私が出会った金持ち

 自宅に出向いて、入浴や食事などの介助を行う『訪問介護サービス』に関して、人手不足の解消のため今まで門戸を開いてこなかった外国人労働者の「従事を認める」案が検討されたと報道された。厚生労働省の有識者会議での話である。

 これに関して、ひろゆき氏が皮肉をツィートした。「日本語しゃべれない外国人を家に入れるより、日本語を話す日本人の介護従事者にまともな(十分な)給料を払えばよくない? 有識者って、頭の弱い人の集まりなの?」



 その通りではある。

 一般庶民からしたら不思議である。なぜ、日本人の労働者(失業してて、別に引きこもりでもないのに職が見つからない人、やりがいがある仕事だと思っても将来の見通しを考えたら躊躇してしまう人)を使う方向で考えないのだろうか、と。

 ここから書くことは、あくまでも筆者の個人的ないち意見に過ぎず、決して正解ではない。そのことを含みおきした上で、少々キツいことを語ろう。



●金持ちは、庶民や低所得者を「別世界の生き物」だと基本思っている。

 だから、自分たちよりはるかに低い処遇で遇しても、心が痛まない。だって、自分と同じ世界の生き物ではないのだから。そもそも、低所得者により多くお金を与える、という発想自体を拒むのだ。彼らは永久にそのままでいてもらわないと困る。

 外国人に頼る、という面倒なことを考えてまでも、この格差を守りたい。



 もちろん、金持ち皆がそうでないことは言うまでもない。

 ただ、トータル的にそういう考え方の金持ちが少なからずいる、とは思っている。

 筆者は、賢者テラとして世で売れなくなってから、生活困窮支援の窓口で出会ったソーシャルワーカーさんから、ある経営者を紹介された。

 もう御年80近くになるおじいさん社長なのだが、見た目非常に若々しく、とてもそうは見えない。若い頃に衣料販売の方面で大成功を収め、マンションとか会社をいくつも所有するやり手であった。なんだか成功本のようなものも出している。(あまり売れなかったようだが)

 私はその社長の事務所で、秘書まがいの仕事をすることとなった。電話の応対、事務所の会計、来客対応から手紙類の送付、清掃、社長の昼食を買いに出るなど、とにかく何でもやる仕事だった。かなりしんどい内容だった。

 私はそこに1年半勤めて、社長と(正確には社長付きの税理士と)大喧嘩して辞めた。なぜやめるに至ったかを書こう。



 社長は、実際いい人ではあった。何も山椒大夫みたく、金持ちで欲張りで傲慢で悪党、というタイプでは絶対にない。いつもニコニコして、話す内容からも知性と経験から来る人間としての奥の深さ、のようなものも感じた。

 でも、社長に決定的に欠けているものがあった。それは「どうもこちらを自分と同じ人間とは思っていない」ということであった。

 私は、週5日1日8時間のフルタイム労働をやった。時給とかいう概念はなく、単純に月11万円である。社会保険は加入なし。ボーナスは当たり前のようになかった。しかし、課せられる責任は大きかった。会社でのビジネス仕事に慣れていなかった私は、ある失敗をした。その時社長に、失敗で迷惑をかけたある企業の社長のところに謝りに行かせられた。いざ行ったらなんて言われたと思います?

「こういうのはね、君のような下っ端が来るもんじゃないんだよ。おたくの社長に言っとけ、こういうのはボスが自ら出てくるもんだってな」



 私は、いつか分かってくれると思っていた。頑張っていれば、認めてくれれば社会保険にも入れてくれて、給料も最低賃金を割るような額ではなく、せめて15万でもくれるようになるのでは、と期待し頑張った。皆さん、フルタイムで15万というのは過ぎた贅沢な望みでしょうか?

 で、1年半過ぎて分かった。この社長は、永遠に考えを改める気はないと。そもそも、私をただ「安く使える便利な駒」としか思っていない、と結論した。

 私は、労働基準監督署に駆け込んだ。そこで、この1年半の仕事の実態と待遇について具体的に話した。そのことをあとで社長に告げると、青ざめていた。まさか飼っていたねずみがそんな大それたことをするとは思ってなかったのだろう。

 この件に関して、社長は青ざめるばかりで何か言ってこず、社長の雇う口達者な税理士が専ら私に対応した。こいつは、口八丁手八丁で色々と脅してきたが、明らかにどうころんでもこちらが負けることはないと思える待遇だったので、強気に出た。

 結果、私も鬼ではないので、労基署への訴えを取り下げた。たとえ社長が負けなくいても、一度調査が入ったという事実が会社に残る。というのが痛いらしい。

 大阪府の最低時給で働いていたらもらえていたであろう額から、これまでの給料の総額を引いた差額である30万円強を余分にもらって、退職した。最後、社長は涙目になって「すまない、すまない」と言っていたが、私にはいったい何がどうすまないのか分からず、その謝罪は私の心を打たなかった。

 私は、「月15万でもお給料をいただけたら、やめずに続けてもいいです」と言ったが、悪いことをしたと謝る一方で「それの条件は呑めない」の一点張り。儲けているし、払えないのではない。ただ払いたくないのだ。というか、私を「別世界の人間」と思っているので、払えても払うなどという発想には何が何でもならないのだ。



 私は、介護職のなり手がないので外国人を頼ろうか、という今回の政府の案を聞いた時に、ケチな社長のもとで働いた時のことを思い出した。多分、考え方としては同じ根っこだろうと思う。日本人労働者はアウトオブ眼中で、そこの待遇を上げるとあとあと損だからだ。一度権利を認めると、もう戻せなくなる。いままでできていた美味しい搾取ができなくなるのは困る。

 社長は、私を見下しているのではない。嫌っているのでも、悪くしようとしているわけでもない。ただ「自分とは別世界の存在」だと思っているのだ。

 蟻は、人間に悪意はなくてもたまに踏みつぶすでしょう。蚊も、腕にとまれば躊躇なく叩くでしょう。それに似たものを感じる。

 ステータスの高い特権階級は、悪気があるのではなく庶民を敵と思ってるわけでなく見下してもなく、そもそもの認識からして「自分たちと同じ存在」と考えていない。問題はそこなのだ。

 格差社会においては、格差の上の連中が下の者を「自分たちと同じ人間で、その命の価値は同じ」であると考えることなしに解決はしないだろう。

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