かつおぶし

 連日、ネットニュースをにぎわせている「ゆたぼん」報道。

 筆者にはまったくそれを追うことの価値が分からないが、この社会で「カネにならないことは誰もやらない」。逆の言い方だと「カネになることなら(携わる人間がいくらこれってどうなのと思っても)何でもやる」ということでもある。

 つまりは、そういうことだろう。価値があるから追っているのではなく、話題性があって人々の反応を引き出せるから、メディア各社もゆたぼんとその父がどうアンチを煽った、とうかいゴミみなたいな情報をこぞって報じるのだろう。もはやそこに報道人(仕事人)としての矜持やほこりなどなく、ただもらえるお金にシッポを振るハイエナ野郎に成り下がっている。

 そうは言っても、この社会ではそうするしかないことは理解する。個人がとりあえず自分の生活を守るためには仕方がない。イヤなら、今あるものを失う覚悟で戦うしかないが、そんな選択のできる人は少ない。

 長いものに巻かれる(とりあえず安定した生活を求める)なら、仕事が何だろうが会社や上司がクソだろうが従うしかないのだろう。ただし、その選択をしたら世の中に文句を言うべきではない。長いものに巻かれておきながらそれを「おかしい」は筋違いというものである。



 筆者が好きで、記事に例話でよく引き合いに出す芥川龍之介の「杜子春」という短編小説。主人公の杜子春は貧乏な青年で、オカネも仕事も助けてくれる者もなく、洛陽(中国にある)の都にポツンと立ち尽くしていた。そこへ仙人が通りかかり、お前はなぜここでずっと立っているのかと聞くので、かくかくしかじかと杜子春が説明すると、ここ掘れワンワンではないがお金が埋まっている場所を教えてくれる。

 掘り当てたお金で、一夜にして杜子春は大金持ちに。連日杜子春にできた(一時的な)友達と飲めや歌えやの大騒ぎ。そんなことをしていると三年ほどでお金が尽き、お金の切れ目は縁の切れ目ってなもんで、またひとりぼっちで都の隅に立つことに。



 鴨川つばめ、という伝説のギャグマンガ家がいた。

 若い人はまったく縁がなく分からないだろうが、今の50~70代くらいのひとなら「マカロニほうれん荘」というマンガタイトルを聞けば思わず反応する方も多いだろう。筆者は小学生の頃、これほど面白いマンガは世界にない、くらい思った。

 でも、単行本にして9冊分ほどを描いたあとに、鴨川氏はぷっつりと「描けなくなってしまう」。いつまでもあると思うな親と金、ではないが読者はあのクオリティでずっとギャグマンガを届けてくれると期待してしまい、出版社側も当然作者に「どうか描いてくれ」と迫った。かなり抵抗したようだが、あまりに執拗なので「わーったよ。描きゃいいんだろ描きゃ!」とばかりに書いた作品があまりにひどい出来だった。(それでもこの作者の遺作とでもいうかのような意味合いでか出版はされた)

 それを最後に、このマンガ家は消えた。今の話は、あの漫画家は今? みたいな何かの記事で読んだ。そこで彼は、ひとつの名言を残している。



●ギャグマンガ家としての才能は、かつおぶしのようなものである。



 かつおぶしは、削って使う。もちろん削り続けると、いつかはなくなる。

 つまり彼は、自分は才能を「使い切ってしまったのだ」と言いたいのだろう。限りあるそれを使い切った今、努力とか期待に応えようとか、できると思えばできるとか、そういう次元の話ではないと指摘をしている。



 ゆたぼんとその父は、ネットで大衆の反応が得られ続けるうちは話題にされ続けるだろう。だがそれも限られたかつおぶしである。

 杜子春にとっての「友達が寄ってくる」時期は、お金というかつおぶしを削り続けるから得られたもので、いつまでも続かない。ってか、いつかは「それ自体に実は本当の価値はない」ということに気付く時も来るのだが。

 鴨川つばめ氏にとっては、本当に面白い神がかりなギャグマンガを描けたのはまさに「天からの授かりもの」であって、自分の意志で延長したりすることの不可能なものだった。それを理解しない者たちが、やれ頑張れの期待を裏切るなの、自分が得ることばかりで本人の苦痛を考えてあげられなかった。



 私たちは一人ひとり、内に秘めたなんらかの「かつおぶし」があるのかもしれない。それを使い尽くすまで、私たちは人生を歩き続ける。使い尽くしたかどうかは本人にしか分からない。外野がとやかく言うことではない。

 今人生調子に乗れている人は、勘違いしないがいい。自分の力、と慢心せず「かつおぶしのおかげ」であり「色んな要素があなたを結果的に押し上げた」に過ぎないことも謙虚に分かっておいた方がいい。

 それなら、かつおぶしがきれた時にヘンに絶望しなくて済む。

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