Q&Aのコーナー第八十二回「贖罪を動機としてする善行ってどうなん?」
Q.
障害の重い身寄りのない子を引き取った牧師の話があるのですが、その牧師はなぜそんなことができるのかを問われて「贖罪」という言葉を口にしました。 贖罪、という動機に関してテラさんが思うところあれば聞きたいです。
A.
別に何も思いません。誰が何を動機として何をしようが勝手ではありませんか。もちろん、周囲に実際的な迷惑がかかるものは監視せねばなりませんが。
逆に聞きたいのですが、あなたがこの質問をした動機は何ですか?
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質問としては、「贖罪」というものに関して筆者に何か語ってほしい、という体裁になっている。だがここでひねくれた筆者は、この質問を勝手に掘り下げてみよう。
例えばだが、普通に考えたら明らかに「悪いこと」だと大概の人が答える内容があったとして、ある人が他人に「これって、どうでしょうか?」と聞くとする。
それは、質問者のホンネを突くと「これってやっぱりダメですよね? あなたもそう思うでしょ?」という言葉の変形バージョンなのだ。聞き方こそ否定形が入ってなくて「~をどう思いますか」という穏やかな表現でごまかしているが、期待している答えは「そりゃよくないよねぇ」という答えだったりするのである。分からないから質問しているようで、その実ほしい答えは最初から決まってて、もし相手が期待と違うの答えをしたら内心「この人おかしい」と蔑みかねない。
あるキリスト教の牧師が、身寄りがなくかつ重度の障害をもつ子どもを引き取ったという。話がそこで終わっていれば「世の中にはすごい人もいるな。尊敬しちゃう」で済む話なのだが、余計な情報がひっついた。
インタビューで「普通はできることではありません。あなたにそうさせる原動力というか、動機といったものはありますか?」と聞かれて、「贖罪です」と答えたということだ。
贖罪という言葉自体、日本人にはなじみが薄い。キリスト教文化圏ではないため、外人がそう口にしても今一つピンとこない。
キリスト教的世界観においては、人は皆神様の言いつけを破ったアダムとイブの子どもたち、つまり「
イエスを信じる、つまり洗礼を受けてクリスチャンとなることでその原罪が洗われ(教派によってここの考え方が違うものもある)、イエスの兄弟姉妹・つまり神の子になれるのだ。意地悪なことを言えば、イエスを信じない限りその罪はどんな善人であろうが残り続け、天国には行けず地獄へ行くという。
ゆえにさっきの話の牧師が「贖罪」という言葉を口にするのも、キリスト教的価値観(人生観・宇宙観)に染まった人物の発言としてはさもありなん、というもの。元クリスチャンとしてはそうおかしなものではない。
でも、キリスト教文化の洗礼などつゆほども受けていない基本無神論(宗教の出番は慶弔時だけ)の日本人たちは、冒頭の牧師の発言に違和感を抱く。
●贖罪って何よ!
子どもは愛するものでしょう? 好きだから、命が大切だから引き取る、と言ってほしかったわ!
そういう声が聞こえてきそうだ。
贖罪がどれだけ大切なもんかしらないが、少なくともかけがえのない命を無条件に愛おしく思う、って動機のほうが上なことは分かる。普通の人には真似できないほどの善行をする人には、贖罪ではなくこっちの理由を言ってほしかった——。
筆者は、いただいた質問からそういう裏のニュアンスを感じた。
その点を踏まえて筆者から言ってあげられることは——
●贖罪とは何か、知ってから聞いたら?
そんなの、あなたが汗をかけば調べられる。
調べて、私としてはこう思ったんですが、賢者テラさんがどう思うかを聞いてみたいです、というならなかなかにいい質問だ。
その「私なりにこう思った」という前置きがない質問は、丸投げであり意地悪な見方をしたら「どれこいつは何を言うかな?」と相手を値踏みしていると思われても仕方ないですよ?
前置きがないと、「きっとこの質問者さんには言わないまでも自分の思いがあって、心の中でコソコソ答え合わせして相手を価値判断する気だよ」と勘違いされて損をする。
●誠実で良い質問とは。
自分でできるところまでは汗をかいて、どうしてもできないところをできている他人に聞く。
子どもの学習でもそうでしょう。
たとえば、どこかの学習塾に入るとする。初めて行って初対面の先生がそこにはいる。その子が「勉強がどこまで進んでいるのか、どのあたりが分からないのか」が不明だ。ゆえに、「先生、今私はこれこれここまで進んでいてここが苦手です」と伝えるだろう。
筆者への質問もそうだ。「贖罪ってなんすか?」じゃない。聞き方こそ「贖罪について語ってください」だが、要するに「最初から全部世話(介護)しろ」ってことだよね?
もしくは、調べもしないくせに「こどもを引き取るという立派な行為の動機が贖罪なんて!」という隠れた思いがあって、遠回しに「これってよくないような…」という同意をもらいたいんじゃないの?
ところ変われば品変わる。逆もありで、例えば切腹(ハラキリ)とか、赤穂浪士の討ち入りとか。日本人が良いと思うものを、外人が「オォドウイウコッチャワカラヘン」になることはあろう。精神文化が違うのだ。もちろん、どっちがより正しいとかはない。
太平洋戦争中、日本人は他国からしたら「異常」な状態下にあった。お国のために、天皇陛下のためにと我が子すら戦地に送り出した。そしてついには人間魚雷とか神風特攻・捨て身の「バンザイ突撃」などもやった。それを見た米兵が精神ショックを受け心を病んだ、という話がある。日本人は信じられないことをする、と。
贖罪という言葉を表面的に聞くと、それをダシに子どもを引き取るなんて大きなことをしてくれるな、子どもはかわいいから、守りたいから引き取るもんだという押し付けがそこに生じるかもしれない。
でも、欧米目線だとおかしくはない。息を吸うように、キリスト教的世界観が当たり前だからだ。(近年、欧米でもキリスト教が当たり前というのは多少崩れてきてはいるが、まだ根強い)
かつて、名優田村正和が小学校の先生役を演じた「うちの子にかぎって……」というTVドラマがあった。表面的には優等生のいい子ちゃんが、ある場面で叫んだホンネがこれ。
●心のこもった十円より、心のこもらない一万円のほうがありがたいでしょ?
だから、かたいこと言いなさんな。
重度の障害がある子どもを引き取って面倒見てくださるというのだ。その善意にありがたく甘えようではないか。あとあと虐待とかネグレクトとか起こるなら問題だが、そんなことでも起きない限り牧師の動機がなんだっていいじゃないか。
贖罪だろうがなんだろうが、救われる子どもが一人増える、ああなんと有難い。
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