ブッシュマン宣言

 TBSのドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』は、高視聴率を叩き出し一時大きく話題となった。「契約結婚」をした二人の男女が本当の夫婦となるまでの軌跡を描いた内容である。

 ドラマ主題歌の映像で登場人物たちが披露する「恋ダンス」が話題となり、その動画再生数もすごいことになった。



 そのドラマの、とある一場面。

 主人公・みくり(新垣結衣)の伯母である百合(石田ゆり子)という独身キャリアウーマンがいるのだが、主人公たちの 「契約結婚」 を知らないため、ある場面を目撃し誤解し、説教しようとみくりの家に乗り込んでくる。

 それをメールで知らされた(契約だが)夫の津崎は、職場から慌てて飛んで帰る。しかし、いざ着いてみれば百合はソファーで寝ていた。

 仕事がタイヘンで、眠すぎるのだ。アフター5に姪っ子夫婦に力説するだけのエネルギーがなく、「もうムリ」と結局引きあげる。劇中ではこの役柄、休日出勤なんてこともあるようだ。

 そういうキャリアウーマンキャラを見ながら、折角楽しいドラマなのに筆者はあの痛ましい「電通事件」を思い出す。



 電通勤務の24歳女性が自殺した。その死は、労災認定された。

 その事件に関して、一般の方がこのようにコメントしていた。

『日本人は働く、ということの意味を改めて考えるべき時に来ていると思う』。

 今、そのことがメッセージとなって、様々な現象が世界に降り注いでいる。しかし、大勢にその手紙の封は切られないまま、ゴミ箱に捨てられている。

 世界はもっとお尻に火がつかないと、この問題を誤魔化し続けると思う。

 事件当時、電通に強制捜査が入り、それは異例の手際のよさで「トカゲの尻尾切りに終わらせない」という意気込みを感じさせたが、結局今どうだろうか。



 その昔、『ミラクル・ワールド・ブッシュマン』という外国映画があった。

 ブッシュマンとは、南部アフリカのカラハリ砂漠に住む狩猟採集民のことを指す。

 主人公のニカウさんが来日し、日本を満喫していったニュースは記憶に残っている。武田鉄矢がナレーションをし、次ような文章が映画の宣伝文句になった。



●ブッシュマン宣言



 日が昇るから 目を覚ます


 目を覚ますから 腹が減る


 腹が減るから 狩りをする


 狩りをするから メシ食える


 メシ食えるから 金いらない


 金いらないから 働かない


 働かないから 時間がある


 時間があるから 遊んでる


 遊んでるから 不満がない


 不満がないから ケンカがない


 ケンカがないから 気分がいい


 気分がいいから 眠くなる


 眠くなるから 日が沈む


 日が沈んだら あとは知らない


 だからアフリカ平和です


 だからぼくらはブッシュマン



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 これはまさに、先進国が失ってしまったスピリットである。

 確かに、この生き方では我々が今「当たり前」と思っているサービスは受けられなくなり、現代人としてのQOLは下がる。下がるが、でも戻ってくる「心」と受け取れる「恩恵」は、そのテクノロジー的不便を補って余りある。

 誤解してほしくないのは、「原始時代に戻せ」というのではないこと。

 確かに、地面をコンクリートで覆い過ぎたし、都市部と食物を生産できる場所が激しく解離し、都市部が孤立した場合食糧供給が絶望的になる。

 このアンバランスさを是正する、というところがキモである。バランス感覚を取り戻すのだ。そうすれば、先進テクノロジーと自然は共存できる。

 その失敗の象徴が、風の谷のナウシカの「火の七日間」である。

 自然との共存の問題も大事だが、「人間と労働」の関係も新しい観念が必要。



 先に紹介したブッシュマンの文章では、「金要らないから働かない」「働かないから時間がある」という箇所は、少々誤解を生む。

 彼らは本当に働かない、のではない。彼らの「狩り」が、こちらの感覚では労働行為に当たる。でも、彼らにはオレらは働いてる、という先進国人ほどの「労働意識」はない。どちらかというと、息を吸うように「当たり前のことをしているだけ」という感じがある。

 息を吸うように自然だ、ということはそこに「無理がない」ということ。無理があるからこそ、先進国で「労働」という観念化が進んだ。



「日が沈んだら、あと知らない」という境地は、我々にはうらやましい境地だ。

 そのように言ってみたいものだ。

 ブッシュマン宣言をいきなりこの現代で生かすのは飛躍しすぎているが、でも掲げる「理想」としては、心に留めておいて損はないと思う。

 現代社会では、「あと知らない」では生きられない。常に先を読み、後日の手配まで考えて生きることで、世の中のサービスは保たれているのだから。



●もし、あなたが過労死しそうになったら、どうしても辛くなったら——

 その場でうずくまって、叫んでください。

 職場でもどこでも、かまいません。誰かに、あなたの声を聞かせてください。すぐに大きな変化は起こせなくても、あなたを見て誰かが何かを考えます。波紋を投げかけます。

 日本がブッシュマンの境地までははるか彼方であっても、1ミリ近づくチャンスとなります。

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