になる。

 まあ、気にしないことにしよう。


「さあ、お前のこの凝り固まったコリコリの肩を解きほぐしやるよおおお!」

「や、やめてくださいましいい! あっ……」


 レベッカは事切れたように足腰をガクガクさせながら地面に倒れた。


「やべっ」


 やりすぎた。

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