第6話 子供はコウノトリが……云々

 ゼディスさんを見送った後のこと。

 僕はご機嫌ナナメなルーシアのご機嫌をとるために早速プリンを作り始めた。


 ルーシアは僕がプリンを作っている様をお気に入りのボロ椅子に座って、鼻歌まじりに眺めている。


「ふふ、プリン。クロ、プリンよ。プリンはまだかしら?」

「作り始めたばっかりだよ」


「ふふ、クロ、プリンよ。楽しみだわ。私、プリンが好きなの」

「知ってる」


 生クリームとカラメルソースがたっぷりかかった、とても甘いプリンが好きなのはよく知っている。


「今日はチェリーも乗せなさい」


 まさかの追加注文である。


「チェリーはないよ。諦めろ」

「あら、そう。相変わらず使えない従僕ね。いえ奴隷ね」

「居候させてあげている幼馴染によくそんな心ないことを言えるよな。お前」


 一周回って尊敬できる気がしたけれど、気がしただけであった。

 僕はルーシアと会話しながら、プリン作りに必要な卵、砂糖、牛乳などの材料を準備。


 ちなみに、ゼディスさんには「作るのが面倒」と答えたが、プリンを作ることそのものは簡単である。


 むしろ、プリン作り、手作りスイーツ初心者向けまである。

では、なにが面倒なのかというと――それは追々分かることであるため今は割愛。


「ねえ、クロ。プリンはまだかしら」

「まだだな」

「そう」


 プリンが楽しみみたいで、ルーシアはなんども同じ質問を繰り返す。

 少しはじっととしていられないのだろうか。


「そういえばクロ」

「今度はなんだ」

「さっきお前が外に出ている間、暇だったから家の中を調べさせてもらったわ」


「なんでだよ」

「さっき言ったでしょ? 暇だったのよ。それで、ベッドの下からこんなものを見つけたのだけれど」


 というので、僕はプリンを作りながらルーシアの方に振り向き、「げっ」と頬を引きつらせた。


「お、お前っ……それは⁉︎」


 ベッドの下に隠していた秘蔵コレクションじゃないか!


 魔王が大陸のほとんどを統一したことで戦争が終わり、魔法が発達したわけだが……その中でも革命的だったのは印刷技術だった。

 おかげで、高価だった本の類いは一般家庭にも普及し、僕みたいな庶民でも簡単に入手できる代物となった。


 ルーシアがベッドの下から見つけたものというのは、その印刷技術で大量に出回っている――いわゆる十八禁な本であった。

 魔族国が誇る魅力的なサキュバスさんとかエルフさんたちのムフフな姿が描かれた本である。


「これはなに? 女が裸で写っているけれど」


 ルーシアはどうやら手に取った本がどういったものか分からないらしい。

 この女、箱入り娘だからなぁ。


 ルーシアは昔から、この手の話題に無知だった。

 だから、僕はしらばっくれることにした。


「それは勉学のための本だ」

「ふーん? なんの?」

「女体の」


「それを勉強してどんな意味があるの?」

「女性の体を勉強して……あれだ。将来ルーシアの役に立つんじゃないかなと」


 適当なことを言った。

 しかし、ルーシアは僕を疑うことなく、「そうなの」と嬉しそうに笑う。


「私のためなのね。偉いわクロ」

「あ、ありがとう……」

「けれど、それなら私の裸を直接見た方が、より私のために尽くせるのではなくて?」


 などと言って、ルーシアがドレスを脱ごうとしたので僕はスッと目を細めた。


「やめろ。お前、僕の目の前で全裸になってみろ。胸を揉むぞ」

「揉むの? マッサージかしら?」


 この女……!


 子供がどう生まれるのかと尋ねれば、コウノトリが運んでくるだの、キスしたらできちゃうだののたまうような輩だ。

 今まで性知識を教えられてこなかったから、そういう常識がやや欠落しているのだ。


「はあ……もういいだろ。この話題は」

「脱いだわ」

「聞けよ!」


 本当に脱ぎやがったこの女。



 プリンができあがると、ルーシアの機嫌がすこぶるよくなったのだが……。


「クロ。おかわり」


 と、なんどもおかわりを要求。

 余分に作っておいても足りなくなるくらい要求され、僕はなんどもプリンを作らされるハメになった。


 プリン一つと言っても、ルーシアはそれで満足してくれない。

 だから、僕はプリンを作りたくなかったのだ。

 そんなこんなで、ルーシアのアンコールに答えた末、僕が床に入ったのは夜が明けた頃だった。


 僕が眠気で意識朦朧としたままベッドに入った時、ルーシアは相変わらずボロ椅子に座っておいしそうにプリンを食べていた。


「クロ。おやすみなさい」


 そう言って、彼女は僕に微笑みかけた。

 ルーシア・トワイライト・ロードは眠らない。


 否、眠れない。

 眠ることを知らない。

 眠りを知らない。


 だから、僕が眠っている間、ルーシアは一人だ。

 それが僕にとってどうしようもなくもどかしく、同時に心苦しかった。

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