サイレントマジョリティー

 そう言えば、欅坂46の歌にそんなのがあったような。

 でも、今回の話題はちゃんと言葉通りの「サイレントマジョリティー」についての話だ。



 言葉の意味としては「物言わぬ多数派」で、積極的な発言行為をしない一般大衆のことである。この逆が、少数だが声の大きい人々を意味するノイジー(ラウド)マイノリティである。



 今の時代、バッシング社会と言われるほどに、何かにつけて批判する社会だ。

 でも、その捉え方はちょっと違うと言う人たちの言い分は次のようなものである。



●批判だらけの社会というが、声高らかに批判しているのは実は一部のノイジーマイノリティに過ぎず、その声が大きく増幅されて、あたかも大勢が批判的であるという錯覚が生じているのだ。

 実は、世の中の大半はサイレントマジョリティーであり、ただ声を上げないだけで、実は日本の民度は世間の人々が心配するほど低くはなく、かえって良心的・常識的な人が多いので心配するほどのことはないのだ。



 筆者は、この考え方が大嫌いである。

 私なら、こう考える。



●サイレントマジョリティーは、ノイジーマイノリティよりも最低である。



 人々は勘違いしている。物言わぬ大衆のほうが、うるさく批判をがなり立てる者より人間としてマシだと。

 いやいや。そっちのほうがあり方としては下なのだ。

 善悪という側面をのけて考えたら、ノイジーマイノリティは感情を発散させている。そんなものはゆがんだ感情にすぎず、いい意味での感情の表現とは違うと言いたい人もいるだろうが、とにかく言いたいことは言っている。

 サイレントマジョリティーは、卑怯なやつらだ。自分は正体を隠し汗もかかないくせに、内心では不満をため込んでおり、世の積極的な発言者を見下す。

 筆者は、物言わぬのは無価値だと思っている。だまっているやつらに人権はない。揚げ足を取る人向けに言うが、知的障がい者や何らかの医学的・精神的事情により意見を外に発信できない人を除いて、だ。



●黙っているやつは、社会から何をされても文句を言うな。

 


 よく言うじゃないですか。選挙行って投票もしないやつが、現政権の文句を言うな! って。

 また、子どもに次のような説教したことはありませんか?

 黙っていてごはんが勝手に出てきますか? 黙っていても、他人が勝手に察してくれてあなたに必要なことをしてくれますか?

「してほしいことは、ちゃんと口で言いなさい!」と。

 言葉にしなきゃ分からないでしょ!

 そんな当たり前のことが分かっていないのがサイレントマジョリティー。間違っても、彼らのほうがうるさい批判者よりマシだということはないのだ。もちろん、サイレントマジョリティーにもふたつのタイプがいる。



①もの言わぬくせに実は心の中では他人や社会に言ってやりたいことがごまんとあり、実は不満を抱えている。そして、口に出してそれを言えてしまう者よりも、下品に声をあげない慎ましい自分のほうが人として上だと思っている。



②もの言わぬことは、ある意味で同意であり肯定しているのと同じだ、と認めている者たち。

 言うべきところを黙っているという自覚があり、その分謙虚。また黙っている上で起きたことはすべて受け止め、その時になってブツクサ文句を言わないという腹のくくり方をしている。



 筆者は、②の在り方をするサイレントマジョリティーならえらいと思う。

 ただ、絶対数は稀少だと思う。圧倒的多数は①である。

 今日は、良識的・常識的一般大衆にケンカを売っている。今の世の中の維持だけならば何の文句もないが、世界の状況が「このままの進路で船が進めば、まずい場所に着く」と示しているので、タイタニック号を面舵いっぱい取らなければならないのだ。だから、少々きつめに言っている。



 いじめでもそうではないか。

 確かにいじめっ子本人が一番悪い。でもそれに次いで悪質なのが、見て見ぬふりをする者たちだ。その者たちは、サイレントマジョリティーと同じである。彼らが何もしない理由は明らかである。



①面倒くさい

②自分に不利益がふりかかる

③正しいか間違っているかでいうと間違っていると分かるが、それを自分が汗をかきなおかつ報復されたり自分が嫌われたりするリスクを負ってまで、その間違いを正したいとまでは思わない。もうめんどいから間違ったままでいい。

④社会を見て子どもたちは学ぶ。1に要領2に要領、3・4も要領5に目立つな、と。



 そんな彼らは、今自分にいじめの矛先が向いていないという限定的条件下でだけしか安全ではないので、もし自分がいじめられたら自業自得である。もしその時に誰も助けてくれないなら、そもそも自分が先にサイレントマジョリティーをやってそのクラスの物言わぬ雰囲気の下地作りに貢献したのだ。自分で自分の墓穴を掘ったようなものなのだ。



 もちろん、いいことであれ声を上げることはハードルが高いことは承知している。みんながみんな、声を上げられる人ばかりでないというのも事実だろう。

 だから声は上げられなくても別にいいから、「声高な批判者よりも自分のほうがマシな人間」だと図々しくも思わないようにしていただきたい。自分はモノ言えてません、だから結果いかようなことでも受け入れますし、モノ言う人を尊敬します、ハイと思っておけ。



 少数の批判者のせいで世間の大勢が批判的だと勘違いされている、と憤慨する人へ。おい、それは自分が悪いんだぞ? 

 君の一番好きな食べ物は? そう聞かれて黙っていたら、隣にいたA君が「こいつはハンバーグが好きだぜ」って代わりに言った。で、あとあとで言いますか? 僕は本当は鶏のから揚げが一番好きなのに! A君が勝手に言った! って。

 だから、これからの世を良くしていきたいなら、できるだけサイレントマジョリティーから抜け出しましょう。たとえ無理でも、自分は言うべきことが言えてないんだということに自覚的になることで、謙虚になりましょう。

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