第19話★ 慢心
そろそろ、潮時なのかもしれないな。冒険者ギルドが悪化していく状況を見ていたクエンテインは、そう思った。ギルドの収入はどんどん減っていき、注意深い人間は早くも冒険者ギルドから離れていっている。
自分も、そろそろ冒険者ギルドから離れようかとクエンテインは考えていた。言うことを聞いてくれるギルド長が居て、討伐依頼を受けてきた数がナンバーワンという評価される地位に居られる環境を捨てるのは惜しいけれども、これ以上この街にある冒険者ギルドに居続ける意味はなくなったから。
むしろ、早くここから離れなければギルド長が頼ってきて、面倒事に巻き込まれる可能性もある。アイツと一緒に沈むつもりはない。
まさか1人の冒険者をギルドから追い出しただけなのに、ここまでギルドの状況が一変するなんて、クエンテインも予想していなかった事態だ。
「今更言っても仕方がないが、愚かなギルド長め……」
ここまで早く状況が悪化していったのは、ギルド長に一因があるとクエンテインは考える。もう少し手の施しようがあっただろうに。
しかも彼は、最後の悪あがきとして報酬金を値上げした採取依頼を乱発していた。どうやら、これで離れていった冒険者を呼び戻そうという企みらしい。だがしかし、ギルド長の企みは失敗に終わるだろうとクエンテインは予想していた。
一時的には依頼を受けに、冒険者もギルドに戻ってくるだろう。けれど、報酬金が値下げされたら再び離れていくだけ。
そう予想するクエンテインは、依頼の報酬金が値上げされている今のうちに存分に稼がせてもらってから、この街を離れようという計画を立てた。
「ギルド長。最期まで有効活用させてもらうが、悪く思わないでくれよ」
***
「ルーヘン、今回も頼むよ」
「任せて下さい、クエンテインさん」
背中に大斧を背負った、ルーヘンという名前の見上げるほどの大男。彼の肩を叩きながら、お願いするクエンテイン。
彼は、討伐依頼を一緒にこなしてきた仲間の1人だった。身体の大きなルーヘンは見た目で他人を威圧する存在感があるので護衛や威嚇としても、クエンテインは日頃から彼を頼りにしていた。
「エルナも、よろしく」
「えぇ、よろしくね」
腰に下げた剣を片手で振って戦う、実力はそこそこのエレナという二十歳を過ぎた大人の女性。見た目が美人なので、クエンテインが愛人にしているというような関係だった。街の外に出るときにも、目の保養となるからと一緒に連れて行く存在。
「ダニー。遅れないよう、ついてくるように」
「は、はい! よ、よろしく、おねがいします! クエンテイン様」
4人パーティーの中では一番弱くて、立場も弱い臆病者の男性。クエンテインは、彼を戦闘要員としてではなくて、万が一の場合の身代わりとして毎回のように連れてきていた。戦闘で失敗した時には、彼を利用して逃げ切る為に。
クエンテインは過去にも何度か、そうやって生き残ってきた経験がある。4人目の仲間については何十人も変えていって、今はダニーを一緒に連れて行っている。
「皆も、今回はよろしくね」
「「「「「はい、よろしくおねがいします!」」」」」
いつもはこの4人で討伐依頼を遂行するのだけれど、今回は他にも10名もの新人冒険者を同行させる。合計14人の集団で、街の外へと向かう。
彼らには、ギルドでナンバーワンと呼ばれいてる先輩冒険者としての活動を見せるという名目で、荷物持ちをさせる為に一緒に連れて行く。
殺したモンスターの死体を街へ持ち帰り、素材としてギルドに納品して採取依頼を達成する。それで、現在値上げしている素材採取の報酬金を思う存分に受け取って、大金を稼ぐという計画だった。
クエンテインのパーティーだけでなく、腕に覚えのある冒険者の多くが同じように荷物持ちを雇ってモンスター狩りを行っていた。みんな、今が稼ぎ時だと張り切って冒険者の活動をしていた。
***
「なぁ、クエンテイン。こんなに弱っちいモンスターも、いちいち倒していく気なのかよ」
「もちろん。今回はレベル上げじゃなくて、素材採取が一番の目的だからね」
「なるほど。分かった」
大斧を振り下ろしてモンスターを殺しながら、仲間の1人であるルーヘンが文句を言う。あまりにもモンスターが弱くて、これでは十分な経験値を稼げないと。
しかし今回の目的は、レベル上げではなく素材採取だと反論するクエンテイン。彼の言葉に納得して、モンスター狩りに戻るルーヘン。
(それに、新人冒険者をいきなり強敵のいるエリアまで連れて行ったら危ないだろうから。ちょっとは耐えられるように、レベルを上げてもらわないと困るしな)
新人冒険者のレベル上げという目的もあって、弱いモンスターと戦って素材を回収していく。彼らには死なれたら色々と困るから。一応、彼らの安全も考えて行動していた。
万が一の場合になったら新人でも容赦なく見捨てて、逃げるつもり満々だったが。
「クエンテイン様!」
「どうした?」
「あ、あれ。何か変です」
「……変?」
ダニーが指をさす方向を確認すると、一匹のスライム型モンスターが地面を這っていた。確かに、通常の緑色と違うような気もする。だが光の加減で違って見えるだけだろう。臆病なダニーのことだから、見間違えておびえているだけ。
くだらない報告に苛立ちが募るが、なんとか抑え込んでスライム型のモンスターを始末する。近寄って、剣を振り上げて、力を込めて振り下ろす。この一撃で終わり。
「え?」
そう思った瞬間、なぜかクエンテインは地面の上に倒れていた。
「どうした!?」
「クエンテイン様!?」
「クエンテインッ!?」
「……ぁ」
聞こえてくる仲間たちからの声。クエンテインは、地面に倒れたまま返事をしようとするけれども、体が動かせなくなって声も出せなかった。
「キャー!?」「くそぉ!」「ぐっ!」「あ、ああ」
次第に暗くなっていく視界と、辺りから聞こえてくる新人冒険者達の悲鳴と何かにやられる声。事態を把握できずに、クエンテインは意識を失った。
『私の仲間をイジメたからだよ』
意識を失う直前、そんな言葉が聞こえてきた。聞き覚えのない女性の声だった。
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