激おこな幼馴染
第13話 魔王からは逃げられない
「今日は下町に行くわよ」
朝食を食べ終えたルーシアは、食後のティータイム(緑茶)を取りながら、そんなことを口にした。
僕は皿を洗いながら、「そうか」と適当に相槌を打っておく。
「他人事だけれど、お前も行くのよ」
「なぜ」
「私はお前と……えーっと、なんと言ったかしら……でー……でー……デッド? デッドがしたいのよ」
「なに? 僕殺されるの?」
「ああ、そうよ。思い出したわ。デートよ。デートがしたいのだわ」
はい? デート?
驚いて彼女の方に視線を向けると、湯飲みをテーブルに置いてじっと僕を赤い瞳で見ていた。
「えっと……お前、意味が分かって言っているのか?」
「ええ。当たり前よ。男女が遊ぶことをデートと言うのでしょう? それくらい知っているわ」
まあ、一般的にはそう言うのだろうけど。
僕としてはそれに疑問を感じざるを得ない。
それでは男女の友情とか同性の愛が、まるでこの世の中に存在しないみたいに聞こえてしまう。
僕的に、愛し合う二人が遊ぶことをデートと呼ぶことにしている。
その上で彼女が、「デートをしたい」なんて言うものだから思わずギョッとしてしまったのだ。
この破天荒女がなにをしても今更驚かない自信があったのだけれど、これは完全に意表を突かれた。
「お前な……デートは僕とじゃなくて、好きな男と行けよ」
「なら、お前でいいじゃない。私、お前が好きよ」
「はいはい、そうだったな」
適当に流すと、ルーシアはやや不満げに頬を膨らませる。
「……いただけない反応ね」
「別に」
「私、本気でお前が好きよ。それこそ殺したいくらいに」
愛が重かった。
「サイコパスすぎる……本気だって言うなら、今ここで僕とキスできるか?」
そう言うと、ルーシアの顔がボンっと真っ赤になった。
「な、ななななに言ってるのよ!」
「ほら、できないだろ?」
「だ、だって……キスしちゃったら……あ、赤ちゃんできちゃう……」
「お前な……いい加減その箱入り娘直せよ。赤ちゃんはキスじゃできねえよ」
「じゃあ、やっぱりコウノトリが運んでくるのね⁉︎」
なんで嬉しそうに食いついてくるのだろう。
まあ、例の如くどうせ断れないんだし、ご希望通り下町に連れて行ってやるか。
「だけど、下町にはお前を探してる兵士が一杯いるぞ」
「もうここにいるのもバレているのだし、兵士如き今更怖がる必要なんてないでしょう? ちょっかいかけてきたらぶっ殺すし」
「ぶっ殺すな。お前のせいで休日返上して下町を歩き回ってるんだぞ……」
当の探し人にぶっ殺されるとか、あまりにも可哀想すぎる。
ルーシアは、「仕方ないわね」と頷く。
「そうね。なら、変装でもするわ」
「変装?」
「ええ。こんな感じでどうかしら」
と、ルーシアが指を鳴らす。
すると、彼女が身に纏っていた漆黒のドレスが光の粒子となって消えた。
光の粒子はルーシアの肌の上で姿形を変え、あっという間に装いが変化。
息を呑む美しさであったドレス姿から、村娘の着ている地味な服装に早変わり。
肩口まで伸びていた金髪も、ゆったりとしたおさげに結われており、赤い縁のメガネをかけていた。
「物質創造……いや、形態変化魔法……」
「両方よ」
その魔法、たしか神域レベルの難易度って聞いたことがあったんですけど……世界最強はなにをしても許されるのか。
なんだろう、世の中って理不尽。
「お前って、本当にとんでもないよなぁ」
「それほどでもあるわね」
ルーシアは得意げに鼻を鳴らし、組んでいた脚を組み替える。
その際に、またまたスカートの中が一瞬見えた。
見えたのだが……そこにあるべきものが見えなかった。
「おい、お前下着はどうした」
「あら。下着を忘れていたわ」
「……」
誰かこいつに慎みを教えてやってくれ。
ルーシアは再び指を鳴らしながら、不満げな顔で唇を尖らせる。
「だいたい私は疑問なのだわ。なぜ局部を隠す必要があるの? 服を着るのって面倒なのよ。特にコルセット。あれ苦しいのよ」
「お前にコルセットって必要なのか?」
「ドレスの仕様上、付けざるを得ないのよ。あれは」
なるほど、ルーシアみたいに線の細い女性でもコルセットをしているのは、そういう理由があったのか。
僕はそんなことを頭で考えながら、再びお皿を洗い始める。
「ねえ、お前もそう思わない? みんな服を着なければ恥ずかしくないでしょう? 服を着る文化があるから、恥ずかしがるのよ」
「それは一理あると思うけどな。ただ……服を着ないと、みんな年中発情しちゃうだろ? 男とか特に。だから、服で局部を隠すんじゃないか?」
「……ふーん? 面白い考え方ね。けれど、それは動物の本能だから仕方ないのだわ。やっぱり、服を着る文化はなくてもいいと思うの」
「人間は本能より理性で動く動物だからな。理性的に考えたら年中発情しちゃうのは問題だし、あと単純に裸だと寒いだろ」
「まあ、それもそうね。ねぇ、でもクロって私の裸を見ても興奮しないわよね?」
「いや、してないわけでもないけど」
これでも思春期の男子だから。
「ふーん?」
ふいにガタッとルーシアが立ち上がったかと思うと突然、僕の視界がぐるっと回転。
気づいた時には、僕は床の上で仰向けに転がされていた。
僕の上にはルーシアが跨っており、お互いの顔は吐息が触れ合うほどに近かった。
「えっと……なに?」
「ねぇ、クロは私で興奮するのよね?」
「は? いや、急にどうした? 意味が分からないんだけれど」
「ねぇ、クロは私で興奮するのよね?」
「なんで二回言った」
大事なことだから二回言ったのだろうか。
一体、ルーシアがなにをしたいのか分からず混乱していると、ルーシアはスッと手を伸ばし――伸ばした手を僕の背中に回した。
小さな頭を僕の胸のあたりに埋め、柔らかく抱擁してきた。
「えっと、なにこれ」
「どうかしら? 興奮する?」
「はい?」
突然の状況にただ困惑しているとルーシアはそのまま、ギューッと抱擁する力を強めてきた!
「いたたたたっ⁉︎」
「お前も抱きしめ返しなさい」
「腕もまとめてお前に抱きしめられてるから無理だっ!」
と、抗議を入れてもルーシアの抱擁は強まるばかり。
あ、折れそう。
「ちょ……タイム!」
「お前はもうタイムアウトを使い切っているわ」
「じゃあ降参だ! ギブッ! こ、このままじゃマジで折れるぅ!」
「魔王からは逃げられないのよ。知らないの?」
「そんなの知らねえよ……! あっ……」
折れた。
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