背に腹を代えていることを自覚もしない人たち

 舛添要一という有名人がいる。

 筆者ははじめ「たけしのTVタックル」という番組で、政治学者として出演していた時からずっと彼を見てきている。

 やがて東京都知事にまでなったが、ある不祥事で辞任に追い込まれ、その際マスコミや国民から総バッシングを受け、彼に味方するような言説はほとんどといっていいほどなかった。

 それにくじけず、何のかの言われながらも現在もご意見番的に意見を世に発信し続けているようだ。評判はあまりよくないようだが。

 彼と小沢一郎氏の二人に関しては、「これだけ批判されているのにそれでも発信し続けられるなんてすごいなぁ」と思う。



 今からする話は、舛添氏が都知事を辞任した時の話である。

 当時の大体の皆さんの感想は、「やっと辞めたか」「遅すぎる」という感じだろう。不適格だから、一刻も早く都知事の座から追い払ってくれ、と。

 今回やっと「正しいことが成された」と、舛添氏を追い詰めたことを「正しいことをした」と思っているのが当時の東京都民、ひいては日本国民の多数派だったろう。

 露程も、間違ったことをしたなどとは思っていなかっただろう。

 筆者は当時、そのことで「ついにやっちまったか」と思ったものだ。日本人は、自らの責任において先行きの大変な世界への扉を叩いた、と。



 舛添氏が辞任することで、新しい都知事選を行うのにいくらお金がかかるか知ってますか? ざっと、50億円。 (もちろん推定で、正確ではないがざっと)

 これ、本来はかからなくていいお金なんです。誰かが払ってくれるんじゃありません。もちろん、国民の血税から払うんです。

 この事実に当時東京都民からは、怒りの声が上がった。でもそれは、私に言わせりゃ「自業自得」だ。

 自分らで選んでおいて、今度は望んで舛添氏を引きずり降ろしておいて、それで都知事選の出費に腹が立つなんて……日本の大人たちは駄々っ子の幼児か?

 以下の理由から、筆者は当時の舛添氏をすぐのタイミングで辞めさせる必要はなかったと考える。やったことの責任を取らねばならぬので辞任は不可避でも、せめてリオ五輪までは続投させてやったらよかったのにと思った。



●この世界で、一番信頼できる人は誰か?

 この世界で、一間違いを犯す可能性の低い人は誰?

 それは、甘さから間違いを犯し、それがバレてしまったが、もう一度チャンスをもらった者。



 自分がその身になったとして、考えてほしい。

 舛添氏は確かに過去不適切な行為はあったが、今はそれが追及され、自分の蒔いた種の結果を刈り取ることになり、その怖さを骨身に染みて分かったことと思う。

 舛添氏は根っからの悪党ではない。だから、国民からの総攻撃にさらされた経験をした今の彼は、もし続投を認められたとしたら誰よりも誠実に、それこそ一生懸命勤めあげようとしたであろう。

 皆さんは、こんなやつに都を任せられない、と考えるが、逆手に取れば当時の彼ほど、任せたらちゃんとやる人材はいなかったのだ。なら、50億かけて別人を探すのと、不正をしたらどうなるかを骨身に染みて知って反省している舛添氏に続投させて50億浮かすのと、どちらがいいか?

 私には、甘い顔を見せたらまた心の中で舌を出して、「国民なんてチョロいぜ」 とまた騙すような人物と思えない。そこまでひどい人物だとは思わない。



 イエス・キリストの一番弟子が、ペテロという人物だった。

 彼は、先生が死ぬ時は私も一緒です、といつも豪語していた。

 しかし、いざキリストが逮捕された時に、彼は現場から逃げた。先生を見捨てて。

 そして、イエスの処刑の場で、こっそり見に来ていたペテロが群衆から「こいつ、イエスの弟子だった男じゃないか?」と指摘された時。命惜しさから「私はそんな男のことは知らない」と3度も否定をした。それはまさに、イエスに予言されていたことである。

「お前は、3度私のことを知らない、と言うであろう。」

 ペテロは、イエスの予言がその通りになったことを自覚し、激しく泣いたと言われている。



 その後、聖書によればイエスは「復活」し、ペテロをゆるした、と言われている。聖書は、イエスにゆるされて後のペテロが、生まれ変わったような筋金入りの「信仰者」 になったと伝えている。多くの人々を癒し、悩みを解き、数々の奇跡を行った。最後には、ローマ帝国の迫害の中で、殉教さえも厭わぬ見事な最期を遂げたと伝えられている。

 今の日本人は、「正しい」「間違っている」ということにとらわれ過ぎ、ちょっとでも間違った者に過剰なまでの鉄槌を下し、それが絶対的に正しいと信じて疑わない。皆、ゆるすことを忘れている。

 チャラにする、という浅い意味ではなく、ペテロのような例があるからそこに賭けるのだ。

 今となっては「たられば」の話をしても仕方ないが、たとえばゆるされた舛添氏がその寛大さに心打たれて、残りの在任期間はそれこそ粉骨砕身、都民のために誰よりも働いた可能性もあったのだ。その可能性を思い描けることが国民には必要なのだ。

 それこそが、成熟した選択というものではないだろうか?

 リオ五輪までという我慢すらできず、舛添氏を引きづり降ろさないと気が済まなかった我々は、野獣並みの精神性しか持ち合わせていない、と宇宙人や高次元存在に言われてしまっても、反論できない。まったくその通りである。



 また、日本人がいかに操りやすい民族であるかも露呈した。

 マスコミは、こぞって舛添氏を叩いた。なぜなら「需要があるから」である。

 皆が望んでいるから、聞きたがっているからである。

「舛添氏のことを扱わないと、扱っている別のニュース番組が視聴率を取った。そしてこちらは下がった。舛添氏を取り上げると視聴率が上がるから、どうしても取り上げざるを得なかった」そんなことを、どこぞのTVニュース制作者が洩らした。

 要は、今自分の利益にさえなればいいのである。何を伝えるのが大事か、よりも何を伝えたら大勢に喜ばれるのか、人気を取れるのか。そこさえあれば、マスコミは魂すら売る。

 そんなニュースに踊らされ、何度も触れるうちに、自然と「舛添憎し・許し難し」という世論が形成されていった。そうなると、もう誰にも止められない。



 まだまだ日本人は、歴史から学んでいない。

 学んでいないどころか、自分たちの幼稚な選択を少しも恥じておらず、「自分は正義だ」と思い込み胸を張れているのだから、さらにひどい。当時舛添氏が辞任して、やっとかとか当然の報いとか思った人たちは、「ゲスの極み乙女」など比較にならないゲスである。 

 悪いことをした人、過ちを犯した者はもう信じられない、というのは単細胞だ。

 逆に、そういう者だからこそ、悪かったと思っていてゆるされた場合、生まれ変わり得るという「人間のプラス面を見る。希望的な部分を見つけていこうとする」ことも有効なのだ。

 スピリチュアルでも「ゆるし」ということが重要視されてきているのに、これはなぜゆるせぬ?

 確かに悪いことをした、とさえ思っていない人物をゆるして無罪放免にすることは、まこと恐ろしい。しかし、これだけ地獄の追求を受けた舛添氏は、言わば『砕かれた魂』である。並みの理解力でも備わっていたら、チャンスがあれば次からどうすべきかくらいわきまえるだろう。

 砕かれた魂こそ、もう一度チャンスを与えるのにふさわしいのである。かつて東京都民は、それすらも取り上げてしまったかもしれないのだ。



 日本人は、これからある「苦」を背負うことになる。いや、もうすでに背負っていると思う。



●ミスしたら徹底的にゆるされることのない、ブレーキの「あそび」がない社会



 そんなの、誰も希望が持てない。

 日本で今後責任ある立場に立つ者はこわごわだろう。次は我が身、である。

 昔のインベーダーゲームでさえ3機あった。マリオも3回まで死ねる。

 それが、現実では一回のミスで終了となる。

 もちろん、犯した罪の程度によっては、一発でアウトだろう。舛添氏のしたことは褒められたことではないし、最終的には辞任もやむなしだったかもしれない。

 しかし、日本全体の総意としての意識が猶予を与えるなら、彼は残されたチャンスを辞任まで精一杯頑張れたかもしれない。でも、実際はそんな可能性を思いつくことすらできなかった。



 当時日本人は、舛添氏を辞めさせることに成功したのではない。善が、正義が行われたのではない。むしろ彼と刺し違えたのだ。

 彼の辞任を勝ち取る代償として、都知事選にかかるお金と、それがリオ五輪と東京五輪によからぬ影響を与えかねない可能性を引き受けたのである。そうまでしてチャンスをやることを拒んだのだ。

 背に腹を代えたのが、当時の事件のオチである。しかも、背に腹を代えた行為だということにすら気付かずに。時代がすすんで現在でも、スケープゴート総バッシング社会という傾向はますます強化されている始末である。

 さぁ、日本の皆さん。今後の混乱に立ち向かう覚悟はよろしいか?

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