閑話01 おしゃれ
「シェア、その髪の毛キレイにカットしてもらおうよ」
「え?」
ローズマリーがシェアに向けてそんな提案をする。ボサボサになっているシェアの頭を指さして、髪の毛をキレイに整えてもらおう、と。
「シェアは、もっとちゃんとした格好を意識した方が良いよ。絶対!」
「え、でも。今まで、あんまりおしゃれとか、その、可愛い格好とか意識したことはなくって……あの、私なんかが……」
今まで勇者パーティーの補佐という仕事に集中していて、女性らしい事をしてこなかったシェア。頭はボサボサだし、身嗜みも気遣ってこなかった。
今まで気にしていなかった部分を指摘されて、シェアは急に恥ずかしくなって顔を赤らめた。目の前に居るローズマリーがしっかりと可愛らしい格好をしていたから。
ローズマリーは冒険者として活動していた頃から常に、身嗜みに気を遣っていた。だからこそ親しくなったシェアにも、ちゃんとした女性らしい格好をした方がいいと思って指摘した。
顔を赤くしたシェアの様子を見ても遠慮せずに、ローズマリーはシェアにおしゃれしようと誘うのを止めない。
「きっと可愛くなれるよ。このダンジョンにいる他の皆だって、ファッションを気にしてるんだから」
「え? モンスターの皆も、ファッションなんか気にするの?」
「もちろん! むしろ、街にいる女性よりもおしゃれに敏感なんだから」
「そうだったのね……」
そう言われて、思い返すと確かに可愛らしい格好をしていたとシェアは納得する。人間である自分が、今までまったく気にしていなかったのに。
しかし、まだ躊躇してしまう。
「その、今まで私は仕事ばかりだったから。知識とか、全然ないから無理かも」
「大丈夫。私も、ラナさんに教えてもらって学んでいる途中だから」
「ラナさん? って、あのラミアのラナさん?」
「そうそう。このダンジョンで、一番おしゃれに詳しいのはあの人なんだよ」
「へー、そうなのね」
ダンジョン内で生活するようになってから、まだ間もないシェアはラミア種のラナとの接点は今までになかった。顔を合わせたことがあり、会話をしたことがなくて、どういうモンスターなのかアランから簡単な説明を聞いているぐらい。
「これから、一緒にラナさんの所へ行ってみよう?」
「いまから?」
「もちろん、いまからだよ」
「後日、改めて。準備を整えてから行くってのは」
「ダメダメ、すぐに行こうよ。ラナさんは、ヘアカットもしてくれるからね。今日、ちゃんと可愛くなろう」
「う、うぅ……」
そう言って、ローズマリーはシェアの腕を引っ張って、半ば無理矢理ラナの元へと連れて行くことにした。
***
「ラナさん!」
「あら、ローズマリー。そして、そちらはシェアさんね」
「ど、どうも、はじめまして」
ダンジョン周辺の監視を終えて戻ってきたラナと、ちょうど出会えたローズマリーが挨拶をする。シェアは、はじめましてと丁寧に頭を下げた。
「どうしたの?」
「シェアの髪を綺麗にしてもらいたくて来たんだ」
挨拶だけ済ませて口を閉じているシェアに代わって、ローズマリーがラナに会いに来た用件を伝える。話を聞いて、シェアの頭に視線を向けるラナ。
「う」
ジロジロ見られて、シェアは恥ずかしくなる。
「わかった。任せて頂戴」
「よかったね! シェア」
「あ、いや、その……私は」
「実は、私も気になってたのよね」
「そうですよね! どうしたら、可愛くなるかな」
まだ躊躇しているシェアに対して、彼女の格好を今よりもキレイにしてあげようと真剣な目で、髪型を考えるラナとローズマリー。
それから、シェアとローズマリーの2人はラナの住処に案内された。
そこに、化粧道具やヘアカットに使う道具。モンスターの手で作られた洋服などが沢山用意されていた。これらを使って、シェアを女性としておしゃれにしてあげようと、ラナとローズマリーの2人は奮起した。
「シェアさんは、どんな感じにしたいの?」
「よ、よく分からないのでおまかせします」
「やっぱり、可愛くしようよ」
女3人で話し合う。主に、ラナとローズマリーだが。
本人がおまかせと言うので、早速ラナがハサミで髪の毛をカットしていく。実は、モンスターの素材を使って作られた特製のハサミで、切った髪にダメージを与えないという優れもの。
慣れた手付きで、ラナはシェアの髪をカットしていく。すぐに、ヘアカットは完了した。
「髪型は、こんな感じでどう?」
「すっごく可愛くなったよ、シェア」
「これが、私?」
今まで、目元まで隠れるようなボサボサ頭だった髪の毛をラナがカットし整えて、目がしっかりと見えるようになり、短くキレイなヘアースタイルに変わった。
ソレだけで、シェアの見た目の印象が大きく変わっていた。鏡に反射する自分の顔が、別人のようだと感じるぐらいに。
「ちょっと化粧もしてみよう」
「え、あ、ちょっと」
「任せて、任せて」
ヘアカットだけで終わらず、ラナとローズマリーの2人に生まれてはじめての化粧を施される。
「いいねぇ」
「すごく可愛くなったね」
「あ、ありがとうございます」
初めての経験に疲労困憊のシェアだった。しかし、ラナとローズマリーはまだまだ止まらなかった。
「せっかくだから、服もちゃんとした物を」
「いいですね、ラナさん! よかったね、シェア」
「い、いや、もう私は疲れたわ……」
泣き言も無視されて、服を着替えさせられるシェア。全て終わる頃には別人のようにシェアの姿は変化していた。
「はい、完了」
「完璧だ、前に比べて何倍も可愛くなったよ」
「ぅ、ぁ、ありがとうございます」
完成したシェアを満足気に見るラナと、友人が可愛くなって喜ぶローズマリー。
ラナが用意した何十着もの服を着替えさせられたので、更に疲労したシェアが何とかお礼だけ言う。
「ありがとうございました、ラナさん」
「どういたしまして。また、いつでも来なさい」
「う、ありがとうございました」
満足顔のラナとローズマリー。
そして、疲れた表情を浮かべるシェア。これだけ疲れるのなら、次回は遠慮したいと思っていた。
「どうだった? おしゃれは」
「しばらくは、いいかな」
ラナと別れて、ダンジョン内にある自宅に帰る道中でお喋りをする2人。
「えー? どうして?」
「疲れた」
一言で、今日の感想を述べるシェア。その時だった。
「ローズマリーとシェアか」
「あ」
「こんにちは、アラン」
仕事を終えて、戻ってきたアランと出会った。挨拶するローズマリーと、硬直するシェア。初めておしゃれした姿を見られ妙に気恥ずかしくて、なんと言えばいいのか困ったから。
「髪を切ったのか。可愛くなったね、シェア」
「!?」
アランにそう言われた瞬間、顔が熱くなったシェア。硬直は、まだ解けない。
「でしょう? ラナさんに手伝ってもらって、おしゃれにしてもらったんだ」
「なるほど。ラナに手伝ってもらったのか」
会話をするアランとローズマリー。2人の会話を眺めながら、会話に混ざらず側に黙ったまま立っているシェア。
「それじゃあ、僕は行くよ」
「バイバイ」
「……」
しばらく会話をしてから、アラン達は別れた。最後まで黙ったままのシェア。
「シェア、私達も帰ろう」
「そ、そうね」
ローズマリーに声を掛けられて、硬直が解けた。再び、ダンジョン内にある自宅に向かって帰るローズマリー達。アランと別れてから2人は、黙ったまま歩いていた。
しばらくして、ポツリと小声でシェアが呟いた。
「ローズマリー、ありがとう」
「え? どうしたのシェア」
「私もちょっと、おしゃれに興味が出てきたかも」
「それは良かった。またラナさんの所に行こうね」
「うん」
そして、2人は仲良く自宅へと帰っていった。
***
ちなみに後日、今までに見たことなかったシェアのおしゃれ姿を見たアルフレッドは、腰を抜かすほど驚いたという。
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