第30話 戦闘訓練

「ハアァッ!」


 あふれる闘志がこもったような声を発しながら、ローズマリーが目の前で棒立ちになっている幼女に向けて、容赦なく剣を振り下ろす。


「ほう」


 その振り下ろされた剣を軽く躱しながら、嬉しそうな声を上げるのはアズーラ。


「そのレベルで、なかなか上手に振るうじゃないか」

「これでも、レベル100は超えているんで強い、って自信はあるんですけど」


 攻撃を躱されると即座に距離をとってから、会話するローズマリー。彼女の表情は暗かった。どうやら、剣を軽く躱された事にショックを受けているようだ。


「褒めておるぞ。レベルはまだ低いようだが、そのステータスで振るった剣にしてはよくやると」

「聞いていいですか?」


 アズーラからの評価に耳を傾けて、質問するローズマリー。


「なんじゃ?」


「アズーラさんのレベルは、幾つですか?」

「だいたい、レベル8000ぐらいじゃ」


 自称レベル8000超えのアズーラ対レベル122のローズマリー。数値の上ではアズーラが考えるまでもなく圧倒的だった。文字通り、桁が違う。


「……聞かない方が、よかったですね」


 ローズマリーの額に、タラリと冷や汗が流れる。


「安心せい。殺しはせぬよ」

「信じます。では改めて、よろしくお願いします!」


 真剣な眼差し。目に力が入っているのが分かる。そんな視線でアズーラを見つめる

ローズマリー。


 2人は、ダンジョンの最深部で戦闘訓練を行っていた。アズーラが鍛えてやろうと提案して、ローズマリーが提案を受け入れたから。どちらも、実力を試してやろうかというような気持ちだったのだろう。ローズマリーは、すぐに実力に差があることを思い知り、レベルでも圧倒的に負けていると知った。


 それでも、挑もうという気持ちは失っていなかったローズマリー。


「限界まで、ペースを上げてみます!」

「よいのぉ」


 足で地面を蹴り、一気にトップスピードでアズーラに向かって突っ込んでいくと、先ほどとは段違いの速さで剣を振るうローズマリー。手数で勝負をするつもりのようだった。


 でも、あれではスタミナが持たないだろう。すぐにバテる。短期決戦だ。


「ふっ」

「……ごほっ」


 ローズマリーの攻撃の合間を縫って、アズーラが軽く息を吐いて拳を前に出した。彼女の拳を一発だけ腹に軽く、ちょんという感じで受けた瞬間、ローズマリーの体は吹き飛んでいた。土埃を上げて、地面をゴロゴロと転がっていく。


「ちょっと、撃たれ弱いのう」

「……ふっ、ふー、す、すみません」


 まだ、意識は失っていない。ローズマリーは上手く防御して、戦闘不能になるほどの怪我は負わなかったようだ。戦いは続行できる。だが、当たりどころが悪ければ、一撃で動けなくなるだろう。


「まだやれるか?」

「まだやれます!」


 アズーラの問いかけに対して、即答して気力で立ち上がる。構える剣が震えているが、それでもまだ戦う気持ちは失われていないようだった。


 そして2人は、しばらくの間、戦闘訓練を続けていた。余裕で対応するアズーラに対して、必死で何とか喰らいつこうとするローズマリー。傍から見てみると、僕の時の戦闘訓練はこんな感じで泥臭く、必死に立ち向かって見えているのだろう、という事がよく分かった。




 しばらく続いたローズマリーの攻撃と、アズーラの回避。一度も剣の刃が肌に接触することは無かった。


「ほい」

「あぅ!?」


 最後は、その一撃で勝負は決まった。再び腹に一撃を食らって、吹き飛ばされた。地面の上に転がるローズマリー。手に持っていた剣も衝撃によって放してしまって、明後日の方向に飛んでいった。遠くで、カンカンカンと金属の音が鳴る。


「メラルダ、彼女を回復してもらえるかのう」

「わかったよ!」


「うぅ、……こんなに、圧倒的、だなんて」


 ローズマリーは、地面に仰向けで転がりながら目に涙を溜めて、そんな事を呟いていた。レベル差があるとはいえ、もう少しだけ出来るという自信があったのだろう。それを見事に打ち砕かれてしまったみたいだ。


「回復するね」

「う、あ、ありがとう」


 メランダに声を掛けられて、ローズマリーは、手の甲でゴシゴシと涙を拭って返事した。その返事を聞いて、回復魔法をかける。


「どうぞ。楽になった?」

「ありがとう。痛みが無くなったよ」


 回復してくれたメランダにお礼を言って、寝転んでいた地面の上に手をついて座り直す。


「どうだった?」

「負けた。圧倒的だった」


 地面に座っているローズマリーの側に近寄って、僕は尋ねた。彼女の表情はやはり暗い。だが、彼女にとって朗報があった。


「レベルが上ってるね」

「うそッ!?」


 確認してみると、訓練を経てローズマリーのレベルが122から124に上がっていた。2レベルだが、確実に上昇している。


 僕の言葉を聞いて、ローズマリーが慌てて自分のレベルを確認する。表情が一気に明るくなっていた。


「ホントだ!」

「どうやらローズマリーさんも僕と同じように、戦闘訓練で経験値を得られるようになったみたいだ」


 でも、どうしてなのだろうか。


「なんで?」

「分からない。前に、僕が教えたように戦闘訓練してみて経験値が得られるかどうか試したんだよね?」


 先ほども一度聞いたが、以前に野生のモンスターと訓練をしてみたけれど経験値は得られなかったと言っていた。


「試したよ。その時は、ごく僅かしか経験値を得られなかった」

「今回は、本気で戦ったからなのかな? それとも、別の要因があるのかもしれないなぁ。でも、やっぱり理由は分からない」


 速攻で、僕と同じ特性を身に着けていたローズマリー。モンスターを倒さなくても経験値を得られるという特性。


「ありがとうございます! 私、強くなれるんですね!」


 戦闘の疲れも忘れて、飛び跳ね喜ぶローズマリー。僕は両手を握られ、ぶんぶんと上下に強く腕を振られたりして、感謝された。


 そうなった理由は分からないままだが、ローズマリーにとっては思うような結果を手に入れられたので、それで十分だったようだ。

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