第9話★ 出てきた僅かな影響

「なぜ、商業ギルドへの素材納品が遅れた?」

「も、申し訳ありません……」


 怒りと苛立ちを含んだようなギルド長の声が部屋の中に響く。言われた方の男性は顔を伏せて、頭を下げながら震える声で謝った。


 謝る彼の横には女性が声を潜め静かに座って、同じような動作でギルド長に向けて頭を下げている。部屋の中は、ピリピリとするような険悪なムードが漂っていた。


「私は、何故遅れたのか原因を聞いているんだ!」

「ひっ!?」


 テーブルをバンと音が鳴るほど強く叩いて、怒鳴り声で2人を叱責するギルド長。その剣幕に驚き、怒鳴られた男性は小さな悲鳴を上げる。彼は、商業ギルドとの取引を任されていた担当者だった。


「……それで、何故遅れたんだ」


 顔を怒りで真っ赤にして、怒鳴り続けて1時間も経っていた。これでは原因が何か聞き取ることが出来ないとギルド長はようやく気が付いて、落ち着いて話を聞こうともう一度問いかけてから、怒鳴りたくなる口を閉じてグッとこらえた。


 ギルド長の頬はピクピク動いて、怒っているのは見ていて明らかな状態だったが、ようやく話を聞く体勢になった。そして、担当者が恐る恐る口を開いて説明する。


「あ、う、こ、今回、納品のための素材が用意できませんでした」

「そんなバカな。今まで、何の問題もなく納品できていただろう? なぜ急に用意が出来なくなった」


 ギルド長の疑問に答えたのは、納品担当者の横に座っていた受付嬢である女性。


「あの低報酬では、依頼を受けるような人が居ませんでした」

「は? ならば、報酬金を上げればよかろう」


 納品するための商品が用意できなかった。商品は、冒険者に依頼を出して採取してきてもらう。冒険者ギルドが収益を出すための、業務の一つだった。


 今回初めて、商業ギルドから納品物に関する問い合わせが来た。納品期日が過ぎているのに、まだ商品を受け取れないのかと。そんな事態になっているとは知らずに、納期が過ぎてしまった事を謝罪させられ、プライドを傷つけられたと感じたギルド長は怒っていた。しかも、原因は冒険者が依頼を受けず、商品を用意できなかったからだという。


 冒険者に上手く依頼を受けさせて仕事をさせることが出来なかった受付嬢に問題があったと考えたギルド長は、責めるような目で受付嬢を睨みつける。


 しかし、受付嬢は反論した。


「もちろん報酬金は上げました。けれど報酬金を上げてみても、依頼を受けてくれる冒険者が居ませんでした。これ以上は、報酬金を値上げすると採算が取れなくなってしまいます」

「今まで、どうやって冒険者に依頼を受けさせていたんだ。納期に遅れず商業ギルドと取引していたんだ?」


「今までは、アランさんが依頼を引き受けてくれていました。彼が、低報酬で依頼を達成してくれていから、商業ギルドとの取引は問題なく成立していました」

「奴か……」


 思わぬ名前を聞いて、顔をしかめるギルド長。


「ならば新人冒険者向けの依頼として、報酬金と内容を組み直せばいい」

「それは無理です」


「何故だ?」

「新人の冒険者に、こんな依頼を受けさせるのは危険だからです」


「なんだと。奴が受けていた依頼なら」

「ギルド長は、何か勘違いしているようですが」


 受付嬢がギルド長の言葉を遮り、説明を続ける。


「アランさんは、実力のある一流の冒険者でした。もしかしたら、ギルド内で一番の実力者ではないかって噂もされていました。そんな彼だからこそ、面倒で危険な依頼なのに低報酬で引き受けてくれていました。他の冒険者では実力が足りなかったり、面倒がったり、そもそも採取の仕事だって聞くだけで拒否するような人ばかりです」



 実はアランにとって、この依頼の内容を達成するのは何も難しい事ではなかった。仲間の1人が採取してきてくれたモノを手渡すだけで完了できてしまうから、手間も何もなかった。その事実を知る者は、この場には居なかった。



 更に、受付嬢は感情を高ぶらせながら、前から気になっていた事についてギルド長に問いかける。


「なぜ彼のような、冒険者ギルドにとって大事な人が突然、除名処分を受けることになったんですか? 意味が分かりません」

「ちょ、ちょっと。ロレッタ。ギルド長に向かって、そんな言葉遣いは……」


「……」


 納品担当者に止められて、ムスッとした表情で黙り込む受付嬢。


「そんな話は、初めて聞いだが……」


 ギルド長は知らなかった。モンスターを一匹も倒したことがない、討伐依頼は拒否していると聞いて、アランをレベルやステータスが低い弱小の冒険者だと思い込んでいた。


 実は、クエンテインが裏で手を回してギルド長の耳には噂が届かないように細工をしていたから知らなかった事実だった。


 受付嬢の話を聞いて、もしかしたら早まったことをしてしまったかと後悔しかけたギルド長だったが、どうせただの噂だろうと考え直して気持ちを切り替えた。




 結局、今回の納期遅れのトラブルについてはギルド長が私財から補填して、何とか解決した。今まで続けてきた商業ギルドとの取引については見直されることになり、冒険者ギルドの業務の一つが減って、他のギルドとの関係が少し悪化するという結果となった。


 このように、徐々にだけれども彼が居なくなったという影響が、冒険者ギルドにも目に見えて出てきていていた。


 だがギルド長は、たった1人の冒険者を追放したぐらいでそんなに状況が悪くなるだなんて思っていなかった。だから今回の件については偶然で、運が悪くこうなっただけだと考える。


 しばらく待てば、アランの代わりとなる冒険者が現れるだろうから、期待して待つことにした。ギルド長は、彼が居なくなった影響をまだ認めようとはしなかった。

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