第13話★ 縁の下の力持ち

 商業ギルドとの取引に問題が発生していた件で、話し合いが行われてから数日後。


 新たな問題が発覚して、冒険者ギルドにある会議室に再び3人が集まっていた。

眉をひそめながら席に座っている、この上なく不機嫌な様子のギルド長。本当なら、これから休暇を取って愛人をはべらせながら別荘にでも遊びに行こうか、という予定もあったのに、わざわざ休みをキャンセルして仕事をしなければならなかったから。


 本来は仕事熱心ではないギルド長でも、そうせざるを得ないほどに冒険者ギルドの収益が大幅に減少していた。


「まさか、これ程とはな……」

「……」


 ギルド長が深い溜め息をついて、前回の件で報告があった時と同じ位置、目の前に座っている他ギルドと交渉を取り仕切っている担当者の男性をギロリと睨みつけた。視線を向けられた彼は、恐怖で黙りこくる。


「何とか出来ないのか」

「いえ、えっと、はい……方法は、その……」


 男性は歯切れの悪い答え方をする。彼に聞いても埒が明かないだろうと感じたのでギルド長は、横に座っている女性の方に視線を向けて、彼女に問いかける。


「何とか、出来ないのか?」

「無理だと思います」


 きっぱり無理だと答える受付嬢の女性。言われたギルド長も驚いて目を見開く。


「改めて調べてみた結果によりますと、アランさんが冒険者ギルドの約4割もの素材採取を担当してくれていたようです。彼の代わりを出来る人なんて居ませんよ」


 アランが冒険者ギルドに大量の素材を納品してくれていたお陰で、他ギルドと取引を行うことが出来ていた。彼が居なくなったせいで、今まで行えていた取引が不可能になっている事が発覚したのだった。


「たった1人で、それだけ結果を出せていたんだろう。ならば、人数を増やして補えばよいだろう」


「前回も言いましたが、そもそも素材採取の依頼を低報酬で受けてくれる冒険者は、彼以外には新人の冒険者ぐらいしか居ませんよ。新人に任せるのにも、難易度の高い任務は危険ですから受けさせることが出来ません。もっと高く報酬金を設定したなら誰か依頼を受けてくれるような人が現れるかもしれません。ただ、そうすると採算が取れなくなります」

「何故、そんなに依頼を受けるのを冒険者達は嫌がるのだ。そもそも、モンスターの素材なんて倒せば幾らでも手に入るだろう」


「っ!? ギルド長は、現場を離れてから随分と経って忘れてしまったようですから説明しますが、冒険者達の愚かな習慣が横行しているせいで誰も素材をギルドに持ち帰ってくれないからですよ」


 受付嬢のロレッタは、元冒険者でもあったギルド長へ冒険者の現状について丁寧に説明した。


 冒険者の誰もが、強くなることを目指してモンスターとの戦いを求めて、討伐依頼ばかり受けたがること。モンスターを倒して、レベルアップをして強くなりながら、報酬金を受け取る。そしてまた、次の討伐依頼を受ける。そんなループが、冒険者にとっての理想だった。


 だから誰も、積極的に素材採取の依頼を受けようとはしない。モンスターとの戦いが無いから。


 更に問題なのは、モンスターの死体を持ち帰って素材としてギルドに納品すると、本来よりも得られる経験値が少なくなって、レベルアップが遅れるという根拠のない噂が蔓延していた事。


 いつ誰が、そんな事を言いだしたのか分からないけれども、早くレベルアップするためにはモンスター素材の採取依頼には関わらないほうが良い、なんて言われていたから、早く金を稼ぎたいような新人の冒険者以外は依頼を受けてくれなかった。


 最近になって、アランが採取依頼を次々と達成して稼いでいる姿を他の冒険者達も目撃するようになってから、彼を真似して採取依頼を受けてくれる冒険者が少しずつ増えてきた。


 討伐依頼は受けずに、採取依頼だけをこなして稼いできたアラン。ちょっとずつ、冒険者ギルド内部の意識も変わってきていた。モンスター素材をギルドに持ち帰ってきてくれる冒険者が増えてきていた。


 冒険者ギルドにも大量の素材が集まって、他のギルドとの交渉も増えてきていた。収益も徐々に上がっていく。素材の取引が、冒険者ギルドの収入として大きくなっていった。


 いい方向へ向かっていたのに、アランを追放したことによって冒険者ギルド内は、昔の雰囲気に逆戻りしてしまった。何なら、昔よりも酷くなっていて誰も採取依頼を受けようとしなくなっていた。


 また皆が、強くなることを優先して経験値稼ぎのために討伐依頼ばかり受けるようになった。冒険者ギルドの収益は、大きく減った。


「だから、アランさんに戻ってきてもらえるようにお願いするしか、ギルドの収益を戻す方法はありません」

「ぐっ……」


 クエンテインに追放したと報告してしまった手前、アランに謝って冒険者ギルドに戻ってきてもらうなんて事は出来ない。そもそもギルド長は謝るというのが嫌だったから、ギルド長が変わらない限り冒険者ギルドにアランが戻ってくる可能性は、ゼロだった。


「他に、方法は? 何かあるはずだ」

「そうですね。なんとかして、商業ギルドと職人ギルドとで交渉できるように素材を集めないと。何かいい方法はないかな、ロレッタ」


 アランに謝りギルドに戻ってもらう、という方法は完全に無視する。そして、別の方法がないか必死に模索するギルド長と、言われるまま従い同じ様に考える担当者の男性。


「はぁ……、そうですね」


 プライドが邪魔をして謝ることができそうにないギルド長に、解決が非常に難しい問題を丸投げしてこようとする上司。二人の様子を見て、ロレッタは冒険者ギルドの受付嬢を早く辞めないとヤバそうだな、と強く感じていた。

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