この世界には原因が分からないことの方が多い

 養老孟司氏と名越康文氏の対談を聴いていたら、面白いことを話していた。

 この世界の昆虫の数が減っている、という話だった。

 ある研究者の著書によると、1990年代から現在までの間で、全世界の8割から9割方減ったと報告されている。これは偏りなく、まんべんなく世界どこでもらしい。

 実に、深刻な事態と言わざるを得ない。



 そこで次に人間が考えることは、決まって『原因は何か』である。

 少子高齢化の原因はなにか。いじめはなぜ起きるか。誰それが何々したワケ。何々が大ヒットしたワケ。ワケワケワケ。人は誰しも「ワケ」が大好きである。そういうネット記事を見つけると、大したことは書いてないだろうと思いはしつつも、ついつい読んでしまうのが大衆の性(サガ)である。

 ただ、この昆虫が世界から減った理由については、明確に「これだ」という理由が分からないらしい。人間が一番困るのが、嫌がるのが実は「ワケが分からない」ということなのだ。理解できないもの、分からないものが何よりも怖い。だからこそ、人はやたら分かりたがりなのだ。



 養老氏の言うには「人間て、これが原因だ! って言いたい生き物」だそう。

 ある種のエリート主義から来る思考のクセだろうか。何にでも、テストの回答のような答えを求め、じゃあそれをすればいいとなると「あー原因が分かってよかったね」となる。人類の短所は、原因が分かると安心してしまい、事後のきっちりとした対応までを見送って「確かにこの問題はクリアになりました」となるまで付き合わないことである。

 原因が分かると気が緩むのか、「飽きて」しまう。そしてその問題を放っておいて、また新たな「よく分からない現象」に飛びつき、理由判明のためにそっちに力を注ぐの繰り返し。

 養老氏は提言する。「安易にこれが原因だ、って言うな」と。

 権威筋が、政府がそれを言ってしまうと、一般国民は皆信じる。そうなんだ、って。人は理解しやすい原因を提示されるのが大好物なので、飛びついて安心したがる。でも、それは大変危険なことである。



●この世界には、原因が分からないことの方がはるかに多い。(養老孟司)



 この世界は、不思議と奇跡と無限の可能性に満ちた世界である。

 私たちが1たす1は2,みたいに「完全に理解した」と思っているようなことは、この宇宙のごくごく一部に過ぎないということだ。食物連鎖の頂点にはいても、知的生命体として地球に君臨はしていても、実は自分たちが思っているほどすごくもないのだ、人類は。

 養老氏は「ウソはいけない」と言う。ウソとは何を指すかというとマルッキリのホラのことを言うのではなく、表面的にはある程度正しくそう言うしかないだろうが、でも実際はそこに、人間の知恵程度ではまだ気付けていない、もっと深い「ワケ」が眠っていることを忘れて(無視して)、さもその単純な原因説明だけですべてが分かったような顔をすることをウソつきと指摘しているのだ。

 犯罪を報道したニュース記事で、「警察は(犯行の)動機を究明中である」なんて一文があったりする。あれなども、「追求すればちゃんと分かりますよ」という前提を匂わせている。「頑張って動機は追求ますが、犯人の異常さと病み具合によっては我々の理解を超えるかもしれません」とは絶対に書かない。

 やればできる前提だからこそ、記事を読む一般人は「安心」するのだ。原因が分かる、という見通しを暗に示されたからだ。



 人類は、このバカみたいな「何でも分かりやすい理由を付けて納得し、自分を安易に安心させる」クセをなおすべきだ。

 世界は、宇宙はそんな単純ではない。もっと、畏怖(畏れかしこむこと)すべきなのだ。もちろん、ただ「本当のところは分からない」のを怖がるだけでなく、そのことに敬意を表するのだ。大昔には、それが土着の信仰となった。

 しかし科学の中途半端に発展した今では、夜外を歩いても明るいし、たいていの現象には科学的説明がつく。だから人は、悪い意味で恐怖を克服した。恐れなくなった。ただ恐れるのは、「自分には分からないことがある」ということだけになった。

 恐れるのだ。そしてひれ伏すのだ。この世界に起きていることを、私たちは自分たちの納得のための単純すぎる理屈でだけしか見れていない、という事実の前に厳かにサレンダーするのだ。

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