第7話 魔法の練習
目が覚めると、ルーシアがボロ椅子に座ったままじっと僕の顔を見ていた。
「……」
「……」
しばらく見つめ合う僕とルーシア。
やがて、どちらからともなく口を開く。
「おはよう。ルーシア」
「おはようクロ。といっても、もうお昼だけれど」
「ああそう……」
僕はゆっくりとベッドから起き上がる。
その間も、終始ルーシアの視線が僕に向けられていた。
「なんだよ。じっと見てきて。僕の顔になにか付いてるのか?」
「別に。お前が眠っている間暇だったから、暇で暇で仕方なかったから、お前の寝顔を見ていただけよ」
「面白いのかそれ」
「面白いわ」
ルーシアは「ふふん」と機嫌よさそうに鼻を鳴らし、組んでいた足を組み替えた。
まあ、昨晩あれだけ大好きなプリンを食べさせたのだ。
これで機嫌が良くなかったら、とんでもない骨折り損である。
「さあ、クロ。ご飯の準備をなさい。お腹が減ったのだわ」
「起きたばっかりなんだが」
「だから?」
「せめて顔を洗わせてくれ」
「ならさっさとするのだわ」
機嫌がいいのは喜ばしいが、これはこれで面倒くさかった。
俺は井戸水で手早く顔を洗い、テキパキと朝食――もとい昼食を作る。
品目はチャーハンだ。
それから昼食が一緒に取り終えて食器を洗っていると、ボロ椅子に座って食後の緑茶を飲んでいたルーシアが口を開いた。
「クロ。魔法の練習をなさい」
「なんだ藪から棒に」
「前々から思っていたのよ。お前は器用だし、魔法を勉強すればそれなりにいい魔法使いになれそうじゃない」
「無茶言うなよ。僕には魔力がないんだから」
「魔法は魔力なければ使えない――けれどお前、魔力がまったくないわけではないでしょう?」
ルーシアの言う通り、魔力がまったくないわけではない。
しかし、それは微々たるもので魔力があるというにはお粗末すぎた。
「いいよ僕は。魔法なんて覚えなくても」
「いいえ、覚えなさい。この私が直々に魔法を教えてあげるから。覚えなさい」
「ルーシアが教えるのか?」
「ええ、もちろん」
僕は目を瞬いた。
ルーシアが他人になにかを与えるというのは珍しい。
はて、どういう風の吹き回しだろうか。
「じゃあまあ……どうせ拒否権なんかないし、初心者向けの魔法でも教えてもらおうかな」
「そう。ならお皿を洗い終わったら外にいらっしゃい。十秒だけ待ってあげるわ」
ルーシアはそう言いながら、玄関から外へ出て行く。
「十秒って……」
僕は皿洗いを中断し、慌てて外に出た。
※
「さて、まず魔法というのは魔力がなければ使えないわ」
「さっき聞いた」
僕はルーシアの前で正座させられていた。
いわゆる、学び舎の体裁を取りたかったのだろう。
はたから見れば、先生と生徒に――いや、見えねえなこれ。
「なあ、ルーシア」
「先生と呼びなさいって言わなかったかしら」
「……先生」
「誰が口を開いていいと言ったかしら?」
「……」
「ふふ」
楽しそうだぁ。
ルーシアは僕の周りをグルグルと歩きながら、魔法のレクチャーを続ける。
「魔力は私たちの体の中にあるわ。空気にもあるわ。草花や木にも。あと、地面とか……とにかく、魔力は万物の中に必ず存在する物質の構成要素と覚えておきなさい」
「使う場面がなさそうな知識だよなぁ」
「黙らっしゃい。説明を続けてあげるわ……魔法は魔力をエネルギーに事象を改変する行為よ。私クラスなら天候を操れるわ。お前レベルだと、生卵を茹で卵にするくらいはできるわ」
「便利だな」
「早速、実践するわよ」
「もう実践なのかぁ」
「魔法に必要なことは御託より慣れよ」
僕はルーシアに促されるまま立ち上がる。
さてはて、これから生卵を茹で卵に変える魔法を教えてもらえるのかなと期待していると――。
「それじゃあ、まずは世界を破滅させる禁忌魔法の練習をするわ」
「待て」
「なにかしら」
「なにかしらじゃねぇよ。なんでお前、そんなお手軽気分で世界破滅させようとしてんだよ」
「私は悪くないわ。弱い世界が悪いの」
なんだそのパワーワード。
ルーシアの顔は、まるで「当然でしょう?」とでも言いたげだった。
さすが、世界最強の魔王の娘。
サラッと世界を滅亡させようとするとは……ちょっと頭がおかしい。
「ったく、そんな物騒な魔法を誰が教えたんだか」
「お父様よ」
「魔王っ!」
娘の教育はちゃんとやれよ!
「さあ、始めるわよ。まず、敵をぶっ殺したいなら雷魔法がいいわ」
「そんな物騒な魔法は教えなくていい」
「何を言っているの? それじゃあ敵をぶっ殺せないじゃない」
「……」
僕はそんなことをのたまうルーシアを半眼で睨んだ。
「……お前みたいなやつがいるから、世の中から戦争ってなくならないんだろうなぁ」
「逆よ。みんな私みたいになれば、戦争はなくなるわ」
「その絵面は世紀末すぎるだろ」
会う人間みんなが、「敵、ぶっ殺す」とか言っていたら怖すぎて外を歩けない。
ルーシアと協議した結果、僕はルーシアから風魔法を教えてもらうことになった。
「風魔法が使えたら、洗濯物が早く乾きそうだからな」
「あら、国を壊滅させるハリケーンを生み出す魔法じゃないの?」
「誰も頼んでねえよ」
そんなこんなでルーシアは、僕に魔法を教えるのだが――案の定というべきか、ルーシアは人に物を教えるのが下手だった。
「いい? ギュッとやってバーンよ」
「こうか?」
「違うわ。この下手くそ」
「お前にだけは言われたくない」
ギュッとやってバーンってなんだよ。
言われた通り、ギュッとやってバーンとしてみても、風はうんともすんとも巻き起こらない。
なんども繰り返すが、やっぱり風は巻き起こらない。
ルーシアは見かねて、「はあ……」と盛大なため息を吐いた。
おい、まるで僕だけが悪いみたいなため息を吐くな。
お前の教え方にも問題があるんだからな。
「まったくお前は……こうやるのよ」
と、ルーシアは僕の背中に回ると、文字通り手取り足取り魔法の使い方を教えようと体を密着させてきた。
むにゅっ。
「おい、胸が当たってるぞ」
「そんなことはどうでもいいから集中なさい」
「よくねえだろ」
「いいから集中なさい。でないと、ギロチンよ」
「理不尽すぎる」
まあ、胸の感触を味わいながらというのも別に悪いわけじゃないし?
うん、まあ本人が別にいいならこのままでいいいかぁ。
別に僕がこのままがいいだなんて一ミリも考えていない。
なんて見え透いた言い訳を自分にしながら、魔法の練習に集中した折――空からなにかが降ってきた。
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