第2話 モンスター不殺の理由
ある日の事、僕は突然ここは異世界なんだと気が付いた。自分が子供の姿になって前世の記憶がある。どうやって死んだのか分からないし、どうして転生してきたのか見当がつかない。
気が付いたら子供の姿になっていて、日本じゃない何処か知らない場所で生活していた。
剣と魔法が存在していて、近くの森にはモンスターがいるようなファンタジー世界に生まれた僕は、一番最初に生き残るために鍛えないと駄目だと思った。自分の身を守るために戦えるようにしないと。
「強くなるには、どうしたらいいの?」
「モンスターを倒して、経験値を稼いでレベルを上げないと」
村一番の猛者だったトーマスさんに、強さの秘訣について尋ねると彼はこう答えてくれた。どうやら、この世界には経験値とレベルいうテレビゲームのようなシステムが常識として存在しているらしい。
僕は、経験値を稼いでレベルを上げると強くなれる仕組みについて知った。前世でテレビケームをプレイした経験もある僕にとっては、経験値とレベルというシステムは馴染み深い。
効率よく経験値を稼ぎレベルアップするにはどうしたらいいだろうか、効率アップのアイテムや装備やスキルとか無いだろうかと考えながら、強くなる方法を考える日々を過ごした。
とりあえず一度、近くに生息しているという最弱のモンスターを倒してみて実際に経験値を稼いでみよう。
「行ってきます!」
「気を付けてな」
1人でレベル上げにモンスターを倒しに行ってみると言うと、家族の皆や村人たちは意外と快く送り出してくれた。どうやら、子供が戦っても怪我をしないような最弱な存在らしい。どれほど弱いのか。
武器として手には木の棒を持ち、防具はないまま1人で村を出る。しばらく、森の入口付近で迷わないように、村へすぐに帰ることが出来るぐらいの近場を歩き回っていた。すると。
「キューキュー!」
「あっ! あれか」
村から出て、数分も経たないうち出会ったモンスター。緑色をした、液体と固体の中間のようなぷにぷにとした見た目をしている、いわゆるスライムと呼ばれるようなモンスターが目の前に飛び出してきた。僕の目の前で、鳴き声を上げている。
「これは、敵!」
僕は、目の前のモンスターに向かって手に持った木の棒を構える。これで叩けば、簡単に倒せるとレクチャーされていた。大きく振りかぶる。後は、この棒を目の前にいるモンスターに向かって振り下ろすだけ。なのに、僕の腕は動かなくなった。
「キューキャー!」
「くっ……!?」
小さな存在、僕がモンスターを見下ろして奴は仰ぎ見るようにして、視線が合う。可愛い。目の前にいるモンスターを見て思った、僕の感想だった。こんな可愛い存在を叩いて殺すなんて出来ない。そう思って、僕は振り上げた木の棒を振り下ろせずに居た。
「早く始末しないと」
「キュー!?」
「あっ……!?」
目の前に居たモンスターが、グシャッと潰れて飛び散った。思わず僕は声を漏らしていた。モンスターの断末魔が、耳に残った。目の前でモンスターを倒したのは、僕に経験値を稼いでレベルを上げる仕組みについて教えてくれたトーマスさんだった。
どうやら、僕を1人で送り出したけれど後ろから付いてきて、様子を見られていたらしい。
「初めての戦いだから、恐怖に負けるのも仕方がない。だが、攻撃しないと死ぬぞ」
「……」
違う、そうじゃないと反論したかった。戦いに恐怖していた訳ではなく、可愛さに負けていた。そんな可愛いモンスターが、僕の目の前で無残にも殺されていた。
気分が悪くなる。あんなに簡単に倒してしまうなんて。けれど、それがこの世界の常識だった。モンスターと戦って、経験値を稼ぎ、レベルアップする。強くなるためには、モンスターと戦わなければならない。
「だが、まだまだお前は子供だ。初めての戦いにしては、武器をちゃんと構える事が出来ていたし凄いぞ。後は、敵を倒して経験値を稼ぎレベルアップするだけだ。そうすれば、お前も強くなれるぞ、頑張れ!」
「……」
トーマスさんが僕の背を叩き、優しく励ましてくれる。だが、僕は絶望していた。あんなに可愛いモンスターを倒さないと、経験値を稼げないのかと。レベルアップをして強くなれないのか、と。
僕は、ここが漫画やゲームの世界ではないと思い知った。モンスターも生きているし、倒せば死ぬ。あんなに惨たらしく簡単に死んでしまう。
その日、僕はトーマスさんに連れられて村へと帰った。その間ショックで、ずっと話す事が出来なかった。
トーマスさんは、僕が怖がって戦えなかった事が恥ずかしかったから黙っていると勘違いして何度も励ましてくれたが、そうではない。
目の前で起こった、モンスターが倒される瞬間の映像が何度も何度も繰り返し脳裏に浮かび、今度は自分があんな風にモンスターを倒さないと強くはなれない、という事実を知ったショックで何も言えなかったのだ。
こうして僕は、モンスターを倒すことが出来なくなった。もしも、殺そうと武器を構えてみても脳裏にあの目の前で起きた出来事の映像が鮮やかに蘇って、殺すことは出来なくなっていた。
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