第14話 拉致

 腕の骨ごと背骨も折られたから危うく車椅子生活になるところだったけれど、さすがは魔王の娘。

 彼女が一度指を慣らすと、僕の折れた背骨が綺麗に元通りとなっていた。

 ルーシアに折られて治された僕は――今、下町まで来ていた。


「人が多いわ」

「そりゃあな。ここは世界で一番栄えてる都市だし」


 ルーシアは村娘の変装の上に目深く帽子を被ることで顔を隠していた。やや、身に纏う高貴さが滲み出ているが、概ね一般人に擬態できている。


「というか、なんで急にデート?」

「興味があったのよ。それだけよ。それだけの話」


「ほーん」

「そんなことより、なにか食べたいわ」


 さっき朝食を食べたばっかりなんだけどな。

 僕はやれやれと肩を竦め、屋台が並ぶ通りへ足を運んだ。

 魔族国の都市中央には巨大な魔王城が聳え立ち、魔王城から外周部に向けて東西南北に大きな道が通っている。


 僕たちがやってきたのは商いが盛んな南通り。

 都市の経済を回す主要な拠点で大きな商会の本店などが置いてある。


 屋台はもちろん、ありとあらゆるお店が並び、世界中の物品が集まるため骨董品マニアなんかに人気だ。

 商いの中心というだけあって商人と買い物客で賑わっており、僕とルーシアは人混みの中で四苦八苦した。


「人混みが鬱陶しいのだわ……纏めて消そうかしら」

「テロリストかよ……」


 しかし、彼女の言う通り人の数が多い。

 下手をしたらはぐれてしまうかもしれない。

 一度はぐれたら大変だ。


 ルーシアは方向音痴だから、目を離すと一瞬でいなくなってしまう。

 仕方ない……僕ははぐれないようにルーシアの右手を自分の左手で握った。


「……急になによ」

「はぐれたら大変だろ」


「こ、子供じゃないのだから。必要ないわ」

「じゃあ、僕がはぐれないようにお前が僕の手を握ってくれ」


 我ながらルーシアのプライドを汚すことのない素晴らしい回答だと思った。

 僕の思惑通り、ルーシアは「なら仕方ないわね」と嬉しそうに僕の手を握り返してくれた。


 こうしていると、「本当のデートっぽいな」などと内心で考えてしまったのは、僕がこの状況に浮かれているからだろうか。

 そんなこんなで、屋台のエリアに着くとルーシアは目を鋭くギラつかせた。


「クロ……おいしそうな食べ物が多いわ」

「そういう時は目をギラギラさせずに、キラキラさせろ」


 キラキラに濁点をつけるだけで、可愛くなくなるのはどういうことなのだろう。

 ルーシアは僕の言ったことが、よく分からなかったみたいで無視。


 僕の手を引きながら屋台の方にパタパタと走っていく。

 ルーシアが最初に目をつけたのはたこ焼きである。


「へいらっしゃい! お! 若いカップルかい? いいねえ〜」


 と、屋台の店主は数十本の手をニュルニュルと動かして言った。

 タコっぽい見た目の店主だった。

 タコの魔族がたこ焼きって複雑な気分にならないのだろうか。


 とりあえず、僕はルーシアの前に立ってたこ焼き六個を注文。

 店主は、「毎度あり!」と触手みたいな腕で同時にたこ焼きを作り、パックに詰めて僕に渡してきた。

 それを受け取ると同時に、懐からお金を店主に渡す。


「クロ、食べさせなさい」

「はいはい」


 僕たちは適当な塀の上に腰を下ろして座ってたこ焼きを食べることに。

まあ、食べるのはルーシアだけなんだけど。


「ちゃんと、ふーふーなさい」

「分かってるよ。お前、猫舌だもんね」

「そんなことないわ。勝手なことを言わないで」


「ほら、あーん」

「あーん……んっ……もぐもぐ……」

「うまいか?」


「クロの料理の方がおいしいわ。今度たこ焼きを――」

「やだ」


 たこ焼きを食したルーシアは、その後わたあめ、焼き鳥、焼きそば、イカ焼き、りんご飴を食した。いや、どんだけ食べるんだよ。


「クロ、次はあれを食べるわ」

「食いすぎだろ……」


 この食欲魔人め……と思った時だった。

 この時、僕の両手は屋台で買った物で塞がれ、ルーシアと手を繋いでいなかった。

 それがいけなかった。


「いらっしゃいませ〜」

「え」


 僕は突然、自分の影の中に取り込まれてしまった。



 目が覚めたのは暗い地下室だった。

 壁面にかけられたランプの頼りない灯だけで僕の視界は確保されている。


「えっと……」


 僕は状況を把握するために手足を動かすのだが――動かない。

 見ると、手足は鎖で繋がれていた。


 動かすと、ジャラジャラと音が鳴る。

 どうやら僕は仰向けに寝そべって手足を拘束されているみたいだった。


「なんだこの状況」


 そう僕が呟くと闇の中から声がした。


「くはは! ようやくお目覚めか! 人間!」

「ん?」


 声の方向へ目を向けると、暗がりの中に一人の男が立っていた。

 金髪の髪に赤い目――一瞬、ルーシアを彷彿とさせる要素だったが色合いがまったく異なる。


 ルーシアがもっと深みのある色なら男のそれは薄い。

 軽薄な笑い声と同じ、薄い金色の髪と薄い赤色の瞳だ。


「えっと、誰?」

「くはは! この俺様を知らない……と? あの黄昏皇女のお気に入りが、どんな男かと思えば無知で無能な貧弱極まりない人間とはな」


 そう嗤った男の口から鋭い犬歯が垣間見え、僕は男が何者なのか悟った。


「お前……ヴァンパイヤか……?」


 僕がそう口にすると、男は口の端を吊り上げて嗤った。


「ヴァンパイヤ? 俺様をそんな雑魚と一緒にするな。くはは! 俺様は――ヴァンパイヤロードだ」

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