第18話★ 見当違いの非難

「クソッ、クソクソクソッ!」


 ギルド長は、その報告を聞いて椅子から立ち上がると、直前まで座っていた椅子を蹴り上げて気を晴らそうとした。それでも、イライラした感情は抑えきれなかった。


「……」


 ギルド長に報告をした男は、テーブルを挟んで向かいの椅子に座ったまま。恐怖で縮こまり口を閉じて黙っていた。微動だにしないのは、下手な事を言ってギルド長の怒りがこちらに向かないようと、静かにしていた。


 部屋の中には、ギルド長と報告した男の2人だけ。怒って暴れて息切れを起こしたギルド長の呼吸音だけが、部屋の中で聞こえていた。しばらく、無言の状態が続く。


「それで?」

「え?」


「奴は、また街の外へ行ったのか?」

「は、はい。そのようです」


 ギルド長は落ち着きを取り戻すと、一ヶ月ぶりに街へと戻ってきたらしい奴と呼ぶ人物の動向について詳しく聞こうとした。けれども男はそれ以上、報告できるような情報を持ってはいなかった。


「……」


 黙ったまま腕を組み、何やら考え込むギルド長。


「奴は、ウチではなく商業ギルドに大量のモンスター素材を持ち込んだ」

「はい」


「それで商業ギルドから金を受け取り、そのお金で大量の食料を買い込んだ」

「そうです」


「それから再び、街の外へ出ていったと言うのだな」

「その通りです」


 もう一度、ギルド長は報告で聞いた内容を一つ一つ再確認していく。ただ、補足の情報があったので、男が慌てて付け加える。


「元冒険者のアランは、商業ギルドに大量のモンスター素材を持ち込んだようですが、まだまだ蓄えているようです」

「なるほど。残りは、どこに保管しているのか知っているか?」


「申し訳ありません。そこまでは分からないです。おそらく、街の外に保管しているようなのですが」

「チッ……」


 もしも保管している場所が分かったのならば、奴から強奪するという手段も考えたギルド長だった。残念ながら、保管場所は分からないので実行には移せない。


「奴め。冒険者ギルドを追放された腹いせに、我々の邪魔をする気のようだな」

「そのようですね」


 冒険者ギルドではなく、商業ギルドに大量の素材を持ち込み買い取らせた。それは自分たちへの当てつけだろう、とギルド長は考えていた。


「冒険者ギルドに所属させてやっていた頃の恩を忘れ、我々のギルドが大変な時だというのに、他ギルドの支援をするとは義理を欠いた行為だ」

「……その通りだと思います」


 いきなり除名という処分を突きつけて職を失わせた事を考えると、恨みを持たれてそれぐらいの報復をされたとしても仕方ないだろうと男は思う。そんな本心について語らず、ギルド長の意見に追従する。その通りです、と。


「しかし、どうするか……」


 冒険者ギルドの収入額が、日毎にどんどん減少している。しかも、商業ギルドには大量のモンスター素材を持ち込まれてしまった結果、大きな収入源の一つが潰されてしまった。以前の収益額にまで戻すのは、どう考えても困難だった


 更に悪いことに、冒険者ギルドの状況を知った冒険者達が、この街から他の場所に行ってしまい、受付嬢は他のギルドに移籍してしまった。


 冒険者ギルドから、徐々に人が離れていっている。

 お金もなくなり、人も居なくなっている状況。何とか手を打たなければならない。


(もしも、この状況が王都のギルド本部に知られたら……)


 更に状況が悪化して、冒険者ギルドが立ち行かくなったら噂を聞きつけ王都にあるギルド本部の調査が入るかもしれない。そんな事になったら、ギルドの収入から一部を抜き取って自分のモノにしていた悪事もバレてしまう。


 それだけでなく、ギルド長として冒険者ギルドを潰してしまった責任を取らされて罰せられる可能性もあった。


 なんとかしなければ、と必死に考えたギルド長は、ある妙案が浮かんだ。


「仕方ない。金を使って、問題を解決するしか方法はないか」


 以前、商業ギルドとの取引で問題が起こったときと同じように、私財を投じて無理やり解決するという方法。


 誰も受けたがらないという採取依頼の報酬金を値上げして、なんとしても冒険者達にモンスターの素材をギルドに持ち帰らせるように徹底させる。


 それから商業ギルドにモンスター素材が持ち込まれる前に、冒険者達が採取依頼で集めてきた素材を取引する。


 奴が、秘密裏に蓄えているという残りのモンスター素材を商業ギルドに持ち込んだ頃には、供給が既に十分になっている。そうすれば供給過多により、買い取り価格も大幅に下がることになるだろう。


 金の力を使って魅力的な依頼を用意して、離れた冒険者達をギルドに呼び戻せる。それから、邪魔をしようとしてきた奴を逆に痛い目に遭わせられる。そんな一石二鳥のような企みだった。


「早速、採取依頼の報酬金を3倍に値上げさせろ」

「はい。そのように手配します」


 こうしてギルド長の提案により、冒険者ギルドから出されている採取依頼の報酬金が値上げされると、多数の冒険者達が依頼を引き受けてモンスターを狩りに街の外へ出かけていった。


 しかし、このギルド長の企みが新たな混乱を生み出すことになる。

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