第5話 激昂する幼馴染
僕は、とにかくルーシアを静めなきゃと口を開きかけたところでゼディスさんに首根っこを掴まれ、そのまま宙に特大ジャンプ。
刹那――僕とゼディスさんがさっきまで立っていた地面に稲光が走り、巨大なクレーターが生まれた。
「ちょっ。お、お嬢様容赦なさすぎませんか⁉︎」
「まあルーシアですし」
「なんとかしてくれません!?」
「あーなったら無理ですね」
「そんなぁ。 きゃっ⁉︎」
ルーシアは宙にいる僕たちに向かって落雷――ゼディスさんは短い悲鳴とともに、魔力で障壁を展開するも凄まじいエネルギーを前に押し飛ばされてしまう。
そして、僕とゼディスさんは揉み合いながら地面に墜落。
幸いゼディスさんが僕の下敷きになってくれたおかげで僕は無傷だった。
その代り、ゼディスさんは全身を強く打ちつけたためか、口から血を吐いている。
「どうも」
「い、いえ……ごふっ……あぁ……死んじゃいそう」
「魔王秘書がなに言ってんすか」
「むしろ、魔王秘書の私が死にそうなんですよ。虎の尾なんか踏むんじゃなかったです」
「虎の尾って」
僕からすると、虎の尾というより龍の逆鱗に触れたみたいな感覚だ。
そんな会話をしていると、再び上空から閃光――ゼディスさんが僕を守って魔力障壁を展開。
おかげで、またもや僕は無傷だった。
しかし、ゼディスさんの方は落雷のエネルギーを吸収できなかったみたいで、皮膚が一部吹き飛ばされていた。
「大丈夫ですか?」
「めちゃくちゃ痛いですっ!」
「あいつ、僕ごと殺そうとしてませんかね」
「お嬢様の思考を読むなら、誰かに殺されるくらいならいっそのこと――という感じでしょうか。これもまあ、お嬢様なりの愛情表現なのでしょうねぇ」
そんな愛情はいらない。
「はあ……せめて死ぬ前に、クロ様と一発やりたいです」
「もちろんお断りします」
「ちょっと待ちなさい」
と、僕とゼディスさんの会話にルーシアが割って入る。
「今どさくさに紛れて、私のクロを誘惑したわね……? 雷で死ぬだけじゃすませないわ……指の爪を一枚一枚、丁寧に剥がして……えーっと、そうね……ぶっ殺すわ」
爪を剥がすくらいしか思いつかなかったらしい。
僕は半眼でルーシアを眺めつつ、「やれやれ」と立ち上がる。
ゼディスさんはダメージで動けないみたいで、今も僕の足もとで死を覚悟して目を瞑っている。
そんなゼディスさんを尻目に、憤怒に身を任せるルーシアに目を向けた。
「なあ、ルーシア。話し合おう」
「いやよ。お前を殺してゼディスも殺すわ」
「そういう時は、お前を殺して私も死ぬ。なんだけどな」
「私は死なないわ。不死身だもの」
「そうでしたね。相変わらず規格外なやつめ」
なんで僕はこんな突飛なやつと幼馴染なんだろなぁ。
「ほら、ゼディスさんももうボロボロだし。話し合おう」
「殺すまで満足できないわ」
「シリアルキラーかよ」
「いいからそこを退きなさいクロ。三秒以内に退かないなら、お前ごと落雷で消炭にするわ」
ルーシアはそう言って、ゆっくりとカウントダウンを始める。
こうなれば奥の手でも使うか……。
僕は拳を握りぽつりと呟いた。
「プリンだ」
瞬間――カウントダウンが止まった。
「……プリン?」
「ああ、プリンだ。プリン一つ」
「ぷ、プリン一つ……ゴクリ」
ルーシアはわなわなと肩を震わせながら、僕の言葉を復唱。
生唾を呑み込み、食い入るように僕を見つめる。
「プリン一つで、ゼディスさんを見逃せ。あと、ついでに僕も。でないと、僕はプリンを作れないし作らない」
「……」
しばらく、僕とルーシアの間に沈黙が続く。
やがて、雷鳴轟く雷雲は綺麗に消え去り、ルーシアはなにも言わず踵を返した。
「なにをしているのクロ。早くプリンを作りなさい。プリンよクロ。デミグラスソースをたっぷりかけてね」
「カラメルソースな」
「そうとも言うわね」
なんて言いながら、ルーシアは家の中へと戻って行った。
屋外に残された僕は、「ひゅーひゅー」と死にそうな呼吸をしているゼディスさんのもとに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「一応……というか、最初からプリンで解決できたのではないですかぁ?」
「残念ですけどこれ最終手段なんで」
「なぜです?」
僕はゼディスさんの問いかけに対して、少しだけ間を置いてから答えた。
「作るのが面倒なんで」
「……」
ゼディスさんが無言で泣き出した。
※
数分後、自分で自分に回復魔法をかけたゼディスさん。
「それではご迷惑おかけいたしました……」
「本当ですよ。あとで慰謝料を要求します」
「はあ……本当にお嬢様のことどうしましょう。連れ戻そうにも、あれだけ嫌がられると、もうどうしようもないのですが。やっぱり、協力とかしてくれたりとか……」
「期待の眼差しを向けられても無理ですよ。概ね、僕はあいつの味方なんで」
「さ、さっきは私に便乗していましたよねえ⁉︎」
「あれは不可抗力です。とにかく、僕は協力しませんからね?」
「そ、そんな〜」
ゼディスさんは涙目で肩を落とした。
僕だって協力したいのはやまやまだが、ルーシアを裏切るというのはちょっとできない。
「……分かりました。クロ様の協力は諦めましょう」
「そうですか。それはよかった」
「となると、問題はどうやってお嬢様を連れ戻すかなんですよねぇ。もう私の手に負えないですし、誰かに丸投げしようかなぁ。具体的には、ディオネスあたりに」
「げっ」
僕はその名前を聞いて頬を引きつらせた。
ゼディスさんは僕の反応を見るや、
「あー……そういえば、クロ様。ディオネスが苦手でしたね」
「ええ、まあ」
ディオネス・メイデン。
魔王軍幹部の一人にして魔王軍最強の女だ。
その実力は、世界最強の魔王であっても下手をすれば殺されかねないほどであり、ディオネスであれば無理矢理ルーシアを連れ帰ることもできなくもないかもしれない。
そして、そんなディオネスと僕は仲が悪かった。
「僕がディオネスを苦手にしているというより、ディオネスが僕のことを嫌っているというか」
「ディオネスもクロ様が嫌いというわけではありませんよ? ただまあ……ディオネスは基本的に弱い者が嫌いなので」
「知ってますよ。よくディオネスから言われますからね。『貴様の弱さに甘んじているところが許せない』って」
ディオネスは戦闘民族の娘で昔から強さを求めて育てられてきた。
そんな境遇だからか、僕みたいな弱いままで強さを得るための努力をしない者が嫌いらしい。
「ディオネスかぁ。いやだなぁ」
次に我が家を襲撃してくる相手を想い、僕は深いため息を吐いた。
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