幼馴染と出会いの話

第9話 度胸と昔話

 結果から言ってしまうと僕の圧勝だった。


「私は絶対に屈し……くひいいいい⁉︎」

「ふはは! この奥義を受けてまだ抵抗するなんてなぁ! だが、無理はするもんじゃないぞ! もう足腰ガタガタじゃないか!」


 嫌がるディオネスに僕は無理矢理極上の快楽を与えた。

 そう言うと、とんでもなくいやらしいことをしている気分になってしまう。

 しかし、僕がやっていることと言えばただのマッサージである。


「そ、そこは……だ、だめええ……!」


 こんな感じで僕の奥義によって腰が抜けてしまったディオネスは、


「お、覚えておけ~!」


 なんていかにも三下が吐く捨て台詞を残して去って行ってしまった。


「あの調子だとまた来るな……」


 どうせなら僕が勝ったら金輪際来るなという条件にすればよかった。

 とはいえ、過ぎたことをクヨクヨしていても仕方がない。

 僕は踵を返して、ルーシアと家に戻ろうと、


「ん?」


 ふと、ルーシアを見るとなにやら頬を朱色に染めてもじもじとしていた。

 普段、女王様なルーシアにしては可愛らしいというからしくない仕草である。


「どうかしたのか?」

「え……い、いえ、なんでもないわ! それよりクロ! わ、私にも……その……奥義とやらをしなさい!」

「え」


 思わぬ命令に僕は思考を停止させた。


「いや、なんで?」

「べ、別に……ディオネスが気持ち良さそうだったから、興味が湧いたとか……そんなこと全然思ってないわ!」


 思ってないのかよ。


 閑話休題。

 さて、ディオネスが逃げ帰った後、僕とルーシアは家に入り、各々自由に時間を過ごしていた。

 僕は残っていた食器を洗い洗濯物を干して家事をこなす。

 ルーシアはそれをじっと眺めながら湯呑みで緑茶を飲んでいた。


「手伝ってくれないか」

「なにを?」

「家事を」


 暇そうにしていた居候にそう言うと、「ちっ」と舌打ちされた。

 なんだこの居候。態度悪いな。


「お前、この私が誰か忘れたの? 魔王の娘よ?」

「家出してきたんだろ? 今は魔王の娘じゃなくて家出娘だよ。そして、居候娘だ。百歩譲って幼馴染のよしみで家に泊めさせてやるけれど、せめてなにか手伝え」

「よくこの私に雑用をしろと命令できるわね。相変わらず度胸だけはあるのね」


 まるで、度胸以外はなにもないみたいな言われ方だった。

 僕は雑巾をキッチンで濡らしてしぼり、床を綺麗に拭きながらルーシアに恨みがましい目を向ける。


「ディオネスにもよく言われるな。度胸はあるって。ただ、度胸があるって褒められてる気がしないんだよなぁ」

「あら、私は最高の褒め言葉として使っているけれど」


「そうなのか?」

「ええ。お前に度胸がなければ、この私とこんな風に会話なんてできなかったでしょ」


 僕は床を拭き拭きしながら、そうだろうかと首を傾げた。

 ルーシアの方を見ると、ちょうど脚を組み変えたタイミングだったみたいで、チラッとスカートの中が見えた。


「くろ……」

「なぜ自分の名前を呼んだの?」

「おっと、なんでも」


 ルーシアには人並みの恥じらいがない。

 下着を見られたくらいでは気に留めないわけだが、紳士的でありたい僕としては少しでもそういう事実は隠しておきたい。


 だから、僕はチラチラとルーシアにバレないよう彼女のスカートの中を盗み見た。

 くっ……見えそうで……見えない!


「ま、まあ……僕に度胸があったから、お前と幼馴染なんてできているのかもしれないな。自分じゃ実感湧かないけど」

「ふふ。そうね。度胸ね……ねえ、お前は覚えていて? 私とお前が出会った頃のこと」


「ん? えっと……お前と会ったのって十年以上も前だよな。なにがあって、遭って、会ったのかは覚えてるけど。詳しくはちょっと……」

「薄情者……」


 スッとルーシアの目が細くなった。明らかに機嫌を損ねた。


「いや、待て。ちゃんと思い出せば思い出せる」

「思い出すのだから、思い出せるでしょ。なにを当たり前なことを言っているの? ギロチンが必要かしら?」

「ギロチンが必要となる場面は一生来ねえよ」


 しかし、俺とルーシアの出会いか。別に、回想するようなことがあったわけでもないのだが……えっと……。


「ああ、そうそう。お前が、迷子になっていたところを僕が助けてやったんだ」

「私が迷子? 記憶の改竄はやめなさい。証拠でもあるの?」

「だってお前、方向音痴じゃん」


 僕は半眼でルーシアを見ながら言ってやった。

 こいつは筋金入りの方向音痴だ。

 僕の家に来るのだっていつも転移魔法を使って来ているのだ。


 歩いて来ていたら下町の郊外にある僕の家に来る前に、迷子になっているはずだ。

 それを言うと、ルーシアは「違うわ」と反論してきたため僕は、「はいはい」と適当に流す。


「それでその後は、お前を魔王城に連れ帰ろうとして……」


 そう、そこで僕とルーシアはケルベロスの尾を踏んでしまったのだ。

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