別に私が悪いわけじゃない
筆者の家は、動画のサブスクとしてNetflixを利用している。見たい動画を一番抱えているのがそこだから利用しているのであり、Netflix社が好きかどうかとは全く別である。何なら嫌いだと言っても問題ない。会社としての姿勢が少々気に食わない。利益追求第一の、資本主義オバケの見本みたいなものである。グーグルとアマゾンもそんなところがある。
この世界の企業体として「当たり前」のことをしていて決して法は犯してない。でも、その当たり前を当たり前にやるのが気に食わない。この自由競争社会を変えない限り、それは悪いことではなく「当たり前」として繰り返され続ける。
今朝のニュースで、Netflix社がAIマネージャーの求人に1億円超の年収を提示したことが報じられた。折しも、ハリウッドの俳優たちがストを決行していることが話題となっているこの時期に、である。
AIが俳優たちの仕事を奪う恐れが指摘されている。例えば、スタント俳優を一日雇って、その動きのデータを採る(モーションキャプチャー)ことで、事前契約で権利さえ押さえていけば、無限に再現でき姿形も自由に変更できるので、そのスタント俳優は用済みである。
一部の特権階級にだけ美味しい話で、現場の人間はたまったものではない。あまつさえ、Netflixは配信作品のドラマの中で、その問題を描いてさえいる。描いているくせに、やっていることがこれでは「お前、ケンカ売ってんのか?」と思われても仕方がない。
ちなみに、AIマネージャーに払われる年収90万ドル(1億円)は、ざっくり俳優の組合員34人分の収入に匹敵するのだという。
最近別の記事でもメッセージをしたことだが、Netflix社の人間の一人ひとりを見ていけば、どこかによいところがあり魅力ある人物なのだろう。だが、会社組織という歯車のひとつとなった時に、人は人でなく文字通り「歯車」になる。
筆者は、前の記事でも詳しく書いたが、自分と同じステータスを持たない人間を人と思ってない社長のもとで1年半ほど働いた。不動産の管理をしていたのだが、ある時事務所に一本の電話がかかってきた。ある年配の女性が、賃貸の空き物件に「入居を考えているので、ぜひ一度内見をお願いしたい」というものだった。
その方が実際に事務所にいらしたので、賃貸の申込書の書類をお渡しして記入をお願いした。そしてそれも返送され、いよいよという段になって、社長から電話がかかってきた。「あの話、なかったことになったから申込書は処分しておいて」
どんな手段で調べたのか知らないが、そのご老人にこれといった身寄りがなく、何か問題があった場合に「その方を助けそうな人間関係がない」のだそう。お子さんもいない、頼れる親戚もいない。そりゃ、貸す方としては慎重にもなるだろう。ひっそり孤独死でもされたら、家主としては死を悼むどころか特殊清掃や事故物件やで「なんてことをしてくれたんだこのバカ」くらいな勢いでヘイトしそうだ。
なので私は、その方から電話があった時に「入居できない」旨を告げた。もちろん書面を含め、正式な通達は行くのだが私と話すほうが先だったため、教える形となった。その時、私が喜んで「入居できなくなりましたよ」と告げたと思うか?
もちろん、嫌な気分でしたよ。でも、それ以上に嫌になったのは自分に対してである。すまないことだった、と思う気持ちより「仕事なんだから。そういう世の中なんだから仕方ないだろう」というある種開き直りの気持ちである。裏を返せば「僕は悪くない」という自己弁護である。実際その通りなのだが、でもその気持ちが出てきたことを私は自分で残念に思った。
かわいそうなぞう、という児童文学がある。戦時中の日本で、動物園のゾウが上からの命令で殺処分となるという内容である。動物園の飼育員は、誰よりもその現実に苦しみ、悲しんだ。戦争を憎んだ。でも目をそらしてはならないのは、飼育員たちが「それでも命令には従った」という点である。そこが人の弱さであり限界である。
キリストレベルの人間がまれにその限界をブレイクスルーするが、ものすごい低確率を潜り抜けてでしか起きないので、ひとつそういうのがあると千年ほども賞味期限のあるネタ話になる。それほど、人はその壁を乗り越えがたいのだ。
AIの問題しかり。マイナカード問題しかり。万博の開催問題しかり。これ大丈夫なんか? と大勢が漠然と不安に思うことでも知らない間に進んでいくのは、こういった「歯車たち」によるものである。間違っていようが、上の者に逆らうと生きていけない人々の無数の開き直りの上に成り立つ。「私は悪くない」という。
いったい、あといくつの「私は悪くない」が積み重なれば、この世界は崩壊するのだろうか。
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