自己否定

 スタジオジブリの映画作品で『海がきこえる』というのがある。

 他のジブリ作品が繰り返しTV放映され不動の人気を博している中、この作品はジブリ作品なのになぜか放送されない。してくれない。

 ビデオソフトとしてはあるので見れないわけではないが、TV放送だけはなぜか皆無。その原因について報じていた記事があった。

 まずひとつに、ジブリの若手が結集して作った作品だということ。巨匠・宮崎駿と高畑勲はこれに関わっていない。さらに作品自体が70分少々で、二時間枠の金曜ロードショー枠にはちと短いので使い勝手が悪い。



 深掘りすると、もっと別の理由も透けて見える。

 宮崎駿ととある社会学者との対談で、忖度しない社会学者が「耳をすませば、より海がきこえるのほうが面白い」と言ってしまったのだ。耳をすませばは宮崎監督の有名どころの作品だが、同氏はさらにこう批判する。耳をすませばを気に入るのは、実際の恋愛を分かってない小学生か、恋愛が遠い思い出になって美化されてしまったジジババだけだ、と断じたのである。宮崎駿はこれに怒ったという。

 宮崎が「耳をすませば」を作ったのは、ひとつに「海がきこえる」で描かれたヒロインが、ナウシカやシータのような宮崎が理想とする女性像とはかけ離れた、より現実寄りの人間臭さや分かりやすい欠点を持っていたことを受け付けられなかったからだと考える者もいる。その意趣返しのようなものだ。

 いわば、海がきこえるのアンチテーゼなのだと。自分たちのつくるアニメ映画のヒロインはあくまでも高潔で優しく、人としても理想的であるべきなのだ、と。



 じゃあ、宮崎監督はその考えで現在までに何作もの作品を世に送り出しているが、本当にそれが正解だと証明しているだろうか? どうにも、千と千尋よりあとの作品に関しては、絶賛されてはいるがそれはそこまで築き上げてきたジブリブランドの力と、宮崎駿のつくるものはよいものでしかあり得ない、という世に定着した「信仰」の効果だと思えてしまう。

 巨匠は、誰からも批判されない。誰も「あなたのすべてが正しいわけじゃない」と言えない。最近では、松本人志にオリラジ中田が噛みついた件が記憶に新しいが、あれは噛みついたほうも少し頼りなかったので、結局松本に「学ばせる」には力及ばずだった。あまりにも強大な地位を得た人物は、そこから成長しない傾向がある。

 ただの推測には過ぎないが、宮崎監督の覚えがめでたくない、ことが原因としてあるだろうと。そこへ忖度すると、海がきこえるはそう表に出せないということに。

 ある程度、「自分はこの世界を極めた」と自分で思った人は、ある作業をしないとそこで頭打ちになる。



●自己否定



 これは、偉くなればなるほどできなくなるのである。

 言葉は、あまり響きがよくない。ポジティブとか肯定とかいうほうの言葉があまりに人気なため、自己否定というと何だか「良くないこと」のようなイメージが先行してしまうのではないか。

 もちろん、物事の初心者や、まだまだ極めなければならない先が長い者には、肯定とか物事のよい側面を見るようにするだとか、自分を信じるとかブレないとかいう要素はプラスに働く。だが一定以上熟練した者には、それらは必要なく逆にさらに高みへ行くのを阻害しさえするのだ。そういう人種には、実は自己否定が有効なのだ。

 言葉的に誤解されそうだが、それは何も「自分は間違っている」という単純な話ではない。成功したのだから自分に一定の理があるのは間違いないが、この広い世界ではそれはあくまでも「多くある正しさのひとつ」なのだという理解である。

 自分もひとつの正しさだけど、それをもって他がそれ以下だということではなく、考え方の違いは並び立つ、と認めるのである。



 宮崎監督は、せっかくまだご存命なんだし仕事する意欲もおありなんだから、これ以上自分ワールドを好きに出すだけでなく、多少考え方が違っても、意欲ある若手を好きにさせてどんどん伸ばしていくことに力を使ってもいいのではないか。

 自分の生きている間だけよければいい感じの老政治家と同じになってしまうのは残念過ぎるので、せめて若手に未来を託すことをして有終の美を飾ってほしい。

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