I can’t stop the loneliness

 杏里とい懐メロの部類に入る歌手がいる。

 彼女の代表曲のひとつに、『悲しみが止まらない』がある。

 子どもの頃には、「キャッツ・アイ」 以外はどーでもよかった筆者であるが。大人になり、この歌も懐メロの域に突入してから良さが分かるようになった。



 さて、ひとつ実験してみましょう。

 仮に、あなたがこの『悲しみが止まらない』という曲を知らなかったことにして。

 この歌の歌詞だけを言葉だけ味わってみよう。

 著作権の関係で歌詞をそのまま載せるわけにはいかないので、読者の皆さんで検索して歌詞を探して読んでみてください。

 さて。どうです? 言葉だけなら悲惨……でしょ? この歌詞の内容が実際の体験だったとして。現実だったとして。

 まぁ、ドロドロな話です。第三者にはただのお話ですが、当事者はさぞお辛いでしょう。もちろんこの文章からは、笑えるところも心潤うことも何も出てきません。元気も出ません。

 でも、この歌詞にメロディーというものを付けて、杏里が歌えば?

 人は、この歌を娯楽として聴くはずです。お気に入りの歌手のお気に入りの一曲として。もちろん最近失恋した人が聴いたら自分と重なって泣けるかもしれませんが、普通は楽しみとして音楽を聴くので、いちいち歌詞の悲惨さに涙しない。



 悲しみが止まらない、んですよ?

 彼氏、取られたんですよ? そのことで、友達もなくしたんですよ?

 でもまぁ、歌う杏里は元気がはちきれてますよ? 笑顔ですねぇ。歌詞は悲惨でも、このメロディーに乗せると、なんだか聴いてて慰められるというか、元気が出てくるというか励まされるというか……負けずくじけず生きよう! という勇気まで湧いてくるかも知れない。

 それが、歌というものがもつ力、何だろう。とにかく、歌になったとたん表面上の歌詞とはまったく別物になる、ということだ。



 普通単純に考えたら、失恋などしたらそれを忘れるに限る。

 失恋だけじゃなく、人生の失敗や辛い体験をした時、それらとは反対のベクトルをもつこと(思いっきり遊ぶ、時間を忘れて、一心不乱に何かに打ち込む、笑える番組や映画などを見る)をしようとする。プラマイゼロ効果を狙うわけだ。悲しみ(ネガティブ)を喜び・楽しみ・笑い(ポジティブ)で相殺する狙いですな。

 こういのは至極常識的な悲しみの癒し方だが、もうひとつ方法がある。実は、こちらの手段のほうが、乗り越えた後に強くなる。



●マイナス(-)にプラス(+)をぶつけるのではなく——

 マイナス(-) にマイナス (-) をぶつけるのだ。



 負の数に負の数をかけると、正の数になるのだ。

 失恋した。(この体験をマイナスだとする)

 杏里の『悲しみが止まらない』は、失恋ソング。(マイナス)

 失恋した時に、失恋ソングを聴く。普通の感覚では、「慰まらないんじゃないか?」と思ってしまう。だって、また思いだすじゃない。嫌な記憶を掘り起こされて、胸がまたえぐられるじゃない?

 しかし、そのような心配は無用。

 


 辛い体験そのものには、メロディーなどない。

 歌詞だけだから、正味辛い。他の眺め方がないから。

 でも、人気の歌手が微笑みかけながら、辛いはずの体験を歌ってくれる。決して、絶望的に暗い短調の楽曲に乗せ、葬式ソングみたいに歌わない。

 時に陽気に、時にそこに「希望」を感じさせることもある。要は、歌手という他人によってあなたの辛い体験が「再解釈・再構築される」のである。

 それは、なかなか自分だけではできない作業である。

 忘れたり、避けたりするのではなく、形を変えて向き合いやすくしてくれるのが「人間の悲哀や弱さをあえて歌った歌」なのである。



 今回の記事のキーワードは、『再解釈』である。

 失恋ソングを失恋したあとに聞いても苦しいどころか、何だか落ち着くのはそこだ。体験を受容して、次へ踏み出すための案内役なのだ。

 だから、何かを克服する場合にはその反対のベクトルに向かうのは誰でも考えるが、あえてそれに向き合う(同じベクトルを取る)選択もありなのだ。

 ただ注意点は、必ず辛い体験を「アレンジ」したものに向き合うこと。

 四角四面に、メロディーもつけず表現もマイルドにせず、脚色もしない正味の不幸の再現に向き合う、という真似はしないこと。それをやったら、メンタルの弱い人は確実に打ちのめされる。

 必ず、あなたのした体験に大枠では近いけれど、ちょっとズレたものにすること。たとえば映画でも漫画でも小説でもドラマでも、身近な知人の体験話でもいい。

 もちろん、今回の記事のように、あなたの今の心境に一番近い歌謡曲でもいい。それに触れることで、ワンクッション置かれた、優しい見方ができるようになる。



●辛い体験を整理できた者ほど、強い。

 落としどころをつけ、サヨナラできた者ほど強い。

 ただ注意点は、その整理の仕方が間違っていると、歪んだ強さになる。

 その強さは、あなたは良くても周囲を誰も幸せにはしない。

 だから、いったん心の整理作業が済んでしまうと、間違っていたとか自分で気付いての再解体・再構築はものすご~くエネルギーの要ることだということは肝に銘じておくこと。

 それを承知おきの上で、是非「再解釈」をご活用ください。

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