第8話 VSディオネス! クロ、奥義炸裂!? の巻

「なんか落ちてきてないか」

「そうね」


 空から落ちてきている謎の物体は――明らかに僕とルーシア目掛けて落ちてきていた。

 やがてそれは、僕たちの目の前に落下。

 凄まじい衝撃が体を襲ったが、すぐに衝撃が緩和される。


 見ると、ルーシアが僕の前に立ち、衝撃から身を呈して守ってくれていた。

 しばらく衝撃で舞い上がった土埃のせいで視界が悪かったが、晴れてくると土埃の中から一人の女性が現れた。


 褐色の肌に、白黒のセパレートで動きやすそうな服。

 手には、長槍が握られており、肉食獣が如き獰猛な琥珀の瞳が僕を射抜いた。

 彼女は長槍で土埃を吹き飛ばし、紫がかった長い髪を揺らす。


「お嬢様を連れ帰りに参上した」


 ディオネス・メイデン――魔王軍の幹部の一人が空から現れた。

 ルーシアはつまらなそうに、「ふんっ」と鼻を鳴らす。


「つまらない登場の仕方ね。ディオネス。相変わらず、アーモンドが足りないようね」

「アーモンドチョコレートの話でもしてるのかお前は」


「間違えたわ。ユーモンドよ」

「多分、ユーモアって言いたいってことは分かった」


 というか、だいぶ派手な登場の仕方じゃなかっただろうか。


「私はただ普通に参上しただけ。それ以下でも、それ以上でもない」

「相変わらず平坦な喋り方。聞いていると陰鬱な気分になるのだわ。もっと、感情を込めて会話できないのかしら」


「感情など私にはない。私は戦うために生まれた戦闘民族。感情など不要」

「戦うことしか脳がないなんて滑稽ね」


 お前が言うな。

 ディオネス・メイデンはルーシアと相性が悪い。

 二人が話すと、こんな感じで口喧嘩になることが多い。


 最終的にはいつもバトルになって辺り一帯がめちゃくちゃになる。

 これだからチート能力者どもは嫌いなんだ。

 これ以上二人が言い争うと確実にバトルとなり巻き添えを食うと察した僕は、会話に割って入った。


「まあ、落ち着けよ。二人とも」

「黙れ雑魚」


「黙りなさい、クロ」

「泣きそう」


 なにこの人たち、酷すぎる。

 ディオネスとルーシアは、僕をスルーしてお互いに鋭く睨み合う。


「お嬢様は早く帰るべき。魔王様が怒っている」

「帰らないわ。この私に言うことを聞かせたいなら戦って勝つことね」


 バチッと、ルーシアから金色の閃光が走る。

 ディオネスも戦闘態勢に入ったみたいで、スッと目を細めて長槍を構えるのだが……僕は「ストップ」と言って二人を止めに入った。


「お前ら待てや」

「だから黙れ雑魚。貴様に構っている暇はない」

「そうよ。クロ。お前は引っ込んでいなさい」


「本当に泣きそう……そりゃあ僕だってできれば関わりたくない。けれど、ここには僕の家がある。お前たちが戦ったら確実に家が壊れる。あと僕が巻き添えで死ぬ。だからやめろ。待て。落ち着け」


 はっきり口にすると、二人とも僕を睨みつつ一時的に戦闘態勢を解いた。


「……相変わらず度胸だけはある」

「……ふんっ」

「矛を納めてくれてありがとう。じゃあ、まあ……僕の家でお茶でも飲んで話し合おうか」


 そう言った僕の提案をディオネスが、「その必要はない」と一蹴した。


「お嬢様が素直に言うことを聞かないのは織り込み済み。だから、アイリスから妙案を預かっている」

「妙案?」

「そう。それは、私と貴様が戦うこと」


 僕とディオネスで戦う……?


「ごめん。意味が分からない」

「お嬢様を戦ってどうこうするのは非効率。だから、貴様と勝負した結果、貴様が負ければお嬢様は素直に帰る。貴様が勝てば今日のところは諦める。そういう勝負」


 違う。意味が分からないのは、なぜ僕がディオネスと戦わなくちゃいけないのかという点だ。

 ディオネスは魔王も認める実力者だ。


 そんな彼女を相手に一般人の僕が勝てるわけがない。

 つまり負けは必至。

 そんな勝負、ルーシアが素直に応じるわけが……。


「なるほど。いいわよそれで。クロが負けたら、私は大人しく家に帰るわ」

「え」


 ルーシアがディオネスの提案に乗っかったことに、僕は驚愕して間抜けな声が出てしまった。


「お、おいルーシア? 冗談だよな?」

「大丈夫よ。私はお前を信じているわ。もし、勝負に負けたらぶっ殺すわ」

「勝負に負けたら僕はディオネスによって殺されているわけだが」


「大丈夫よ。一回目なら復活魔法で一度だけ生き返れるから。ちなみに、リザレクションというの。覚えておきなさい」

「そんな魔法もあるんですね……というか僕は生き返ってから改めて殺されるのかよ」


「もちろん、拷問にかけてから殺すわ。例えば牛とか」

「とても幼馴染の発言とは思えない」


 僕はルーシアのサイコパス加減に頬を引きつらせた。

 ちなみに牛とは、fギロチン台に並ぶ彼女が持つ拷問装置の一つである。

 僕も詳しくは知らないのだが本気で恐ろしい拷問だということは聞いている。


 以前、ルーシアに粗相をしでかした不死身のアンデッドさんが、三日三晩に渡って牛の中にぶち込まれ、苦しみもがいた叫び声が魔王城に響き渡り続けたという。


 いやだなぁ。


「はあ……まあ、ルーシアが承諾しちゃったら、どうせ僕の意思なんて関係ないわけだし。やるか、勝負」

「それでいい。といっても、万に一つ貴様が私に勝つことはありえないけれど」

「そりゃあ、真っ当な手段じゃあ勝てないだろうな」


 だからアイリスさんは、これをディオネスに提案したわけだろうし。

 アイリスさんはお調子者ではあるけれど、曲がりなりにも魔王軍幹部の頭脳と呼ばれる人だ。


 そんな人が考えた策なら、易々と僕が勝てるようにはなっていないだろう。

 とはいえ、こうなった以上は僕も本気で勝負せざるを得まい。牛は勘弁だ。


 僕とディオネスは十歩ほどの距離を開けて対峙。

 ルーシアは僕の後ろに立って、勝負の行く末を見守るつもりらしい。


「さて……早速始める。なにか遺言は?」

「僕が負けるのは確定なんだな」


「当然。それとも貧弱な貴様が勝てると?」

「もちろん思ってない」


 だが、勝算がないわけではない。

 ふと、僕はこんなことをディオネスに尋ねた。


「なあ、僕はどれくらい生きていられるかな。お前を前にして」


 すると、ディオネスは指を一本立てた。


「一分か?」

「一秒」


 一秒かぁ。いやだなぁ。

 こうなれば恥も外聞もへったくれもない。

 僕は全てをかなぐり捨て、ゆっくりと腰を折ってディオネスに頭を下げた。


「僕にハンデをくれ」


 言った瞬間、ディオネスから冷たい視線を感じた。


「……プライドはないのか?」

「プライド? なんだそりゃ。知らん」


 ディオネスから軽蔑した視線を感じる。

 僕は咳払いして続けた。


「ほ、ほら。普通に戦っても僕じゃお前に勝てないなんて分かりきっているだろ? だから、ハンデをくれ。具体的には、十秒だけお前はなにもせずそこに立っていてくれ」

「なるほど……了解した。それで構わない。しかし、たかが十秒では貴様が私の体に傷をつけるのは難しい。十秒と言わず一分でも構わない」


「いや、十秒でいい。十秒で決着をつける」

「ほう」


 癇に障ったみたいで、ディオネスがスッと目を細めて僕を睨む。


「なにか策があるらしい……面白い」

「まあな。それじゃあ、さっそく始めようか」


 僕は腰を落として構える。

 ディオネスは約束通り十秒は動かないみたいで構えの姿勢すら取らない。

 ディオネスは僕の構えを見て、物珍しそうにマジマジと見つめてくる。


「……格闘技の構えみたい。だけど、見たことのない構え」

「格闘技じゃないからな」

「……?」


 僕の返答に首を傾げるディオネス。

 そんなディオネスに向かって――。


「僕も実践するのは初めてだから、失敗するかもしれない」

「実戦で使うのが初めて……ということ?」


「まあ、そうとも言うけれど」

「一体、貴様はなにをしようと……」


 困惑するディオネスに、「まあ隠すことじゃないし」と教えてやることに。


「僕が今からお前に使うのは奥義だ」

「奥義……? ゴクリ……」


「この奥義が炸裂した時、お前は僕に泣いて謝ることになるだろう……」

「なっ! お、大きく出たな! やってみるといい!」


 ディオネスのその言葉を皮切りに、僕は思い切り踏み込み叫んだ……!


「さあ、喰らえ! ハチベエ師匠直伝! 六腕流奥義! 『六腕四八手』!」

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